001 異世界
田舎にある都会と称されるのが私の地元。
中学校までの道のりは田んぼのあぜ道なんてことはない。
イ〇ンだってあるし、主要駅には新快速も止まるし、国道も通っている。
国道の道沿いにはちゃんとスーツ屋さんが乱立しているのだ。
誇りをもって都会と言いたい。
言いたいのだ。
そんな都会にあるはずのない光景が今、眼前に広がっている。
イメージとしては自然系ドキュメンタリーに出てきたり、恐竜が現代に復活した森として扱われたり、サバイバルと称して芋虫を食べさせられる芸人がいるような森だ。
妙なめまいの後にこんな光景を見せられたらほとんどの人がここが天国なんだろうと思ってしまう。
16年しか生きられなかったけど、私ちゃんと親孝行できていたかな。
今朝お母さんに好物のオムライスを作ってもらう約束したのにな。
友達とまたU〇J行く約束してたのにな。
まだちゃんとあの人に想いを伝えていないのにな。
まだここで終わりたくないな。
でもなんだか様子がおかしい。
天国に行ったらまずは天使たちに祝福されたりしないのだろうか。
というか、天国といえば雲の上が相場ではないのかな。
なんでよりにもよって森なんだろう。
世界観が独特だな。
まぁ、天国なんてだれも行ったことがないんだからこんなもんなんだろうか。
「_______」
なんだこれ、耳が痛い。
今までに聞いたことないような何かの叫び声だ。
鳥でもなければ、鹿でもない。
クマの鳴き声なんて直接聞いたことはないけれど、クマの鳴き声が安眠BGMにきこえるほど耳に響き、脳を揺らしている。
さっきまでこの場所を天国だと思い込んでいたが、今の叫び声がここが現実世界であると訴えてくる。
私は、異世界にきた。
そう認識したころに叫び声が聞こえてきた方向から数名の人影がこちらに向かってくる。
「そこの君!死にたくなければ走りなさい!」
迫りくる人影が叫びながら駆け寄ってくる。
走りなさいという命令は頭では理解できるが足が動かない。
金縛りにあっているように感じられるこの感覚では脳からの立て!という単純な命令すらも届かない。
「エレナ!これ以上は引き付けてられねぇ!この嬢ちゃんを巻き込んじまう!」
「仕方ないか…みんな戦闘準備!いつも通りでお願い!いくらランクが低い魔物だからって油断しないで!」
目の前に現れたのは4人。
赤毛で騎士のような風貌の凛々しい女の人。
オオグマにも引けを取らない巨漢で大きな盾を持っている髭の生えた大男。
とても小柄で身の丈ほどの大きさの杖を持つ少女。
大弓をもって誰よりも早く走る青年。
「後衛の二人はその子から離れないで援護を!できるだけ私とダインで致命傷を狙う!」
赤毛の騎士と大男が前に立ち、少女と青年は私を守るようにして立っていた。
まるで状況はつかめない。
「あの…これはいったい何でしょうか…」
「今から大きな魔物がくる…じっとしてて…死んじゃうかもしれないから」
え、今死んじゃうって言いましたか?
こんな幼い女の子から言われると少し懐疑的になってしまうが、その横にいる青年の緊張したまなざしを見るとそれが本当のことなんだと思ってしまう。
それに魔物って言ったけれど、もしかしてあの叫び声が…?
