表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

聖女様が忙しそうなので、雑用係の私が国を回しておきました【連載版はじめました】

作者: 星渡リン
掲載日:2026/03/12

 気がつけば、異世界で王宮の雑用係になっていました。


 しかもこの国、聖女様が優秀で優しいのをいいことに、あれもこれも全部押しつけて回っていないようでして。


 浄化に祈祷に面会に許可出し。ついでに書類の山まで聖女様行き。

 それ、もう奇跡でどうにかする範囲を超えていませんか?


 派手な魔法は使えません。

 でも、段取りと整理と「誰が何をやるか」を整えるのは得意です。


 聖女様が倒れる前に、雑用係の私が国を回しておきます。

 書類は、人を殺す。


 前世の私は、かなり本気でそう思っていた。


 会議室の予約表が一列ずれれば、三十人の予定が吹き飛ぶ。発注書の印鑑がひとつ足りなければ、必要な備品は届かない。確認の連絡が一本遅れれば、現場は止まる。


 なのに、そういう仕事に限って、いつもこんな名前がついていた。


「ついでにこれもお願い」

「悪い、急ぎで」

「誰でもできるやつだから」

「雑用ね」


 急ぎは、だいたい他人の口からやってくる。


 私は会社の総務だった。目立たない席に座って、目立たないまま、職場が壊れないように穴をふさぐ仕事をしていた。


 誰かが契約を取る。誰かが企画を通す。誰かが成果を語る。


 その裏で私は、会議室を押さえ、資料を整え、備品を補充し、連絡を回し、遅れを埋めていた。


 誰も見ていないけれど、誰かがやらなければ全部止まる仕事だった。


 終電間際のホームで倒れたとき、最後に浮かんだのは、そんな取りとめもない考えだった。


 雑用って、誰かがやらなきゃ、世界が止まるのに。


 次に目を開けたとき、私は見知らぬ天井を見ていた。


 石造りの部屋。粗い毛布。細い指先。小さな手首。鏡に映っていたのは、栗色の髪を肩で切りそろえた、十代半ばの少女だった。


 名前は、レティア。


 王都で働く、ただの下働きの娘。


 そこまで理解した三日後、私は王宮と大神殿をつなぐ渡り廊下で、運命みたいに見覚えのあるものと再会した。


 紙の山だ。


「薬の搬送許可がまだ出ていないの!?」

「聖女様の印が必要なんです!」

「でも聖女様はいま北塔で浄化、そのあとは祈祷、その次は面会で……!」

「待っていたら間に合わないわ、患者が増えるのよ!」


 泣きそうな侍女が、書類の束を抱えて立ち尽くしていた。机の上には同じような依頼書が何枚も積み上がり、赤い紐と青い紐が意味もなく絡まっている。


 それを見た瞬間、頭の奥で何かがぴたりとはまった。


 前世の記憶が、一気によみがえる。


 会議室。印鑑。差し戻し。急ぎの付箋。誰も全体を見ていない職場。


 そして、目の前の書類の山。


 ああ、これだ。


 これは「優しい誰か一人」に仕事が集まりすぎて、全部が詰まるやつだ。


「……どれが本当に急ぎですか」


 侍女が目を丸くする。


「え?」

「今日中ではなくて、今すぐ必要なものです。命に関わるものはどれですか」


 彼女は慌てて束を見直した。


「これと、これと……たぶん、これも」

「同じ件名が二枚ありますね」

「神殿側と王宮側の控えで……」

「内容は同じです。なら、まとめます」


 手に取った書類に、不思議な感覚が走る。


 紙の重さとは別に、重要度の輪郭がうっすら分かるような感覚だった。


 前世にはなかったものだ。


 この世界に来てから、ときどき感じる。散らかった物の中から、優先順位や不足分が妙にはっきり見えることがある。たぶん、これが私に与えられた小さな祝福なのだろう。


 派手な魔法じゃない。


 でも、詰まりを見つけるには十分だった。


「聖女様ご本人でなければ判断できないのは、これだけです」

「えっ」

