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大蜘蛛

作者: あるちゅん

私の父は蜘蛛だった。母も蜘蛛だった。兄弟も蜘蛛だった。当然、私も蜘蛛だ。私の家は大きなものだった。ヒトの住処の近くに時々ある"行灯"に陣取った。"行灯"には獲物が集まってくる。


父に教えられたわけではない。

母に教えられたわけではない。

勿論、兄弟にも。

単に「そうである」のだ。


"行灯"に陣取れるのは近所で一番大きな蜘蛛だ。私は体が大きかったので、そこに陣取れた。二ヶ月かけて住処を作り、冬に備えて食料を蓄えていた。しかし、あの家はもうない。私の家の近くに住んでいるのであろうヒトに壊された。食料も失った。


私は新たな家を作らなければならない。

そして食料を蓄えなければならない。

冬が近いからだ。


家を壊されたときに"落ちない地面"に落されたので、私は"滑る地面"を登るところから始めなければならない。獲物の狩には"落ちない地面"の辺りより、"落ちる地面"と"滑る地面"とに跨るようにした方がよい。


父に教えられたわけではない。

母に教えられたわけではない。

勿論、兄弟にも。

単に「そうである」のだ。


何とか"滑る地面"を登っていたところ、突然"滑る地面"が割れた。どうやらヒトが地面を動かしたようだ。私はバランスを崩しかけたが、何とか踏みとどまった。しかしヒトは私を地面から引き離そうとしてきた。抵抗はしたものの、あえなく"滑る地面"から引き離され、私は再び"落ちない地面"からはじめることになった。


次に登りはじめた"滑る地面"には壁があり、うまく登れない。壁を越えるためには一度"落ちる地面"を歩くようなことになるが、それが出来ない。何とか右手足で"滑る地面"に踏ん張りながら左手足を伸ばして壁に取っ掛かりを求めてジタバタするも前にしか進まない。左手足は空を掻くばかりで体を引き上げる取っ掛かりがない。ヒトの住処には時々こういうよくわからない形をしている場所がある。


不本意な前進を続けると、壁が尽きた。私の目の前には"落ちる地面"まで伸びた"滑る地面"が伸びていた。私は登り始める。登りきった先には"行灯"がなかった。近くに見当たらなかったので仕方がなく、そこで家を作ることにした。なんとかそこで家を作っが、再びヒトに壊された。


私は新たな家を作らなければならない。

そして食料を蓄えなければならない。

冬が近いからだ。


***


私のアパートにはでかい蜘蛛が居た。そいつは夏の終わりの頃から私のアパートの二階廊下ど真ん中の蛍光灯に陣取り、紫外線に寄せ集められた小虫を捕え、たくさん蓄えていた。蜘蛛が嫌いでない私はその立派な巣に毎朝出勤前心の中で賛辞を述べるのが習慣だった。


しかしある夜、私が外食で済ませようと戸を開け、閉じようとしたとき、蜘蛛が私の家の戸口にぶら下がっていた。その大きさからもしやと思い、彼の巣の方を見遣ると、果たして巣は跡形もなく消えていた。彼は一生懸命登り続けるのだが、そこに居られては戸が閉められない。それどころか下手を打てば私の家に入られてしまう。嫌いではないが同居する気にはなれず、なんとかどいてもらった。


結果、大蜘蛛は地面に落ちてしまった。折角私の胸の辺りまで登ってきていた労力を無駄にさせてしまったことが申し訳なく、しばらく観察していると、彼は休む間なく壁をよじ登り始めた。なんという精神力であろうか。私なら途方にくれてグレるか自棄になってしばらく無気力化するはずだ。当局に申請して私に厳重抗議と謝罪要請をして然るべき事態だ。


彼の登ろうとした壁には金属製の出っ張りがあった。つるつるで取っ掛かりがないので、蜘蛛の足はひたすら空を掻き、ジタバタしているが前に進むばかりだ。もどかしく見ていた私は、さりとて下手に手助けするのにも気後れし、もう少し前進すれば出っ張りが終わるのを知っていたので、黙って見守った。前進の結果、彼は隣室の戸の枠にまで至り、天井までの直通回廊を得、黙々と登り始めた。


ほっとして外食を終えて戻ってくると、蜘蛛は壁でじっとしていた。流石に疲れたらしい。しかし静かに休むものだ。一仕事終えたらビールに枝豆で政治ニュースに野次を飛ばすのが日課の私にはずいぶん格好よく映る。翌朝には巣の作成を開始しており、やはり強靭な精神力を見た。


しかしその後、その巣もいつの間にか無くなっており、大蜘蛛は姿を消した。無害な蜘蛛の巣を執拗に破壊する、恐らくは同じアパートに住む人間にかすかに怒りが湧きかけるも、所詮は蜘蛛であることに考え及び霧散する。


それ以来、大蜘蛛はアパートから姿を消した。


彼はあんなにまでして、何がしたかったのだろうか。

何が目的で、どんなやり甲斐があったのか。

何が楽しくて生きていたのだろうか。

幸せだったのだろうか。


隣室の戸枠を黙々と登る彼の姿を思い出し、生きるということへの自分の観念が随分甘っちょろいものなのだと思い知った秋と冬の変わり目だった。

人間の私は、普通に僕です。蜘蛛の私は創作です。きっと淡々と現実を受け止め、黙々と必要なことを必要なだけこなせる冷徹で機械的な性格だろうと思って、主観的な形容詞を省いて書いたつもりです。


一生懸命黙々淡々と事をこなしていく蜘蛛の姿に、あれこれうだうだやってる自分がちょっぴり情けなくなったことをネタに書きました。


コメント・感想お待ちしております。

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― 新着の感想 ―
[一言] お久しぶりです。 とても、深いお話ですね。 結構こんな書き方難しいように思います。 自分は常に機械的な事をウダウダとやっています。 一つの小説に2つのお話があるとは驚きました。 応援してま…
[良い点] 落ちる地面、落ちない地面、滑る地面。なるほど、と感嘆させられました。 作者さんのあとがき通り、蜘蛛の視点は冷徹で機械的に感じられましたね。特に繰り返しである『私は新たな家を~』からが顕著だ…
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