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御神先生の秘蔵っ子  作者: 蒼良美月
第二楽章 楽興の時

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11/20

11.魔王からの手紙

 ──先生が去って早二週間。

 部屋の壁に飾ってある、雑誌や新聞記事を入れた額を眺める。


 凱旋公演の次の日、高科先生が言った通り日本中が「御神 貴志」の名前で埋め尽くされた。

 至るところで、公演時の風景や他の写真が踊った。


 その中でもやはり一番多かったのは、アンコール後の微笑姿を大きくアップにした写真だった。

 まるで何処かのモデルかアイドルスターのような扱いに、先生は一言も報道陣の前で発することなく、機上の人となった。


 由紀様が後で教えてくれたが、日本のクラッシック音楽界の底上げには莫大なお金を必要とし、その為の広告塔となることは先生にとっては、幼少期より課せられた任務のようなもので、今更彼がそれを気にすることはないから、安心して。と微笑まれた。


 御神の家に産まれた者の宿命だからと。


 何かそんなの可哀想……

 音楽が仕事や任務だなんて。



 ──ヴゥッーーヴゥーー


 電話?

 こんな時間に? 時計を思わず見る。


 23時。画面に発信者の名が表記される。


『神』


 嘘!


「はい!」

「寝てたか?」

「いえ! 先生を見ていました!」

「はぁ?」

「新聞の!」

「くだらないの見てないでさっさと寝ろよ」

「大事です! 一日の癒しタイムです!!」


「悪かったな。オケ中で移動多くて連絡出来なかった」

「いえいえそんな。存在を覚えて頂けただけで光栄で御座います! 今フランスですか?」

「お前怖いわ……」

「当然で御座います! 神の居場所は常に把握しております!」


「で、どうなんだ、そろろろ半分になったぞ?」

「……順調です?」

「明日、まとめて総評送るから、それ見て高科と練り直せ」

「本当で御座いますか?」


「あーーお前足のサイズいくつだ?」

「へ?」

「いくつだ?」

「23でございますが?」

「明日送っとくわ。春コンまでには届くはずだ」


「ぇ? ええええええ?」

「最後の日になるかもだしな?」

「ひどおおぉおいですううぅう!!」

「そろそろ時間切れ。じゃあな」

「はい!! 有難う御座います!!」



 ──ツーツーツゥー


 ほんの数分だけの神の声だったが、私は涙が止まらなかった。


 会いたい! 

 そのたった四文字を言ってしまえない自分に。

 いや、言ってはいけない人に。


 何で私を放って行ってしまったの!


 と、罵ってやりたい気持ちと、先生の殺人的過密スケジュールの中、こうして少しでも時間を取ってくれたことへの感謝の気持ちが入混ざって……



 逢いたいよぉーーー


 その時だった。


 画面に表示された添付ファイルの名前。


 急いでファイルを開こうとするが、逸る気持ちが邪魔して余計に上手くできない。

 やっとの思いで、再生したファイルに涙が再び溢れ落ちる。


「な、何よ、こ、これ。もう……神は空気以外は食べたら駄目なんですってばあ……」


 たった15秒程の動画。

 車の中で、無表情でパンを(かじ)()()の短い動画。

 これ自撮りかしら? 先生が??


 吹き出しそうになるのと、その気持ちが嬉しくて、テッシュを握った手で涙を押さえても、直ぐに染み出てくる。

 グショグショの顔で、先生の動画を再び再生する。


 涙で見えない自分に苛立ちながら、スマホを抱きしめた。


「先生……」


 とても()()()()()()しそうにない人が、わざわざ移動中に電話を掛けてくれ、ましてや自撮りまでして動画を送ってくれたことに、また涙が溢れ出し、止まらなかった。


 どれくらいの時間が経ったのだろう。

 こんなに泣いたのは、いつぶりだろう?


 ティッシュの屑が山となった部屋を見て私は、前を向く。


「頑張ろう! この気持ちに応える為にも。いや、いつか先生の指揮で……」


 この日、私の大きな目標が出来た。

 それを実現する為の長い旅が、これから始まる。


 私は独りではない!



 部屋の片隅に無造作に積み上げられた物に視線を移す。


 切り裂かれ、ペンキで書かれたジャージや、泥まみれになった上履きの数々。

 私は敢えて捨てなかった。


 ここで逃げたら、何のために10年以上先生を追いかけてきたか。

 ここで負けたら、生きている意味さえ失う。


 高科先生が言ったように走ることを止めた時点で、その座は他の者に奪われてしまう世界。

 そんなことに、かまけているような時間など私には一秒もないのだ。


 神が帰国したら、今よりもっと酷くなることだってあるんだから。

 ならば、誰も手の届かない存在に私がなれば良いのだ。


「先生、見てて下さいね! 約束は絶対守りますからね。いつか有名になって先生を私が養ってあげます!」




 ◇




「おはようございます!」

「どうしたんだ? 何か今日はえらい元気だねえ?」

「えへへぇ」

「………気持ち悪いその笑い方。はじめるよ?」

「はい! お願いします!」




 ◇



「ほんと、わっかりやすいねぇ。こんなに音が変わるならもっと早く電話してやってくれたら、俺も、もっと楽だったのに」


「え?」


 高科先生が、神からのファイルを紙に印刷しながら何かブツブツと言う。


「できたよ。ってこ、これ……あいつ何考えてるんだ!」


 珍しく高科先生の顔が強ばった。いつも()()()()()は温和な先生なのに。


「どうしたんですか? 高科先生?」


「あいつ頭おかしくなったのか?」


「ぇ?」


 先生が私の前に、印刷した紙を目の前に差し出す。

 ん? ツィゴネルワイゼンでは?

 先生の顔を見る。


「よく見てみろ」


「ぇ?」


 ツィゴネルワイゼン、サラサーテ作 ハ()調()

 ハンガリーのジプシーを思わせる哀愁漂う叙情的な旋律と超絶技巧の圧倒で締めくくられる曲。


 それが何と()()()ハンガリー舞踊曲調に書き換えられていたのだ。


「その最後見てみろ、速さ」


 先生の言葉にページをめくる。


「嘘……」


 絶句した。


 原曲ですら超絶技巧の中テンポアップして難易度が跳ね上がる。

 何度、高科先生に怒鳴られたことか……


 何と、神が編曲した楽譜には、それより速いテンポの指示記号が書かれていた。


「これ、二週間でやれってのか? あいつ頭おかしいんじゃないのか?」


『高科へー小さくまとめるなよプロだろ?俺好みに仕上げろ』

『花音へ─出来なけれなクビな』

 

 最終ページ最上部に、御丁寧にも赤字の直筆で書かれていた。


 ま、魔王だ………


 私達二人は思わず絶句し、二人で顔を見合わせた。


「最悪だ……」


 高科先生が項垂(うなだ)れるように頭を抱えた。



 その日から、高科先生はレッスン室に泊まりこみ、当然私は残り二週間レッスン室からトイレ以外に外に出ることは許されなかった。








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