ある青年の場合
いつも、やり場のない退屈さと哀しみを抱えて歩いていた。
何かを、忘れている。
夕飯が美味かった、電車の座席に座れた。
それくらいの幸せでは到底埋まらない、何かを。
ずっとずっと、忘れている。
…
木々という木々が、梢から緑を振り払ってもう随分と立った冬、僕はガンと診断された。
肺がんのステージ4。
生存率は著しく低く、一年後に生きている確率は4割ほどらしい。
ほとんど半分という確率は、ガンのステージ4にしては高い生存率だったが、当時のいたいけな少年にとっては、その数値は十二分に絶望を齎すものであった。
先生は、少しだけ脳転移しているからステージ4に分類されただけ、とか言っていたが、僕は、ただ死を間近に感じて怯えるしかできなかった。
人は昔、マンモスという危険で獰猛な動物を、石っころと木の棒だけで狩り殺していたらしい。
僕はそれが本当だとは思えない。
そんな恐怖の象徴のような存在を、日常の一部として殺す怪物と、ベッドの上で、人の助けを借りに借りながら何もできない僕が、同じ生き物だとは思えない。
病室には、僕の他に三人、四人の患者がいた。
三人か四人と言い切らないのは、途中で一人出て行ったからである。
彼が出て行った夜、病室にはうめき声とも叫び声ともつかぬ、掠れた声が木霊していた。
僕は頭から布団を被って、事の顛末をちらちらと覗き見ていた。
先生は大きな病院に移ったと言うが、きっとそれも嘘だ。
彼が運び出されるとき、彼の四肢は死んだ虫のように折り畳まれていた。
冬眠に移り、二度と目覚めないことを知らないてんとう虫みたいに。
…
さて、僕が話したいのは、彼のことではなく、僕と大して歳の差のない少女のことである。
彼女は、僕が入院するかなり前からここに居るようであった。
僕は、窓の外を眺めて過ごすより、彼女の顔を眺めて過ごす時間の方が多かったと思う。
…
彼女は、いつも暇を持て余すと、窓の外を眺めていた。
窓の外の何か、それは道行く車であったり、ほとんど枝だけになったり、変わらず葉を付けている木々であったりするのだろう。
僕にそれを推し量ることも尋ねることも出来なかったが、彼女は、ただの暇潰しとは違う目で外を眺めていたように思う。
病院の中では、生死を左右するほどの悩みが常に伴う。
本当に何もすることがない。
即ち、死ぬほど暇なのである。
病院には図書館が付いていたが、もともと本を読む習慣なんて無かった僕は、すぐに図書館へ向かうのも億劫になった。
そんなこんなで、僕はたいして口を開くこともなく、彼女の顔を見つめていたのである。
彼女はずっと窓の外を見ていたが、夜になって、特段美味い訳でもない病院食を食べ終わる時だけ、たまに僕に話しかけることがあった。
それは、二言三言で終わるような些細なものであったり、時には三十分を超えるようなものであったりした。
好きな食べ物は?ここから出たら何をしたい?将来の夢は?
三秒も考えれば出てくるような、どうだっていいような質問を投げつけ合い、はあだのふんだの、どうだっていいような相槌を乱暴に投げ返したり。
そんなことを三日も繰り返せば、手術の日なんてすぐにやってきてしまうのだった。




