2.神降臨
夢にまで見た日がついに目の前に建っている。門に掛けられている看板に頬ずりしながら撫でる。
「御神様~~あ~~ん素敵!」
周りの人に変な目で見られようが関係ない。そんなことはもう慣れっこである。
『御神音楽学校─Mアカデミー学園』
「夢かも~~~あ! 急がないと!」
──『御神音楽学校』三年間で普通高等学校同等の卒業資格が与えられる。留年制度はなく単位不備の者は即退学となる。「声楽コース、弦楽器または管楽器コース」の二種のうち選択受験。
音楽学校を卒業した者で成績優秀者はMアカデミーへの進学を許可される。
アカデミーの生徒は、プロデビューを目標とする者を対象に、御神財団より海外留学の斡旋や、資金などの援助を受けることが出来る。
──『弦楽器コース試験会場』
「桜井花音です。お願いします」
「42番ね。この札を胸につけて控え室で待つように」
「不吉な番号ね……にしても。今日で二日目よねえ。何人応募してるんだろう……5人一緒に弾くのね……」
次々と受験者が呼ばれていく。思っていたより進むのが随分と早い。5人一緒でも短めしか弾かないってことかしら?
もう直ぐ順番だわ。
緊張の為かハンカチで何度も手汗を拭く。
あと8人? え? あれ? 順番抜かされた?
あ、同じ曲を選択している人でグループを組まされているからね。
同時演奏ってことは、一緒に弾く人と合わせる感じが良いのかしら?
──ザワザワ
「え?」
「え? 何で?」
「嘘? 本物?」
「何で日本に?」
「え? 御神 貴志?」
私は、思わず声がする方向に振り向く。
嘘!? 御神様!!
え!?
えええッ?
本物?!
歩いている! 動いている!
本物だ!
私、息してる? 生きてる?
サングラスをしていても、何度も夢にまで見た御姿を、私が見間違えることはない。
紛れもなく「御神 貴志」本人である。
彼の身長、体重、足のサイズに至るまで(公表プロフィールではあるが)知り尽くしている。間違いなく彼である。
周りのザワつきに一切気にかけることはなく、サングラスをしたまま颯爽と歩き去って行かれた神は、無言で「試験会場」へ入って行った。
え?
嘘?
御神様の前で弾けるの??
御神様が聴いてくれるの?!
今日で死んでも良いです!
冥土の土産に宝物にします!
◇
「珍しいわね。貴方がわざわざこんな学生相手の試験を見に来るだなんて?」
「ん? 緊張で泣き出す瞬間が最高だろ?」
「相変わらずの悪趣味ね?」
「次が最後か? 何だよ。全員バッハか、ドヴォルザークかよ」
「そりゃそうでしょう。どれ選んでも同じ条件なのだから。あ、この次パガニーニ来るわよ?」
「物好きがいたものだ」
サングラスを外すこともなく、長い脚を組み直し少し退屈そうにドアの方を見ていた。
高級スーツや高級ワンピースに身を包み、母親や師と共に廊下で待っている「いつもの風景」に、飽き感が否めなかったからだ。
受験者の紙がテーブルに三枚置かれているのに視線を移す。
「三人ねぇ」
「勇者に敬意を払ってあげて頂戴?」
「次のグループ入りなさい」
──「失礼します」
その声と同時に番号順に部屋に入る。
御神様の前でまさか、御神様のパガニーニを弾ける日が来るだなんて!
生きてて良かった!!
他二人が、緊張で強ばった表情をしている中、花音だけが高鳴る胸の鼓動で舞い上がっていた。
「では、はじめなさい」
三人で顔を見合わせ、スタートのタイミングを合わせる。41番さんがカウントして入る段取りにした。
出だしはちゃんと揃った! この調子で皆と合わせて!
だんだんと激しく低い地響きのような音に──
って? え?
ズレてる?
私だけ?
え? テンポが狂っている?
合わない! どうしよう!!
「ふぅん」
「貴志、あの子!」
どうしよう! みんなに合わない!!
──バンッ
げ、弦が、き、切れた。こんな大事な場面で。
落ち着け私、三弦でもカバーすれば……
「あら? 学生にしては度胸あるわねえ」
「持たないな最後まで。由紀、鍵」
「え?」
まさか自分のを貸すつもり?
──ガタン
あ、御神様が!!
やっぱりこんな下手な演奏なんて聴くに堪えないと思ったのね。
その時だった。
──バチン
二本目が切れた。
あんなに練習したのに……
私の人生最初で最後の日が終わった──
二人の綺麗な演奏を聴きながら、それでもこの場に来れたことに感謝して、私は審査をしてくれた先生方に頭を下げた。
最後まで弾けなかったことは残念だけれど、御神様に会えただけでも冥土の土産になる!
悔しい気持ちはあったが、最後まで演奏した二人に敬意を払い拍手を送る。
彼女らの後を追うように、急いで崩壊したバイオリンを片付け、出口へと向かったその時だった。
──ガチャリ
「最初から、さらってみろ」
え?
御神様?
え? これって御神様のバイオリン?
指板にMのマークが入っている。
嘘?
しかもこれって物凄いお値段とかするやつですよねえ?
「練習用のだ。そこまで高価な物ではない」
「……お借りしても?」
やったーーー!
御神様のバイオリンを貸して頂ける上に、再テストしてくださるって!
まさに神降臨!
「はじめろ」
御神様が、サングラスを外された。
ニコロ・パガニーニ作曲 無伴奏バイオリンのための24の奇想曲24番イ短調
最も美しいパガニーニの最高傑作。
──ガタン
え? 御神様?
「そこビブラート効かせすぎ! テンポ乱れてる! 違う! 弓ゆっくり溜めろ早すぎだ阿保!」
上着を脱ぎ捨て、彼女の直ぐ後ろに立ち指導し始めた。
その部屋にいた全ての者がその光景に驚きを隠せなかったが、それ以上に彼女の演奏に驚愕し口を開けたままの者もいた。
御神 貴志のパガニーニの世界が見えた瞬間だった。
彼の独特な解釈。禁忌とも言える当時センセーショナルを起こした彼のデビュー作をそのまま再現していた。
扇情的な旋律と激情が交互に繰り返され、泣き叫ぶような高音と、悪魔のような低音に部屋にいた皆は、酔いしれ圧倒されていた。
「スタッカートもっと細かくつけろ。もっと大事に音よく聴いて。そう歌えもっと」
──ジャーン
「ハァ。ハァ、ハァ。終わった。何これ! この悪魔みたいな低音と、高音の響き。音が全然違う……」
何故だか分からないが私は、涙が溢れ出していた。
震える手に力が入らず、でも大事なバイオリンを落とすことはできず、御神様にお返しするのに差し出す。
「有難うございました! 一生の思い出が出来ました!」
「お前さぁ。何処でバイオリン習った?」
「え? 独学です。あ! でもずっと御神様、あ、いえ、御神さんのCDを毎日子供の頃から聴いて、それで、えっと。バイト代貯めてやっと、先月末にアレを買いました!」
「……やっぱりな。由紀、高科呼んで来い。あとツィゴネルのスコアと」
え? 御神様が、呆れていらっしゃる? 由紀さんて確か御神様のお姉さまよねえ? この学園の学長をされている。ピアニストの御神 由紀さんよねえ?
「お前、もしかして楽譜読めないのか?」
「……すいません」
御神様?
あれ? 呆れた? お疲れのようで?
額に手を当てたまま、微動だにしなくなった御神様を伺うように見つめた。
「お忙しい中、最後までお読み頂き大変ありがとう御座います」
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