「来るわよ!」
赤髪の騎士がそう告げると大型トラックほどの大きなイノシシのような形容しがたい獣が姿を現した。
見るだけで吐き気を催す。
グロテスクだとかそういう意味ではない。
嫌悪感、恐怖、肌を刺すような邪悪が襲ってくる。
「_________」
さっきまで胃の中にあったものが一気に外とへ吐き出された。
「…もしかして、魔物見るの初めて?」
「まずいわね、魔物の魔力がその子の毒になってる。早く仕留めるよ!ダイン!」
「任せなぁぁあああ!!!!」
大男が魔物に向かって走り出す。
その後ろを赤髪の騎士が追いかける形で走る。
それと同時に魔物も走り出し大男の盾と衝突した。
「どぉぉぉぉりゃ!!!!」
大男といっても所詮は人間。
あんなに大きな獣に突進されたらひとたまりもないはずなのに。
なぜか魔物のほうがすこし押され、頭を強く大男の盾に衝突した反動で大きくひるんでいる。
そのすきを狙って女騎士は腰に携えた剣をふるう。
「すべてを燃やし尽くせ!!レーヴァテイン!!」
華麗な剣技が素早く魔物の足を切り刻み、自慢の足も使えず、立っていられなくなる。
すべてを燃やし尽くすのかと思ったけれど、火なんてものは一つも発生していない。
「あとは任せたよ!フィオラ!クリス!」
「我が師たる魔の大綱シュリーレン、業火の精霊たるスルト。彼の者は永遠の熱誠に焦がれ、親身を俊て灰に帰す。」
小柄な少女が静かになにやら呪文を唱えている。
一説唱えるごとに少女は輝きを増す。
その光はやがて杖に収束し、放つ。
「すべてを焼き尽くせ、‘‘ブレイズ・ホロウ‘‘」
少女の杖から放たれた赤色の陽炎が魔物にたどりついた途端ゴォーンといった爆音のあと、柱状に炎が立ち上る。
昔体験したエレベーター火災を再現したアトラクションよりも迫力のある豪炎だった。
すさまじい威力だったが、まだ魔物はそこにいた。
足を切り刻まれ、豪炎に焼かれ、それでもまだ目には闘志がわいていた。
「仕上げは任せてください…ねっ」
青年は身の丈ほどの大弓を構え、光の矢を放つ。
音速をも超える矢は魔物の脳天を突き刺し、ようやく魔物は動きを止めた。
一連の動きはとてもスムーズに行われた。
体感としてはとても長く感じたが、実際に10秒もたっていないのだろう。
素人に見てもわかる洗練された動き。
何よりもひとり一人の信頼がなせる業なのだろう。
「ちょっとフィオナ!燃えちゃってるじゃない!カースボアの毛は高く売れるんだよ!ちょっとぐらい手加減してよ!」
「そんなこと言ったって…エレナが燃やし尽くせって言ってたから…」
「あれは、その…あれよ!気合を入れるための私の詠唱みたいなもんなの!」
なぜだろうか、私にもしっかり燃やし尽くせって聞こえた。
フィオナちゃん?と同意見だ。
思いっきり自信満々に叫んでたのになんでこんなに恥ずかしそうにしているんだろう。
かっこよかったのにな…。
「紛らわしいこと言わないでよ…」
「がははは!!エレナの変な叫びは今に始まったことではないであろう!そう、落ち込むなフィオナよ!」
「そうそう、エレナは‘‘あれ‘‘かっこいいと思ってんだから。てか、レーヴァテインて…フフフ…剣にまで名前つけちゃって…フフフ…」
「こらぁ!!私のレーヴァをバカにするんじゃないよ!別にかっこよさなんて求めてないわよ!叫ぶほうがこう…ぐっと力が入るだけよ」
赤髪の騎士は地団駄を踏みながら訴えかけている。
さっきまでの凛々しい剣士としてのすがたとはまるで別人のようだった。
「どうだ、嬢ちゃん。具合は」
大男が心配そうな顔でこちらをのぞき込む。
「い、いや…あの…ええと…」
あの魔物が死んでからあの恐怖感は薄くなり、吐き気もマシになっている。
頭は混乱をしたままだが、体調は確かによくなっている。
しかし、失礼ながら先ほど命を助けてもらったにもかかわらずこの巨漢の前では委縮して声がしっかりだせない。
「なんだ?まだ調子わりぃか?どうだ?立てそうか?」
「こらこら、ダイン。こんな可憐な女の子に対して圧がありすぎるのよ。少女を襲う魔物にしか見えないわよ」
そういってダインと呼ばれる大男を押し出して赤髪の騎士が前に出てくる。
「ごめんね。びっくりしたよね。私の名前はエレナ。エレナ・スカーレッドよ。あなたなの名前は?」
エレナさんの声色はとても穏やかで、それでいて力強い。
まるで布団に包まれているような温かさも感じられる。
私はこの世界で初めてほっとする感覚に包まれる。
