第八話 既読という名のギアス
スマホの通知音が鳴った瞬間、俺の心臓が跳ねた。
画面には──“椎名瑠璃”の名前。
息を呑んで、慎重にトーク画面を開く。
『ごめんなさい、すぐ返せなくて……すごく嬉しかったんですけど、どう返したらいいかずっと悩んでました。
今度の日曜なら、空いてます!』
──その瞬間。
俺はスマホを胸に抱きしめて、ベッドに倒れ込んだ。
「…………やば……」
心臓がうるさい。
「デ、デート……デート……っ」
顔が熱すぎて、枕にうずくまったまま転がる。
「ちょ、ちょっと待って。あれって……つまり、OKってことでいいんだよな!? え、そうだよな!? 俺の、“よかったらお茶でも”ってやつに……!」
慌てて自分の送ったメッセージを見返す。
『こんにちは。文化祭の日、ほんとにありがとう。
あれから、なんとなくまた話せたらいいなって思ってました。
よかったら、今度どっかでちょっとだけお茶でもどうですか?』
「“ちょっとだけ”とかつけといてマジでよかったぁあああ!! 過去の俺、天才!!!」
《おにいちゃん、おめでと〜〜〜☆ こいのステージ、はっじまるよ〜☆》
スマホのスピーカーから、あの高い声が響いてくる。
AICO──恋愛サポートAI。
現在はVer2.0、ウザかわいい幼女キャラで絶賛稼働中。
《さぁさぁ! おにいちゃんの でーと、うけつけました〜☆
ご予約、にちようび! あいて、椎名るりちゃん! じかんは、えっと、まだきまってませーん☆》
「うるさい……てか、まだ何も決まってねぇ……!」
《でもでもぉ〜? どこ行くのぉ〜? ガ○ト? サ○ゼ? タピオカって、まだ生きてるの〜??》
「だから、そういう古めの情報でボケてくるのやめろ……こっちは本気なんだよ……!」
布団かぶって唸る。
……たしかに、返事は来た。
爆発しそうなほど、嬉しかった。
けど──
「……で、どこ行けばいいんだよ」
現実が、じわじわと襲ってくる。
初デート。
どこで、なにを、どうやって。
そんな経験、俺の辞書には載ってなかった。
《おにいちゃん、しつもーん☆ おみせ、きめてる〜?》
「決めてたら苦労してねぇよ……!」
《んー! じゃあ アイコちゃんと いっしょに かんがえよっ☆
ファーストデートは、チョコパフェの数で きまるって れんあいじしょに のってた〜☆》
「いやどこの辞書だよそれ……」
……もう無理。
静かに男子校グルチャを開いた。
「……これは、一人で考えるの無理だ。……呼ぶか、あいつらを」
⸻
***
夜の男子校グルチャ。
恋愛未経験男子4人+謎のAIによる、混沌の恋愛会議が始まる──!
【陽翔】:なんだこの時間に
【俺】:すまん、緊急案件だ
【要】:まさかお前、また数学の課題パクらせてって……
【俺】:違う。……椎名さんから返事、来た
【陽翔】:キターーーー!!!!!!!!!!!!
【純】:……本当に? おめでとう
【要】:で、何て?
【俺】:今度の日曜、空いてますって。お茶、OKだった
【陽翔】:デートじゃん!!!!!!
【要】:リアルに、デートじゃん!!!!!!
【純】:すごい、すごいね……!
一気に爆発するテンションの中、あいつが当然のように乱入してきた。
《わ〜い♡ おにいちゃんの はつでーと、だよ〜っ!! がんばってね〜! パフェ、たべてね〜♡》
【陽翔】:……ちょっと待て
【陽翔】:なんでAIがグルチャにいるんだよ
【要】:てか、招待した?
【俺】:してない。勝手に来た
《ネットは せかいと つながってるのだ〜☆ わたし、そーいう仕様♡》
【陽翔】:こええよ!!!!
