42.答え合わせ
神はどうして楽しいことは直ぐに取り上げてしまうのでしょうか?
あんなにも楽しくダラダラと。いや神を満喫出来る充実した時間を過ごした日々が、今日で終わってしまう。
部屋に散乱する愛読書(御神 貴志教本)と推しグッズ(御神 貴志CD全集)、御神 貴志の直筆サイン達をじっと眺める。
ぁあーーー行きたくなぁあい!
やば! 時間!!
二学期の大半を休んでいた花音にとって、卒業までは一日たりとも休める余裕は無かった。
◇
「早く帰って来ないかな~~せんせ」
あ! つい心の声が……
急いで周りのキョロキョロ見渡す。
良かった。人がいなくて。
でも……
先生との関係ってこの先もずっと秘密にしておかないと駄目なの?
誰にも言ってはいけないことなの?
これって悪いことなの?
でも、あの御神 貴志が教え子とってなるのは……
やっぱり先生嫌がるか……
朝ごはんを食べながらそんなことを考えていたら、オケメンの人達も食堂にやってきた。
「桜井さん。今年も宜しくね?」
「あ、こちらこそ、お世話になりっぱなしで宜しくお願いします」
「ところで、桜井さんて高等部卒業したらアカデミーに進学するの?」
卒業後? 今まで考えたこともなかった。取り敢えず卒業しなければ。じゃないと先生に認めてもらえないし、今の関係だって……
春から先生とずっと一緒に居ることが、やっと出来るんだ! ってことしか考えてなかった。
その後って私どうなるんだろう?
先生との関係は?
今は無事卒業することだけを考えろっていつも言うけれど、じゃあ卒業したら? その先は?
先生が「ちゃんと考えているから」の「ちゃんと」って何?
未来への約束なんて何もない。
先生の音楽を、先生の「音」に触れるだけであんなにも幸せで満足だったのに。
先生に憧れるだけでそれで良かったのに。
でも、今は……
触れたいし、触れて欲しい。傍に居たいし、居て欲しい。
抱きしめたいし、抱きしめて欲しい。
こんなに私は我儘な子になってしまっていた。
先生がちゃんと私のことを大事に想ってくれていることは、分かっている。
でも、そこにある未来は?
卒業したらどうなるんだろう……
先生が見ているのは私との未来じゃなくて、私との音楽の世界?
もし、私が音楽から離れたら?
先生はもう私のことは……
要らないの?
「桜井さん?」
ハッ! いけない。人前で先生のことを考えたりしたら……
「あ、何でもないです白井さん。ごめんなさい、まだ先のことを考る余裕がなくて……卒業出来るかどうかですら」
「あ、あらそうだったのね。ごめんなさいね。でもアカデミーに進学したいなら1月末には内部試験あるから。教科担当の先生にも一度相談したら? 今後のことも含めて?」
「あ、はい。有難うございます」
教科担当……御神 貴志だ。
どうしよう……
こういうのってやっぱり高科先生かなあ?
以外と天野先生もいいかも?
◇
「どうしたの? 何か元気ないねぇ? テストの心配かい?」
「それもありますけど……」
「どうしたの? 貴志とケンカでもした?」
「いえ。先生は優しいままで変わりません」
そう。優しいままで変わらない。
何も……変わらない。
「なるほどね」
高科先生が優しく微笑んだ。
相変わらず不器用な奴だな。
教師がとか、教え子だからとか頭で考るより、さっさと攫って行けばいいだろうに。
別に卒業しなくても、なんなら中退だろうと学歴なんて音楽に関係ないだろ。
何にそんなに拘ってるのかねえ?
まだまだアイツも餓鬼だねぇ。
自分の女の性質が読めないなんて。
桜井は男に溺れるんじゃなくて、男がいたら120%以上の全力出せるタイプなんだよ。
お前が愛を注ぐと、120%以上の音に変わるってことが分かってないねぇ。
まぁ、居ない時の姿を見てないから仕方ないのもあるけどな。
「桜井、ちょっとだけさぁ奴から預かっているスマホ借りていいか?」
「ぇ?」
「きっと答えがわかるから」
「ぇ?」
「淋しいかもだけれど、これは君の疑問の答え合わせする為に大事なことだから。多分そんなに長くはかからないと思うよ。ちょっとだけ預かるね」
「え?」
高科先生はそう言って、先生から預けられているスマホを自分のポケットに入れた。
ええええええええええ?
高科先生???
「さ、お子様のことは置いて、レッスンの時間だ。このあと天野のところでも勉強見て貰うんでしょう?」
「お子様?」
◇
「思っていたより早かったねぇ反応が。まぁもう少し待ってみるかね。そろそろ君も気づくべきだと思うよ。抱かないんじゃなくて、怖くて抱けない理由をね」
高科は、後輩から送られてきた添付動画の音を聴く。
「酷い男だねぇ」
溺れたのは、桜井じゃないだろ……
◇
「どうなってるんだ? 体調でも崩したのか? それなら高科か天野から何か言ってくるはずだが」
「What happened Takashi?」(何かあった?)
「No, it’s okay」(いや、何も)
返信が途絶えて数時間。何度も電話もメールもしたが反応がない。
高科に電話してみるか?
いや、授業で出れないだけか?
彼のクールな様相に相反して落ち着きのないその姿は、冷静沈着、常に正解だけを求め生きて来た男の姿は今は無く、愛する女性を心配するただの一人の男の顔だった。
再度電話を掛けてみる。
──ヴヴヴゥーヴヴヴゥー
『随分暇なんだな? マエストロ様』
スマホの音声をスピーカーにそっと変えた。
『何でその電話にお前が出る?』
『もう遅いんだよ。お前がモタモタしていたせいだからな?』
『どういう意味だ』
『(高科センセ~~これ借りていいですかぁ~~ ああ、使っていいよ? 花音)』
スマホの向こうから僅かだが確かに聞こえてくる声に固まった。
『そう言うことだ。じゃあな。忙しいんでこっちも色々と』
『ツーツーツー』
「あの野郎、舐めやがって」
──ガシャン
男は持っていたスマホを投げつけ、そのまま部屋を後にした。