「いえ、こちらこそすみません。助けていただいたのにお礼も言えずに…私の名前は…」
と言いかけたときにふと疑念がよぎる。
この世界における私の名前ってどうなんだろうか。
さっき聞いた名前、エレナ・スカーレット。
もしこれがこの世界の標準だとしたら私の名前はとても目立ってしまう。
どちらかといえば外国的な名前のほうがいいのかもしれない。
それに異世界から来たってことがバレちゃったら最悪、闇の実験やら解剖に使われてしまうかもしれない。
この世界にそういった概念があるのかはわからないけれども。
どうしても不安がよぎってしまう。
「…???」
エレナさんが心配そうに首をかしげる。
不安はある。
でもさっき助けてくれた人たちの感覚はとてもやさしいものだった。
大男のダインと呼ばれる人だってさっきは委縮してしまったけどよく考えると最初に誰よりも心配して声をかけてくれたのだ。
離れた場所にいてすぐに駆け寄ってくれたのもこの人だ。
それにそんなひどいことをする人たちなら私を助ける義理なんてない。
なによりも私を救ってくれた。
それだけで信じるのには十分なのではないか。
あの人ならきっと…。
「わ、私の名前は一ノ瀬透子です。先ほどは助けていただき本当にありがとうございました」
今度はしっかり4人の顔を見ながら深々と礼をした。
「トウコちゃんっていうのね。なんだか珍しい名前だね。フィオラ聞いたことある?」
やっぱりこの世界ではメジャーではない名前みたいだ。
フィオラと呼ばれる少女も首をかしげる。
「…私も聞いたことない気がする。少なくともレーン大陸の子じゃなさそう。」
「クリスはどう?」
次な大弓を持っていた青年が答えようとする。
「さっぱり。僕もそれなりに旅をしてきたつもりだけど聞いたことないね」
4人が知らない名前にこまっていた。
「あ、あの実は私。たぶんですけど、こことは違う世界から来たようなんです。」
自分の話題ですこし気まずくなる空気に耐え切れず、話してしまった。
ここが私の分水嶺だ。
違う世界からきたからといってこのまま殺されるかもしれないし、国のお偉いさんに引き渡されるのかもしれない。
けれど、この人たちに助けてもらった命だ。
この人たちのに託すしかないのだろう。
「ち、違う世界!?それってつまりトウコは異世界からやってきたってこと!?」
反応は予想していたものとは大きく違った。
むしろこのエレナという人はなんだかすごくうれしそうだ。
日本で初めて外国人を見た人はこんな感じだったのかな。
今ならすこしだけ弥助の気持ちを分かってあげられるような気がする。
他の人たちのリアクションは顔でよくわかった。
ダインと呼ばれる人はふーんそうなんだといわんばかりであまり興味はない。
クリスと呼ばれる人はまじか!?といった感じで純粋な驚きだった。
最後にフィオラと呼ばれる少女からはまるで実験体を見るような目で見られた。
なんだかモルモットとかネズミとかそういうものを見る目だ。
一番怖い。
しかし、違う世界からきたと言ったはいいものの私自身もよくわかってない。
違う世界ではなくて、違う時間なのかもしれない、もしかすると違う星に来てしまったのかもしれない。
けれども、ここを異世界と表現したことには理由がある。
今の私のようにいきなり場所を移されるとき決まって異世界への移動なのだ。
それはいろんな映像作品を見たことで理解している。
元いた世界では熱心に作品を見ることはなかったけど、父親の影響でよく小さいころに見ていたことをすこし覚えている。
私自身も疑問に思うことが多いエレナさんからしても「異世界」という言葉から疑問が湧いて出てくるんだろう。
私自身ももし元の世界で異世界からやってきましたなんていわれたら聞きたいことがたくさんある。
その世界とこの世界の違い。
パラレルワールドと呼ばれる世界の片りん。
魔法が使えたりするのか。
エレナさんからの質問は止まることを知らずさっきよりもずっと顔が近くなっている。
そんな興奮気味なこの女性はゆっくりと引きはがされる。
「おいおい、さっきまでオレに向かって圧がどうこう言ってたやつと同じ人物だと思えねぇよ。少し落ち着きな。嬢ちゃんが怖がってんぜ」
来ていた服の襟を正し、ゴホンと咳払い。
「ごめんなさい。すこし取り乱してしまったわ。近くに野営地があるのそこで自己紹介でもどうかしら。どうやらそっととこっちのすり合わせが必要なようね」
私の異世界の冒険はどうやら始まってしまうようです。