「残りは数量確認と搬送順の決定です。神官長か倉庫番でもできます」

「で、でも、いつも聖女様に……」

「いつもそうしているから、詰まるんです」


 口にしてから、ちょっとだけ言いすぎたかと思った。転生して数日、しかも下働きの娘が言う台詞ではない。


 でも、立場より先に順番がある。


「これは一番上。こっちは倉庫へ。これは伝令に持たせてください。今すぐ」


 私は棚にあった麻紐を借りて、書類を三つに分けた。


 今すぐ必要なもの。今日中に必要なもの。後でもいいもの。


 たったそれだけで、机の上の景色は驚くほど変わった。


 侍女は半信半疑の顔のまま走っていき、少しして息を切らして戻ってきた。


「通りました! 搬送、すぐ出せるそうです!」


 廊下の空気が一瞬静まる。


 背後から、低い声がした。


「お前、何をした」


 振り向くと、若い騎士が立っていた。白銀の鎧、すっと通った鼻筋、灰青色の瞳。聖女護衛の騎士、アルフレッドだ。


 私は麻紐でまとめた書類の束を持ち上げた。


「詰まっていたのを、ほどいただけです」


 彼は私の手元を見て、侍女を見て、また私を見た。


「……どうやって」

「見れば分かります」

「分かっていなかったから、止まっていたんだろう」

「だから、分かるようにしました」


 すると、アルフレッドの口元がほんの少しだけ緩んだ。


「変なやつだな」

「よく言われます」


 そう返した直後、廊下の向こうがざわついた。


 白い衣をまとった少女が、神官たちに囲まれてこちらへ歩いてくる。


 金色の髪。水色の瞳。花びらのように整った顔立ち。遠目にも息をのむほど綺麗なのに、その足取りはひどく危うかった。


 この国の聖女、フィリア・エルネスト。


 瘴気を鎮め、病を癒やし、人々の祈りを受ける、国の要だ。


「聖女様!」


 周囲が頭を下げる。その中でフィリア様は私たちの横を通り過ぎようとして、ふらりと身体を傾けた。


「危ない!」


 気づけば駆け出していた。


 細い肩を支える。近くで見た聖女様は、綺麗すぎて壊れそうだった。肌は白いというより血の気がない。手首は驚くほど軽い。


「……すみません」

「謝る前に、座ってください」

「でも、皆さんが困っていますから」

「困っている人を助けるために、倒れたら元も子もありません」


 フィリア様は一瞬だけ、きょとんとした顔をした。


 たぶん、こういうことを面と向かって言われ慣れていないのだ。


 周囲が頼りすぎて、本人は断れず、ずっと無理をしてきたのだろう。


 その笑顔の薄さを見たとき、私は確信した。


 この人を休ませるには、奇跡では足りない。


 流れを直さないとだめだ。


 その日から私は、勝手に動き始めた。


 許可は取らない。取っていたら、その許可書がまた一枚増えるだけだ。


 まず、依頼書を三つに分けた。


 今すぐ必要。今日中。後日でよい。


 次に、同じ案件をまとめた。王宮と神殿から別々に上がっているだけで、中身が同じものが山ほどある。


 さらに、「聖女本人でなければ判断できないもの」と、「そうでないもの」に印をつけた。


 浄化の儀式。特殊な病の最終判断。加護に関する認証。そこは確かに聖女様の仕事だ。


 でも、物資数の確認、伝令の走る順番、面会時間の調整まで全部持ち込むのは、ただの丸投げである。


 私は物置から古い板を持ってきて、そこに案件の所在を書いた。


 誰が今どれを持っているのか。


 口頭伝達も減らした。短い伝言票を作って、用件と時刻と担当者だけを書かせるようにした。


 三日後には、倉庫番のおじさんが不思議そうに頭をかいた。


「最近、探し物が減ったな」

「置き場所が書いてあるからです」

「書いてあるって大事なんだなあ」

「はい。文字はたまに奇跡より強いです」


 薬師見習いの少年は目を輝かせた。


「前は半日待ってたのに、今日はもう返事が来た……!」


 うんうん、と私は深くうなずいた。


