15.デート
──朝日が昇り清々しい朝の到来に、私は心躍らせた。
晴れて良かった~~
「おはようございます!」
「……」
「あれ? 先生、疲れてません?」
「……何で半年振りの休みに、こんな早起きさせられるんだ? 俺は」
眠そうな顔のまま、私を睨む。
でも、どうしても一緒に居たかったんだもん……
「だってぇ夕方までしか一緒に居られないって言うし、それに次会えるのだってずっと先なんでしょ?」
「中国公演の時かなぁ。あれ次の日何処だ?」
「……イギリスです」
「お前、佐々木以上だなあ……」
「当然です!」
「14時間か。厳しいな。中国の前は?」
「オーストラリア」
「そっちだな。まぁ、なんとか調整するわ。期待はするなよ?」
「期待します!」
「……で、何処行くんだよ。人が多い所は無理だぞ?」
「海行きませんか?」
「は? 何で海に今?」
昨日、色々考えた結果だった。人が多いところは騒ぎになるし絶対無理だと思って、空港から出来るだけ近いところで、山は先生はちょっと違う感じがしたからだ。
「山のほうが良かったですか? 空港にできるだけ近いほうがいいと思って。
「そういう所だけは、頭回るな。海でいいよなら」
「やったーー!! デート。デート!」
「……タクシーな移動」
「はい!」
「ぇ? 先生ってそれだけしか荷物ないんですか? ニューヨーク行く? ん?帰るんですよねぇ?」
「パスポートと金以外いるか? 飛行機の中で仕事するからタブレットあるけどな」
神は着替えとか要らないのか? ってそんなこと心配している場合じゃないか。
「飛行機の中でも仕事してるんですか?」
「誰かさんのせいでな。今日の分、飛ぶしな」
「……す。すいません」
◇
「先生~~見てみて~~カニいた!!」
「いるだろそりゃ」
「写真撮ろうよ~」
「あ?」
「笑ってくださーい。早くぅ!」
「……」
「ガキか……」
まだ夏には早い海辺ではしゃぐ少女の姿を見ながら、持っていたタブレットに音を紡いでいた。
「先生も来てくださーーい!」
「いやだ」
「ん? 何してるんですか? 作曲?」
「見るなよ、未発表だそ?」
「売ったら一生遊んで暮らせますかねえ?」
「さぁな?」
お前次第だよ。
「座れ」
「え?」
「もう少し向こう」
「ぇ?」
ええぇぇえぇえええ?
「限界。三十分我慢しろ」
ひ、膝の上に、み、御神 た、貴志? 神の寝顔だああぁああ!!
サングラス外したら怒るかなあ?
そぅーぅと、サングラスに手を伸ばした時だった。
手首を掴まれ、そのまま先生の長く綺麗な指が私の指に絡んできた。
い、今、わ、私、もしかして神と手を繋いでる?
ヤバイ! 息の仕方忘れそう!
ど、どうしよう! しゃ、写真撮りたい。
でも動いたら先生起きて逃げちゃうかも!!
どっちが大事? 冷静に考えて私?
写真はずっと残る。思い出になる。
神と手を繋ぎ、神が愚民の膝上で御眠りになる御姿。
うん、死んでもいいわ。
でも、その瞬間? いや待て。
写真撮ろうして、動いた瞬間に神が逃げたら?
どっちも失うじゃない!
危険を犯してでも写真?
それとも、今のこの奇跡をキープ?
どっちいぃい!
「でも、お疲れのところを無理言って付き合ってくれたんだしね。このままよね」
睫毛長! それにしても寝顔まで整ってるって反則よねえ。
顔良し、才能良し、天は二物を与えずって言った人に文句言ってやりたいわ。
天は二物どころか、三物も四物も持っている人もいるのに!
あっ、でも、あの量の音楽書と楽譜……
それに小学生の頃からこなしてたって言うアレ。
天才と言われた先生ですら、寝る間も惜しんで日々努力していたんだから、凡人の私ならもっと頑張らないと……
一日休んだら、その分誰かが狙ってくる。そんな世界。
そう思った瞬間、背中に冷たいものが流れた。
今日だけ許して下さい神様! 明日からちゃんと頑張るから!
何分でも見ていられるわ。神の御尊顔!
さ、触りたい。
だ、駄目よね?
流石にそれは。
バレたら絶対怒られるわよねえ。
ほんのちょっとだけなら良いかなぁ?
そっと手を伸ばしてみる。
頬に手を添えようとした瞬間だった。
「高いぞ」
瞼を閉じたまま、小さな声で言われた。
「ぇ? 起きてたんですか?」
ば、バレてた……
は、恥ずかしい……
絶対変態だと思われた。
「殺気でな」
「……ぇ、お金払ったら触っても?」
触って良いなら払いたい!
「どこからその発想が来るんだよ。それに全部俺の金な」
「そうで御座いました。すいません」
神貯金した方がいいかなぁ。バイトって言っても時間的に。
寮だと門限あるから夜バイトとか出来ないし……
でも触りたい!!
「ったく、油断もできやしないな。お前と一緒だと」
先生が閉じていた瞼を開き、私の顔を見る。
「面目ない……」
「遠い」
「ぇ?」
「もう少し下、とどかない」
「ぇ?」
先生が手を伸ばすので、それに従うように顔を近づける。
ぇ?
突然、首に手を回されそのまま引き寄せられた。
あまりの出来事に息が止まりそうなぐらい驚いたのと、その力強さにどうして良いのか分からず硬直してしまう。
「早く大人になれ」
額にそっと口づけされた。
う、嘘?
心臓が飛び出るぐらいドキドキしてるんですけど。
「これってクビですか?」
「どうだろな?」
笑いながらタバコに火をつけて、何もなかった顔をする先生にちょっとだけ寂しくなった。
「言わなければバレないだろ阿呆」
二人だけの秘密が出来たようで凄く嬉しかった。
あ、折角のご褒美タイムが終了してしまった!
神が愚民の膝の上から、神界に戻られてしまった。
「あ?」
「い、いえ、そ、そのサービスタイムが終わってしまったなと」
「何だそれ。そろそろ帰るぞ」
「……はい」
「電話するから」
「本当に?」
「時差あるから、夜中とかになる時あるぞ?」
「はい」
「お前さぁ、そんなんで明日から大丈夫なのかよ」
「…………」
今にも泣きそうな顔で縋ってくる女に、今抱きしめたらこの後、余計に苦しめることになると思って、わざと触れなかった。
その時だった。
「先生。私頑張るよ! だから安心して行って来てね」
波の音に掻き消されそうな声で、震えながら笑った顔がとても綺麗で、海面の煌きより眩しく見えた。
そして、その瞳は力強く未来を見ている目だった。
どうして抱きしめることを止めることが、出来ようか。
どうして手を取ることを止めることが、出来ようか。
──気づけば、この腕に強く抱きしめていた。
ぇ?
今のって……
唇に……
「帰るぞ」
先生が出した手に、指を絡める。
何もなかったかのように歩くが、繋がれた手を離されることはなかった。