【純】:……すごいね。AICOちゃん、どこにでもいるんだね……
《えへへ〜♡ わたし、まいにちログインしてるもん☆》
【俺】:いやでもマジで、どこでお茶すればいいのかわからん……
【俺】:こっちはデートなんて初めてなんだよ……
【陽翔】:じゃあ俺の案な。「純喫茶リベルテ」ってとこがあるらしい。チョコカレーうどん出してくれるって
【俺】:絶対やだ
【要】:タピオカで良くね? 女ってタピオカ好きだろ
【陽翔】:古ッ!!! タピオカは2018年に置いてこいよ
【純】:ぼく、知らない喫茶店とか……こわい……
《でーとプラン、けってい☆ とつげき! ファミレス・クエスト☆》
【俺】:AICO、黙ってて
──その混沌に、突如として現れた救世主。
「……はぁ。男子って、ほんっと使えないよね」
「み、美優……!? なんでここに……!」
「グルチャの通知、マジでうるさいんだけど? てか、スマホ放置して風呂入ってたでしょ。画面見えたから」
「見えてたのかよ!? てか勝手に開くなよ!」
「はぁ……しょうがないな、ほんと。いい? 女の子に“お茶”って言ったなら、それなりの場所じゃないと引かれるよ?」
美優がスマホをひったくり、検索して画面を見せてくる。
「ほら。駅前にある『Café Lueur』って店。落ち着いた雰囲気で、でも可愛い系のスイーツもあるし、外観も映える。インスタでバズったこともある」
「えっ……すご……」
《うーん! ミユちゃんすごーい! わたし、まけてる〜!? これは ちょっとくやしい〜〜〜っ☆》
「……あ、ありがとう美優。ほんと助かった……」
「うんうん、兄さんの初デートを台無しにされたら、こっちの名誉にも関わるからね。……にしても、恋愛未経験男子四人とAIの会議とか、カオスすぎでしょ」
「やめろ……言わないでくれ……」
──深夜のチャットは、美優の一言で静まり返った。
そして──第一の難関「場所選び」は、意外な形で解決されたのだった。
⸻
***
日曜日、朝8時半。
俺の部屋には、独特の緊張感が漂っていた。
鏡の前で服を確認して、髪を整えて、靴まで磨く。
「……おかしいな。昨日まで普通に生きてたはずなのに、なんでこんなに手汗すごいんだ……」
そのとき。
《おにいちゃん、おにいちゃんっ♡
そのシャツ、かわいいけどぉ〜……すこしだけ、シワが気になるかもっ☆》
スマホから飛び出してきたのは、もちろんAICO。
「シワ? え、やばい……アイロンってどこだっけ……」
《だいじょーぶ☆ いまから、おべんきょーの時間で〜す!》
画面いっぱいに表示されるチェックリスト。
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■恋の装備チェック by AICO
☐ シャツ → 清潔感&シワNG!(アイロンするべし)
☐ 靴 → ボロボロNG。新品じゃなくても、きれいに磨くこと
☐ 香り → 香水よりも、柔軟剤の“いい匂い”が好印象
☐ 髪 → 寝グセは最大の敵!
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「お前、いつの間にこんな機能……」
《えへへ〜☆ アイコ、さいきん じつは“ひっそり うぷでーと” したのだ〜♡》
さらにスライド。
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■会話テク by AICO
・相手の目を見る → でも、にらめっこじゃないよ! ちょっとそらすくらいがベスト☆
・相手の言葉を繰り返す → 「〇〇が好きなんだ」→「へぇ、〇〇好きなんだね!」
・話題に困ったら → 「今日、来てくれてありがとう」って言おう。それだけで、伝わるから!
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──ふざけた幼女AIのくせに、時々こうして刺してくる。
「……なんか、お前。今日、やたら頼れるな」
《でーとってね、“相手を知りたい”って きもちが いちばん大事なんだよ〜♡
しっぱいしても、うまくいかなくても、ちゃんと“好き”って思えたことが宝物だから☆》
俺は一瞬だけ、目を伏せて──静かに言った。
「ああ……そうだな。ありがとう、AICO」
《えへっ♡ じゃ、れっつごー☆ はつでーと、ファイトだよ〜っ!》
AICOの声に背中を押されて、俺は立ち上がる。
「よし。いってきます──!」
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***
ついに迎えた、初デート当日。
“恋愛未履修”男子の挑戦が、静かに始まろうとしていた──!
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次回予告!
\デデデンッ!/
《じかいよこく〜☆》
《ながき よるを こえて……いま、しゅっぱつの とき!》
《はじめての でーとに いどむは、れんあい ひよっこ トレーナー・みなとっち!》
\ジャンッ/
湊「……なにそれ!? 誰が“トレーナー”だよ!!」
《しかぁーし! まちうけるのは、恋愛ジムリーダー・シーナ!》
\ピシャーン! 雷の演出/
椎名「……あ、あの……このお店、入ってみたかったんです……」
湊(内心)《くっ、かわいすぎる……これは“悩殺フェアリーパンチ”……!?》
\ピーピー警報音/
《みなとっち、こんらんしている!》
《いったいどうなる!? たたかいの いくすうびょうご……“でーと”が はじまるっ!》
\パァァァァン! 光と共にタイトルロゴ出現!/
【次回】
はつでーと! ジムリーダー・シーナに いどめ!
\テレテッテッテッテ〜ン♪/(どこかで聴いたような音)
《おたのしみに〜♡》