6.コンサート
──呆れた高科先生が、学長に電話しはじめた。
「高科です。学長すいません。今日の貴志のコンサートのことなんですが、桜井がですねぇ~~~。分かりました。伝えておきます。有り難う御座います」
「授業終わったら学長室に寄れってさ。良かったね?」
「何から何までお世話お掛けして、すいません」
「あ、良いってことよ。身体で返してもらうから」
「ぇ?」
え? どう言う意味ですか?
先生!?
「ああ、違う違う。プロになって有名になってくれたらMアカデミーの生徒増えるしね。あと、タダで公演に呼べるし。こっちもメリットあるから」
「ぇ?」
「当然でしょう? いくら金掛けると思うんだ君に。その一握りを手にするチャンスが君の目の前にあることを忘れるな。気を抜けば直ぐに他の者にそれは奪われる。そういう世界に君は足を踏み入れたんだ。勘違いするなよ? ここは生ぬるいお友達ごっこをする場所じゃない」
「……はい」
気を抜けば一瞬で足元をすくわれる。音楽とは音を楽しむものであって、本来は人を蹴落としてでも、とか競争したりするものではない。
でも、そんなのは単なる綺麗ごとに過ぎない。
各国でコンクールは開催されているし、入賞すれば有名になれる門戸が開かれる。
入学試験ですら同じだ。優秀な者が合格する。
常に比較と競争の下に成り立っている。
自己満足で夢を実現させれる程、甘い世界ではない。
そんな世界でずっと頂点に君臨し続けている雲の上の存在。御神 貴志に教えて貰えるチャンスを手に入れた。
どれだけそれが貴重な経験か。
世界中の音楽を目指す者が羨望する環境。
気を抜いたり、喜んで浮かれている場合ではないわ……
私は改めて自分がどれだけ今、恵まれているかを痛感した。
御神 貴志の名前で完売した公演に入れ、特待生で学園に入学でき、私の為に特別メニューをわざわざ作り、学内最高の先生が個別レッスンをしてくれる。
浮かれていた自分に反省した。
先生が言った、私にどれだけのお金を掛けているか?
その言葉が全てだ。
先が見えないド素人に、最高ブレインが集まる意味を私は考えていなかった。
◇
「お、鬼が三人に増えた……天野先生怖い。一番優しそうに見えたけど、一番怖いかも」
花音はフラフラになりながら、初等部の渡り廊下を歩いていた。
初等部とは言え、プロを目指す者が多く受験する音楽学校に未経験者など居るはずがなかった。
全員幼少期より基礎をみっちり叩き込まれた良家の子女、子息ばかりだ。
そんな中、ド素人が放り込まれたのだ。とても優しい先生の特別レッスンが行われたのは当然のことであった。
ふとスマホを手に取る。
「あ! 先生だ!」
『入学おめでとう。ちゃんとやっているか? 今日必ず来い。プレゼントを用意した。明日9時日本を発つ』
え? プレゼント?
何だろう!?
明日の朝には帰っちゃうのか……
◇
───トントントン
「桜井花音です」
「入りなさい」
「失礼します……」
由紀姫だあああ!
「き、綺麗……」
「え?」
思わず目の前の妖精に声が出ていた。
「これに着替えなさい。彼方の部屋を使っていいわよ」
「はい!」
何か恥ずかしい。こんな服着たの初めてかも。
淡いラベンダー紫のワンピースに短めの上着。
──トントントン
「高科です」
「どうぞお入りになって」
「どうですかぁ~~?」
ちょっと慣れない服なので凄く恥ずかしいんですけれど……
「お! 馬子にも衣装!」
「高科先生? って馬子にもって……」
「由紀さんが?」
高科先生の言葉に、私も学長の顔を見る。
だが、由紀様がゆっくり首を横に振る。
「も、もしかして? 嘘だろ。あいつが?」
高科先生が驚愕の顔を浮かべた。
「お昼にね。佐々木さんが」
学長が私に微笑む。
「ぇ? もしかしてプレゼントってこれのこと?」
「ん? プレゼントって?」
「あ、連絡が来て。プレゼントを用意したからって」
「貴志から? あいつ今頃リハーサル真っ最中では?」
「あれ? 先生着替えました?」
朝と服が違う。
よく見ると高科先生ってイケメンよねえ。先生って独身だっけ?
まあどっちでもいいけど。
「では、そろそろ行きますか?」
「幸造氏は?」
「さぁ? 挨拶会には顔ぐらい出すんじゃないかしら?」
「ぇ? 三人で行くんですか?」
「桜井足ないでしょうに。同乗させてあげるよ。保護者居ない間は預かるって約束したしね」
「お世話になります」
◇
めっちゃ緊張した。
由紀様、美しすぎる。オーラ半端ないわ……
何食べたらこんなに綺麗になれるんだろう。
『御神音楽堂』
御神グループ所有の観客2000人を収容出来る音楽ホール。
クラッシックコンサートを中心に、バレエやミュージカルなども公演出来る国内有数の設備を誇る施設。西洋の荘厳なホールを連想出来る豪華な内装で、音楽家の中でもファンが多い人気のホールだった。
『Takashi-Mikami 日本凱旋公演』
『威風堂々 エルガー 指揮 御神 貴志』
入り口の柱や壁に大きなポスターが何枚も貼られている。
真っ赤な背景に、漆黒燕尾服姿の先生の後ろ姿のみ。
金色に光る先生の髪が印象的なポスター。
見ただけで「御神音楽の世界」に引き込まれる。
「凄いお花の量……」
「壮観だな」
「まぁ久しぶりの日本公演ですからご祝儀も」
ロビーに入りきらない花が階段脇に連ねられ、入り口の外にも並んでいた。
その中でも一際目立つ「御神 幸造」の名前。
先生のインタビューとかで、お父様の話しをされたのを見たことは一度たりともない。聞かれて答えたのも。
「これはこれは由紀さん。ようこそ。高科先生も。お久しぶりです」
「今日はお世話になります。館長」
「おめでとうございます。日本公演開催」
「ありがとうございます」
「では、ご案内します。ん? こちらのお嬢さんは?」
館長さん? と思われる品のある年配の男性が私の存在に気づき、目線を移す。
「あ、私の親戚の子でしてね。勉強のために今回一緒に」
高科先生が、さらりと答えた。
「では、お手を姫様」
「有り難う高科先生」
まさに王子と姫だわ。
この二人付き合ったりとかしないのかしら?
って音楽に生きる人達にそんな下世話な話はねえ。
ついつい庶民は下品な想像をしてしまう。