 整うって、気持ちがいい。


 でも、整い始めると困る人も出てくる。


「勝手なことをしないでいただきたい」

「前例にありません」

「下働き風情が差配するつもりですか」


 特にうるさかったのは、神殿書記官のバルドだった。


 髪をつやつやに撫でつけ、袖口ひとつ乱れていない男で、口癖は「聖女様のご判断待ちです」。


「レティア、と言いましたか。あなたのやり方は秩序を乱しています」

「乱れていたので、直しています」

「それを決めるのは、あなたではありません」

「では、誰ですか」

「聖女様です」

「面会順も、倉庫の在庫数も、伝令の優先順も?」

「もちろん」

「それ、聖女様のお仕事ではなく、あなたのお仕事では?」


 バルドの眉がぴくりと動いた。


 廊下の空気が少し冷える。でも私は気にしない。死んで転生までしたのだ。今さら視線ぐらいで縮こまっていられない。


「必要のない確認まで聖女様に持ち込むから、全体が遅れます」

「必要がないと、なぜ分かる」

「読めば分かります」

「あなたごときが」

「ごときでも、読めます」


 すると横から、小さな笑い声がした。


 アルフレッドだ。壁にもたれ、面白そうにこちらを見ている。


「書記官殿。少なくとも、こいつが手を入れてから護送の遅れは減りました」

「騎士殿まで……」

「現場が助かっている。それが答えでは?」


 バルドは苦々しい顔で去っていった。


 私は息を吐く。するとアルフレッドが、板をのぞき込んだ。


「それは何だ」

「案件の所在表です」

「所在表?」

「誰が今、何を持っているか書いてあります。『さっき誰かに渡した』を減らすためのものです」

「……地味だな」

「地味です。でも、人は地味なことで一番困ります」

「覚えておこう」


 それから数日後、フィリア様に呼ばれた。


 大神殿の奥にある小さな応接室。窓辺の丸テーブルに、お茶が二つ。


 フィリア様は前より少しだけ顔色がよく見えた。


「あなたのことを、最近よく聞くんです」

「悪い意味で、ですか?」

「半分くらいは」

「半分もあるんですね」

「残り半分は、とても良い意味です」


 くすりと笑う。その笑顔がちゃんと柔らかいことに、私は少しだけほっとした。


「薬の搬送が早くなりました。北の修道院への支援物資も、予定通り届いたそうです」

「みんなが動いてくれたからです」

「でも、動けるようにしたのは、あなたでしょう?」


 私はティーカップに視線を落としたあと、はっきり言った。


「聖女様は、何でもご自分で抱えすぎです」

「……私が確認しなければ、誰かが困るかもしれません」

「今も困っています」

「え」

「聖女様が悪いんじゃありません。聖女様に何でも持ってくる仕組みが悪いんです」


 フィリア様の指先が、そっとカップの縁で止まる。


 自分を責めることでしか状況を説明できなかった人に、別の原因を示したのだ。すぐには飲み込めないのも当然だった。


「私は……もっと頑張ればいいのだと思っていました」

「優しい人ほど、そう思います」

「でも、それでは足りないのですね」

「はい。頑張りは、仕組みの代わりにはなりません」


 静かな沈黙のあと、フィリア様は小さく息をついた。


「……助けてくれますか、レティア」

「もちろんです」

「私の代わりになるためではなく、私が休めるようにするために」

「はい。それが一番大事です」


 そこからは早かった。


 フィリア様自身が動いてくれたことで、どこまでが聖女の判断で、どこからが各部署の責任なのか、線引きが一気に進んだ。


 浄化の儀式に関わるもの。

 特殊な病への加護判定。

 神殿外への奇跡の使用許可。


 それ以外は、各担当で処理する。


 神官長には医療支援の一次判断を。倉庫番には在庫確認の責任を。騎士団には護送順の優先権を。役人には地方との報告形式の統一を。


 最初はみんな渋い顔をした。でも、自分の仕事の範囲が見えた途端、人は案外動く。


