第一章 ① 失った「自分」
苦しい。
一体何だ?何か、とても恐ろしい何かにうなされている。しかし、それが何か思い出せない。そこに漆黒の何かが・・・
(ん?)
意識が戻ったばかりの彼の頭は、まだはっきりと自らの状況が理解できていない。
今、彼が感じているのは、自分が草か何かの上に寝ている、ということだけだ。
(ここはどこだ?)
そんな疑問が頭の中に浮かんだ時だった。
「キリィ!?」
どこかで、女の子の声がした。
走る様な足音も聞こえてくる。その足音は、だんだんこっちへ近づいてきている。
「やっぱりキリィだぁー!」
そんな声をあげながら走っていた彼女は、倒れている彼の手前で草に足を取られ転び、そのまま彼の上に落ちてきた。
「痛ったー!!」
悲鳴を上げた。
それによってなんとか彼の頭は完全に目を覚ますことに成功したのだった。
目が覚めた彼の周りは、森のから少し抜けたあたりで、一面の野原だった。その野原のなかを、一本の土の道がはしっている。
「ゴ、ゴメンっ!!
キリィがこんなところに倒れてるから、
あたしビックリしちゃって」
彼をキリィと呼び、オレンジ色の髪で前髪をあげる、という髪型をしたその彼女は相当天然のようだ。
「ったく、誰だよお前!」
「えっ?」
「だから、お前が誰かってきいてんだよ。
それにキリィって誰のこと言ってんだ!?」
彼が発したその言葉に、戸惑いを隠せないでいる。
「何言ってんの?キリィはキリィでしょー。
それに幼なじみであるあたしの事忘れるわ けぇ!?
リエナだよぉ!!」
「知らねぇな!
それに、俺はキリィじゃねぇ!!
俺は・・・!」
そこで彼の口の動きは止まった。
「ん??」
リエナが不思議そうな顔で彼を見つめる。
しかし、彼は口どころか全身が石になってしまったかのように、まったく動かない。
リエナも同じように固まっている。
(俺は、誰だ・・・?)
必死に思い出そうと、頭をフル回転させる。
「っ!」
意識を失っている間でさえも苦しんでいた、
ひとつの記憶が蘇ってきた。
「・・・悪魔だ」
「え?」
「悪魔が俺の前に・・・」
「悪魔に、会ったの!?じゃあ、なんで生きてるの!?」
そんな失礼な質問をされても、いや、例え失礼でなくてもだが、彼には答えられるだけの記憶がなかった。何故自分が悪魔に会ったのかという問題の前に、自分が一体誰なのか。
そんなことすら、自らの頭ではわからなかった。
そして、悪魔という存在が何なのかさえ、言っている彼自身はわからないのだ。
「俺は、お前の言うキリィなのか?」
「うん。・・・そうだと思うけど、いつものキリィとは何か違う感じがするんだ」
「そうか・・・」
どちらも口を開かず、静かな時間がすぎてゆく。
(あたしの前にいるのは、本当にあたしの知っているキリィなの??)
無言で、リエナはそんな思いと戦っている。
彼に、自身の持っている不安を悟られぬよう。
とてつもなく重く沈んだ空気。そんな静けさを取り払ったのはリエナの言葉からだった。
「ねぇ、街に帰ろうよ。クレアさんのところへ行けば、きっと何か手助けしてくれるはずだよ!」
「あぁ、そうだな。帰ろう」
2人は立ち上がり、リエナを前に道を歩いてゆく。
その後ろでキリィは、
目の前を歩いているリエナという少女、クレアという人物が一体誰なのか、帰る街は何処なのか。
そして、自分という人間がどのようなものなのか、「悪魔が目の前に立っている」という記憶しか入っていない頭のなかで、その答えを探しているのだった。