1.プロローグ
※新作です。よろしくお願いします。思いのまま書いたご都合主義なところや、矛盾点が多くありますが、あまり気にせず軽い読み物として読んでください。
朝ご飯を食べ終え学校の行く用意をしていたら、テレビから流れるニュースの音に立ち止まる。
『Takashi Mikami──世界を圧巻したあの御神の凱旋帰国決定!』
「御神さん、一言お願いします!」
「久しぶりの緊急帰国になりますが、暫く日本で活動されるのですか?」
「今回、御神堂での凱旋公演とのことですが、お父様の御神 幸造氏はいらっしゃる予定ですか?」
空港ロビーに集まる報道陣のフラッシュの中、明るめの茶色い長髪が光りを浴び金色に輝く中、サングラスを外すことなく無言で人混みを掻き分けるように足早に去っていたが、記者の最後の質問に、サングラス越しにも分かるぐらい一瞬怪訝な顔を浮かべた。
だが、言葉を発することなく出口で待つ迎えの車に、颯爽と乗り込み消えて行く。
御神 貴志──御神グループ総帥、御神 幸造氏の嫡男として育ち、幼少期よりジュニアピアノコンクール、バイオリンコンクールを国内外で総誉にした後、15歳で単身渡米し、日本人初の世界最高峰音楽院に特別入学を認められた神童だった。
その後、活動の拠点をヨーロッパに移し、現在は、日本が世界に誇る指揮者として活躍中であった。
◇
「御神? 貴志? が日本に帰って来る? うそおお!! え? いついつ?」
──ガシャン
「痛ったァ~」
山積みになったCDケースの雪崩が落ちてきて、その中に埋まる少女がいた。
「御神先生。私は貴方の為に今日も頑張ります!」
大事そうにCDケースを抱きしめ、テーブルに置く。
「行って来ます」
小さな仏壇の写真に手を合わせ、花音は急いで玄関を出た。
彼女の名は桜井花音。ごく普通の高校に通う、ごく普通の女の子が、この後、彼女の運命を180度変える出会いに遭遇するとは本人は勿論のこと、誰一人気づいていなかった。
『御神音楽学校─Мアカデミー学園春期特別奨学生募集中』
電車の中吊り広告を花音は凝視する。
子供の頃からの憧れの人。
たまたま商店街の福引きで当たったクラッシックコンサートのチケット。
生まれて初めて祖母に何度もお願いして、やっと連れて行ってもらったコンサートで衝撃を受けた。
後頭部を誰かに殴られたような強い衝撃。
それ以来、彼の音に虜になった私は、小遣いを貯めてはCDを購入したり、彼のことが載っている雑誌を購入したりと、私の全てをかけた推しであった。
周りが騒ぐような彼の容姿に惚れたのではなく、彼が紡ぐ音の洪水が、甘くなったり切なくなったり、激しく揺れたり夢心地になったりと、まるで遊園地にでもいるかのような、ドキドキする興奮が私を捕らえて離さなかった。
町の小さな音楽教室から漏れる音を聴きながら、家に帰って私は紙の鍵盤で、まるで自分も音楽家になった気分で演奏を繰り返し遊んでいた。
「受けてみたいな……」
募集要項の最下部に小さく書かれている文字を見つめる。
『受験資格:16歳以上(高等部は普通科目あり)の男女、未経験者可。初心者可。特待生認定者は学費全額免除。楽器貸出し制度あり。防音寮完備』
「学費免除のうえ、未経験者でも受験しても良いってことよねぇ」
音の出る本物の楽器を触った経験なんて殆どないけれど、御神音楽についてなら満点を採れる自信がある!
楽譜すらまともに読めないどころか、ジュニアの頃の御神のバイオリン演奏を聴き、おもちゃのバイオリンで毎日練習を繰り返してきた音楽が大好きな少女は、学校に行く為に乗っていた電車を降り、無我夢中で楽器店に走った。
◇
「もう少しだけ、値下げしてよ~おじさん」
「無理だって嬢ちゃん。これが限界だってば」
「そこを何とか! お願い! どうしてもこれが欲しいの!!」
花音は涙目で店主にお願いする。
価格交渉に入って一時間。中古の三万円のバイオリンを一万円にしてもらう為に、ひたすら値切る。
「分かったよ。そのかわり内緒だぞ?」
「やったーー! 流石おじさん! 大好き!!」
「もう、花音ちゃんには適わないな。毎回……」
「おじさんこのケースもつけてね?」
「………」
値切りに値切って中古とは言え、やっと手に入れた本物のバイオリン。
花音は宝物のように両手で抱えて公園に向かう。
その日から花音は、何かに取り憑かれたように猛練習する。
おもちゃのバイオリンしか触ったことがなかった彼女の先生は、勿論動画にある「御神 貴志」であった。彼を追い続けて早12年、楽譜は読めなくとも毎日何時間も聴き続けてきた音。
彼の癖から、彼の独特の旋律全て頭に入っている。音がちゃんと出るまでに時間を要したが「初心者の為のバイオリン教室」の配信は何年も見てきた。
CD購入時の特典として「おじさんの楽器店」で試奏させて貰うのが一番の楽しみの時だった。
それが今日から時間制限なく自由に弾けるんだ!
そう思うと嬉しくて、家に帰りながらも空を飛んでいるような気持ちであっと言う間に着いていた。
それからと言うもの学校に行くのもやめ、辺りが真っ暗になるまで毎日弾き続け、家に帰れば日課である彼のCDを繰り返し繰り返し何度も何度も聴く。
脇目も振らず、彼の音だけを一心に愛してきた彼女にとってそれは至福の時だった。
聴くだけで近くには行けない世界とずっと我慢してきた。
憧れることで自分の気持ちを抑えてきた。
やっと、その世界に踏み入れる切符を手に掴むことが出来る機会が訪れたのだ。
──ただ、彼女は一つ大事なことを見落としていた。
彼女がずっと何年も毎日欠かさず聴き続けていた「師」の十八番であるパガニーニのCDは、御神がプロデビュー時にオリジナルスコアに書き直した物であったことを。
残念なことに数ある名曲の中で「パガニーニ」だけは御神の手の物しか聴いていなかったのだ。
師への強烈な愛の現れが、この後事件を起こすことになろうとは──
【特待生受験試験についての案内】
『一次試験:実技
二次試験:面接(一次通過者のみ)
課題曲:G線上のアリア、新世界より、カプリース24番
※楽譜持ち込み可』
「やっぱり御神 貴志といえばパガニーニよねえ。うんこれにしよう!」
課題曲の中で難易度が明らかに異なるものを、入学試験でわざわざ選ぶ者は、相当自信があるか、自分を過大評価しているか、彼女のように「ド素人」かのどれかである。
この日を境に、彼女は最難関曲の練習に没頭する毎日が始まった。
◆◆おまけ曲紹介◆◆
・パガニーニ 24の奇想曲 バイオリン独奏曲 全24曲の中で最も有名な24番は色々なドラマなどでも使用された超絶技巧を有する最高難易度曲。
・G線上のアリア(バッハ) 最低音弦G線のみで演奏できることから由来。一度は聴いたことがある有名曲。
・新世界より (ドヴォルザーク) 「交響曲第9番」の第二楽章「家路」が有名。