 逆に、動けなくなった者もいる。


「その件は、もう発送済みのはずです」


 そう言ったのは、またしてもバルドだった。


 けれど南の村から届いた報告には、届くはずの救援物資が一つも着いていないとあった。


 私は机に紙を並べた。


 発注票。倉庫記録。護送記録。確認印。


「書類上は発送済み。でも、護送命令が出ていません」

「それは騎士団の不備では」

「騎士団には依頼が行っていません」

「では神官側の手違いで」

「神官側は『聖女様のご判断待ち』で止まっていました」

「……」

「三日間、あなたの机で」


 バルドの顔色が変わる。


「確認印の日付、ここです」

「そ、それは、たまたま忙しく……」

「忙しかったから仕方ない、では済みません。困るのは現場です」


 声を荒げたわけではない。でも、その場にいた誰もが黙った。


 前世でもそうだった。怒鳴るより、記録を並べた方が強い。


「『誰かがやったことになっている』が一番危険です」

「……」

「責任を持たない空気は、書類より人を殺します」


 自分でも驚くくらい、言葉がまっすぐ出た。


 たぶん私は、前世の自分のぶんまで怒っていた。


 そして、改善がようやく回り始めた頃に限って、最悪の知らせは来る。


 国境付近で瘴気が噴き上がり、近隣の村で病と魔物被害が同時に広がったのだ。


 王都に救援要請が殺到する。


「聖女様をお呼びして!」

「東門の護送隊が足りません!」

「薬草の箱が足りない!」

「祈りの列が収まりません!」


 神殿も王宮も、一気に熱を帯びた。


 倉庫の扉は開きっぱなし。伝令は階段を駆け上がり、紙が飛び交い、怒声と悲鳴が混ざる。


 私は喉の奥が冷たくなるのを感じた。


 こういうとき、全部が崩れる。


 でも、崩れると分かっていても、止めるわけにはいかない。


「優先票を持ってきて! 赤印だけこっちに集めて!」

「レティア、聖女様は?」

 アルフレッドが駆けてくる。

「北礼拝堂で最終祈祷中です」

「無理をしている」

「知ってます」


 言った直後、礼拝堂の方で悲鳴が上がった。


「聖女様が……!」


 走った。石の床を滑りそうになりながら、私は礼拝堂へ飛び込んだ。


 白い祭壇の前で、フィリア様が倒れていた。


 金色の髪が床に広がり、周囲の神官たちは青ざめた顔で立ち尽くしている。


「寝台へ運んでください! ここは冷えます!」

「で、ですが、この後の浄化が……」

「今は人を寝かせるのが先です!」


 思わず怒鳴っていた。


 細い身体を支えた瞬間、胸の奥がひりつく。


 やっぱり、間に合わなかった。


 少し休めるようにした程度では、この人を守りきれなかった。


 でも、泣くのは後だ。


 礼拝堂の外に出ると、そこにはもっとまずいものが待っていた。


 沈黙だ。


「聖女様が倒れたなら、指示を待つしか……」

「誰が責任を取るんだ」

「勝手に動いて失敗したら……」


 みんな足を止めている。


 止まるのは簡単だ。責任から逃げるには、一番安全だから。


 私は深く息を吸って、壁際の板を引き寄せた。


「止めないでください」


 自分でも驚くほど、声がよく通った。


「聖女様が倒れた今だからこそ、止めたらだめです」


 視線が集まる。神官、騎士、役人、侍女。偉い人も、そうじゃない人も。


 私は板を立てた。


「赤印。今すぐ必要なものはここ。東門護送、南の薬、北修道院への補充。青印は今日中。黄色は後回しです」


「だ、だが、お前に権限はない」

 誰かが言う。


「ありません」

「なら」

「でも、今ここで全体が見えているのは私です」


 ざわめきが走る。


「騎士団は東門優先。護送は二隊に分けません、一隊を確実に通してください。倉庫は薬草箱を先、毛布はその次。神官は軽症者の振り分けを。面会は全部止めます。祈りの列には番号札を配って、順番を見えるようにしてください」


