第七話 湊、死す(前編)
──そして、返事は来なかった。
文化祭で出会ったあの人に。
昨日、勇気をふりしぼって送った、たった一通のメッセージに。
「……こ、これが既読スルー……」
朝の教室。机に突っ伏した俺は、スマホの画面を見つめながらため息をついた。
その頭の横で、アプリからぴょこんとキャラクターが飛び出す。
《はわわ〜! おにいちゃん、もしかしてしんじゃうの? へんじこない男の子として、でんせつになっちゃうの〜!?》
「うるさい……静かにしててくれ。今おれは“恋の地獄”を味わってるんだ……」
《じごく!? じゃあアイコは天使さんなの〜? それとも、悪魔? おしりにハートのしっぽ生えてるのかな〜? わくわく!》
「今そういうテンション、ほんときついから……」
AICO──Ver2.0になってから、突然幼女っぽいキャラに進化した恋愛サポートAI。
言ってることはアホっぽいが、時々核心を突いてくるので油断ならない。
《でもでも〜、メッセージ送ってから12時間と47分経過してるのに“既読”ありってことは〜……これは、わざと返してないよね〜?》
「やめてくれ……その説は効く……」
《きゃ〜〜♡ 爆死予告入った〜! AI緊急対応モード、ぴこーん☆ 発動だよっ☆》
と、そのとき──ガタッと椅子が引かれた音がした。
「……おい湊。お前、今日ずっと元気ねーけど、どうしたん?」
ラノベ脳の陽翔がやってきた。
その後ろから、そっと覗き込むのは、ガチピュア男子・純。
「……なにか、悩んでるの……?」
俺は言うかどうか迷った末、スマホの画面を見せた。
「……送ったんだよ。昨日の夜。だけど、返事が来ない」
その瞬間、陽翔の目が光った。
「よし! 恋愛緊急会議だなッッッ!!」
⸻
昼休み。陽咲男子の教室、窓際のすみっこ。
机をくっつけ、男子三人が顔を寄せ合っていた。
「恋愛緊急会議、開催しますっ!」
手をバンッと叩いて立ち上がったのは、陽翔だ。
「よし!……これまでのあらすじを整理しよう。湊が文化祭で運命の出会いを果たし、意を決してメッセージを送りました。しかし! しかしだ!」
「返事、まだ来てない……」
俺は机に突っ伏す。
「やっぱ、死ぬほど緊張してる相手に連絡送るのって、やばい勇気いるよな……で、それで既読は?」
「ついてる」
「既読スルー!? それってもう……やばいな!?」
陽翔が、机をバンバンと叩く。
と、そこへのっそり現れたのが──
「ふーんふん、なんか青春してるねぇ、きみたち」
現れたのは、大河原 要。背が高く、どこか斜に構えた雰囲気。
「要……! おまえ、椿ヶ丘の文化祭、来なかったくせに……」
「ビ、ビビったんじゃないよ? ちょっと、腹が痛くてな……」
《おなかいたいの? ……オイシャサンに いったほうが いいと おもいまーす☆》
AICOが机の上のスマホから軽快に口を挟んだ。
「……で、なんでスマホから子どもの声?」
「ああ、紹介しとく。これ、AICO。最近、俺が入れたAIアプリ。……恋愛の先生、なんだけど」
《ヨロシクねー☆ わたし、アイコ! あいじょうの アイ! こいの コ! あと あたまも いい!》
「子どもすぎない!?」
陽翔がツッコみ、要が眉をひそめる。
しかし要はすかさずポーズを決めて言い放った。
「女ってのはな、好きな人からのメッセージほど、どう返していいかわかんなくなるもんなんだよ。“何回も書いては消す、好きな人へのメッセージは”ってな!」
「またそれかよ!」陽翔が即ツッコミ。
《かっこいいこと言ってるけど、これぜぇーんぶ要おにいちゃんのお姉ちゃんの話だよー!》
その場の空気が崩壊した。
「……ふふっ」
笑ったのは、意外にも純だった。
そして、純は少し俯きながら、小さな声で言った。
「……僕は、ちょっとだけ、わかる気がするな。返事……緊張して、考えちゃって。きっと、向こうも悩んでるんじゃないかな。湊くんの事……意外と意識してるのかもしれないよ?」
「え……」
その一言は、たしかに──何かをほどく鍵のように、胸に響いた。
「……な、ないない!」陽翔がすぐに否定する。
「さすがにそれは少女漫画すぎるわ!」
「だよな……」
湊も笑って見せたけど、胸の奥は、ちょっとだけ温かくなっていた。
⸻
【続く】
ここまで読んでもらってありがとうございます。今回長くなったので前後編にわけてます。引き続き第七話後編お楽しみ下さい!