「記録係は!?」

「俺がつく」


 アルフレッドが、ためらいなく私の横に立った。


「俺はレティアに従う。今、一番国を見ているのはこの人だ」


 その一言で、空気が変わった。


 騎士が走る。倉庫番が叫ぶ。侍女が紙と板を運ぶ。神官長が軽症者の区分を始める。


 人は、命令で動くのではない。流れが見えたときに動けるのだ。


「レティア、東門通過!」

「次は南へ! 箱の数、合ってますか!?」

「たぶん!」

「たぶんで送らないでください! 合うまで見て!」

「祈りの列、三十番まで案内完了!」

「休める人は交代で水分を取って!」


 紙は飛び、声は飛び、足音が途切れない。


 夜が来て、朝が来て、また夜が来た。


 奇跡そのものは、聖女様にしか起こせない。


 でも、奇跡が届く道を整えることはできる。


 道があれば、人は助かる。


 三日目の朝、ようやく大きな混乱が収まり始めた頃、フィリア様が姿を見せた。


 まだ万全ではないだろうに、彼女は礼拝堂前の広場に立ち、整って動く人の流れを見渡して目を見開いた。


「……止まって、いない」


 私は疲れで脚が笑いそうになりながら、なんとか笑った。


「少しだけ、仕組みを作っておいたんです」

「レティア……」

「聖女様が頑張ってくださった時間で」


 フィリア様の目に、涙がにじんだ。


 泣きたいのは私も同じだったので、危うくもらい泣きするところだった。


 その後、王城で経緯説明の場が設けられた。


 国王、宰相、補佐官ユリウス、神殿側の重臣、騎士団長。


 そんな面々の前に、雑用係の私が立っている。場違いもここまで来ると芸術だ。


 胃が痛い。前世でもここまで偉い人の前には立ったことがない。


 でも、ここで言わなければ、また同じことが起きる。


「今回の働きは評価に値する」

 ユリウス補佐官が整った顔で言った。

「しかし、聖女に権限が集中していたことが、そこまで大きな問題だったとは……」


「問題でした」


 食い気味に返してしまった。でも止められなかった。


「聖女様は奇跡を起こせます。でも、奇跡に伝票整理はできません」

「……」

「物資の確認も、連絡の統一も、担当の振り分けも、誰かがやらなければなりません」

「それを、あなたは雑用と呼ぶのですか」

 重臣の一人がやや鼻白んだ声を出す。


 私はその人を真っすぐ見た。


「雑用とは、誰でもできる仕事ではありません」

「何?」

「誰もやらなければ、全部止まる仕事です」


 広間がしんと静まった。


「聖女様は国を守ってくださっています。でも、国が聖女様一人に寄りかかっていては、聖女様が倒れた瞬間に国も倒れます」

「……」

「頑張る人の善意に甘える仕組みは、長く持ちません」


 国王が静かに問う。


「では、どうすべきだ」

「役割を分けてください。責任を見えるようにしてください。誰が今、何を持っているか分かるように。聖女様が見るべきものと、そうでないものを分けてください」

「それで国は回るか」

「回ります。……いえ、回してみせます」


 言い切ったあとで、少しだけ血の気が引いた。ずいぶん大きく出た。


 けれど国王は、むしろ楽しそうに笑った。


「よい。大きな言葉だが、すでに一度やってみせたな」


 その日のうちに、王宮・大神殿・騎士団をつなぐ新しい部署が作られることになった。


 名前はやたら立派だった。国務整理局補佐官補。長い。絶対にもっと短くていい。


 そして、そこに私が入ることになった。


「えっ、私、ただの雑用係なんですが」

「だからこそ、です」


 そう言ったのはフィリア様だった。


 もう立っていてもふらつかない。けれど前より少しだけ、ゆっくり話している。それがたまらなく嬉しい。


「この国で一番、『回る』ということを知っているのは、あなたでしたから」

「……褒められると、困ります」

「では命令です。困りながら受けてください」

「それはずるいです、聖女様」


 広間に笑いが広がった。


 処分もあった。バルドは左遷された。


 極悪人ではない。でも、責任逃れで現場を止めた罪は軽くない。彼は最後まで「忙しかっただけだ」と言い張っていたけれど、それを聞いて胸が揺れることはもうなかった。


 忙しいは、免罪符じゃない。


 数か月後。


 王宮と大神殿の間には、以前よりずっと多くの紙が行き来していた。


 けれどそれは混乱の証ではない。整理された流れの証拠だ。


「レティア、南倉庫の在庫票が更新されてない!」

「先に数だけ確認して! 票は後でじゃなく、今!」

「東門の護送順、これでいい?」

「一番上の箱が薬なら。毛布なら逆!」

「聖女様の面会、二件追加!」

「赤印じゃなければ午後です。休憩時間は削りません!」


 私は今日も走っていた。


 肩書きは立派になったけれど、やっていることはそんなに変わらない。


 ただ一つ違うのは、今ではみんなが最初から私の話を聞くことだ。


 渡り廊下の窓から、春の光が差し込んでいた。


 中庭ではフィリア様がお茶を飲んでいる。ちゃんと座って、ちゃんと休んでいる。


 その光景だけで、少し泣きそうになる。


 隣に立ったアルフレッドが、同じ方を見た。


「最近、聖女様がちゃんと眠れているそうだ」

「それは良かったです」

「お前のおかげだな」

「みんなが動いたからです」

「そういうところだぞ」

「何がですか」

「自分の手柄を半分以下にするところ」


 私は思わず吹き出した。


 アルフレッドは私の持っている板を軽く叩く。


「相変わらず、地味な板を持ち歩いているな」

「地味で結構です」

「いや、悪くない。今ではその板一枚で王宮中が静かになる」

「それ、ちょっと怖い言い方ですね」

「事実だ」


 私はまた笑った。


 たぶん私は、派手な魔法は一生使えない。瘴気を払う光も、誰かを癒やす奇跡もない。


 でも、止まりかけたものをもう一度回すことならできる。


 迷子になった流れに道をつけることならできる。


 誰かが無理をしなくてもいいように、仕組みを組むことならできる。


 それは小さい。地味だ。物語の主役には見えないかもしれない。


 けれど私は知っている。


 世界はたぶん、そういう小さな歯車で回っている。


「レティア! 急ぎです!」

「はい、今行きます!」


 私は板を抱え直し、渡り廊下を駆け出した。


 今日もまた、誰かの「困った」が動き出すように。


 聖女様が忙しそうなら、そのぶん私が国を回しておけばいい。


 雑用係の仕事なんて、だいたいそんなものだ。


 そして、そんなものが一番、世界を止めない。

お読みいただきありがとうございます。


こちらの短編をもとに、

連載版『聖女様が忙しそうなので、雑用係の私が国を回しておきました』

の投稿を始めました。


短編で描いたお話を土台にしつつ、連載版では出会いの部分からあらためて描き、短編のその先まで広げていく予定です。


もし短編を気に入っていただけましたら、連載版のほうものぞいていただけると嬉しいです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
楽しく読ませていただきました。 しかしこの国には、まともな官僚や書記官はいないのかな?
誰か1人に集中すると組織は崩壊する。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