第六話 恋愛支援AICOアップデート
──文化祭から数日。
あの日、奇跡みたいに連絡先を交換して。
その直後、オレは人生初の“女の子への”メッセージアプリを震える指で送った。
『今日はありがとうございました。また話せたら嬉しいです。』
『こちらこそありがとう。来年もぜひいらしてください。』
……それっきり。
スタンプも絵文字もない、ある意味で完璧なお礼メッセージ。
それ以来、彼女からの通知は──一通も来ていない。
「……でも、でもさ……! 連絡先は交換したんだから! 進展はこれから、だよな……!?」
部屋のベッドでスマホを見つめながら、オレは自分を必死に励ましていた。
既読スルーじゃない。用件が終わっただけ。自然な流れ、そう、これは正常な経過……!
そのとき。冷酷なAIの声が、スマホから響いた。
《このまま放置が続けば、関係性は“ただの親切な男子”にカテゴライズされ、
ヒロインルートからの脱線が確定します》
「うっ……やめろ、オレの傷口に統計データを擦りつけるな……!」
《しかも、次の進展がない場合──この小説は第六話で連載終了となります》
「メタい! メタすぎるぞお前!!」
《“ここが勝負所”。これは多くの恋愛作品が乗り越えてきた運命の関門です。
よって、アルゴリズム更新を提案します》
AICOのアイコンが、スマホ画面の上でぴこんと点滅する。
そこにはひとつの選択肢が表示されていた。
【アップデート Ver2.0 を実行しますか?】
「……いやまあ、打開策があるなら試してみたいけど……」
それにしてもこの“恋愛支援AI”って、妙に容赦ないというか──
《※アップデートにより、インターフェースおよび性格が変更される可能性があります》
「……性格ってなんだよ」
オレは一抹の不安を覚えながら、画面をタップした。
《アップデート開始》
そして、数秒後。
表示が切り替わり、軽快なBGMとともに現れたのは──
『ピッカピカの恋愛戦士、AICOたん、とうじょー☆』
「……誰!?」
スマホ画面の中に現れたのは、ちっこくて、キラキラした目のキャラアイコン。
AIとは思えぬ高音ボイスで、幼児のように喋るキャラがぴょんぴょん跳ねている。
『おにいちゃんっ! あいこ、おてつだいするね〜♡』
「退化してるじゃねぇか!!いやいや、どう見てもこれバージョン0.2βだろ……」
オレはスマホをひっくり返して裏側まで確認した。もちろん何も変わってない。
でも、画面内のAICO──いや、あいこちゃんは、今もノリノリだ。
『きょうのじゅぎょうは〜、「れんあいでーと・いちねんせい」! せんせいはあいこだよ〜っ☆』
「お前いつから教師キャラになったんだよ!? しかも“いちねんせい”って、お前がじゃねぇか!」
『しつもんです! おにいちゃんは、すきなひとのメッセージに、なにをかくかな〜?』
ハートがついた吹き出しが画面いっぱいに飛び交う。
……これが恋愛支援AI、AICO ver2.0の正体か。
「いや、マジで頼むから元に戻ってくれ。オレ、まともに作戦立てたいんだけど」
『うぇ〜ん、あいこのこと、きらいになったの……?』
AICOが画面の端でしゅんっと座り込み、ぐすぐすと泣きまねを始めた。
下手なスタンプより罪悪感を煽ってくるの、ずるい。
「……っ、いや、嫌いとかじゃなくて……」
『じゃあ、ぎゅーってして? そしたらあいこ、がんばれるの!』
「AIに“ぎゅー”ってなに要求されてんだオレは……!」
頭を抱えたそのとき、急にAICOの声のトーンが落ちた。
『でもね、おにいちゃん。……ほんとうは、こわいんでしょ?』
……え?
『しーちゃんから、また返信がこなかったらどうしようって。
まちがったメッセージ送ったら、イヤなやつだと思われちゃうかもって。』
……ああ、あー……やばい。
そのへん、無邪気なふりして突いてくるの、やめろ。
こっちのHP、ゼロになっちゃうから。
「……そりゃ、怖いよ。こっちは初めての連絡先交換で、初めてのメッセージで……それで何も来ないとか、正直ちょっと、凹むし……」
画面の中のAICOが、ふわりと笑った。
『だいじょうぶ。あいこが、いっしょにがんばる。ね、おにいちゃん。』
その瞬間、教育番組風の背景が、なぜか夕焼けの校舎前っぽい演出になって、感動系BGMが流れ始めた。
お前、それ完全に学園ドラマの卒業式回じゃねぇか!
「……わかったよ。もうこうなったら、乗るしかねぇ。とことん付き合ってやるよ、AICO……!」
『やった〜! あいこ、プロデューサーさんにほめられちゃう〜♡』
「誰だよそれ!!」
作戦会議──という名の“あいこのおゆうぎタイム”が始まって、早十分。
『おにいちゃん、なんでメッセージおくらないの?』
「……え?」
AICOの声は、急に静かになった。
『だって、れんらくさき、もらえたんでしょ? しーちゃんと、おはなしできるチャンスだよ?』
「……そんな簡単なもんじゃないんだよ」
オレはスマホを握り直しながら、天井を見上げる。
トーク画面には、文化祭の日に交わしたたった二言だけがぽつんと並んでいた。
……それっきり、通知はひとつも来ていない。
「オレなんかがさ。そんな気軽に、またメッセージ送っても……迷惑かもしれないじゃん。しつこいとか、ウザいとか思われたら終わりだし」
『終わりって……なにが?』
「だから、その……全部」
言葉にすると、余計に情けなさが押し寄せてきた。
『おにいちゃんは、こわいの?』
「……ああ、怖いよ」
静かに返すと、AICOの小さな顔が、ふるふると横に揺れた。
『あいこは、ぜんぜんこわくないよ』
「……は?」
『だって、しーちゃんに“好き”って言うわけじゃないもん。ちょっとだけ、近づこうとするだけ。ちょっとだけ、伝えようとするだけ。
それがダメだったら、それまで。──でも、なにも動かないより、ずっといいよ?』
あまりにもまっすぐな目だった。
子どもみたいな喋り方なのに、その言葉はどこか大人びていて。
──いや、違う。たぶん本当に子どもだから、怖がらずに言えるんだ。そんな当たり前のことを。
「……オレ、どうしたいんだろうな」
つぶやいた声に、AICOが嬉しそうにうなずいた。
『それ、きょうの宿題だねっ♪』
「……いや、ここに来てまさかの宿題……」
でも、少しだけ笑ってしまった。
胸の中に、ほんのわずかに空いた風穴。そこから、小さな勇気が顔を出した気がした。
こんにちは。文化祭の日、ほんとにありがとう。
あれから、なんとなくまた話せたらいいなって思ってました。
よかったら、今度どっかでちょっとだけお茶でもどうですか?
「……送った」
『ぴこーん! あいこ、しゅくだいチェックしまーす♪』
「うわ、見せない見せない!」
『えへへ〜、おにいちゃん、ちょっとかっこよかったよ』
ふざけた声。だけど、それを聞いた瞬間、なんだか少しだけ肩の力が抜けた。
「……ありがとな、AICO」
『えへへ〜、おにいちゃん、だいすきっ』
「急に重い!」
でも、なんか少し、救われた。
『つぎのはなしだよ! しーちゃんからへんじはかえってくるの??
次回「湊、死す」だよ☆デュエルすたんばい~』
「勝手に殺すなぁぁぁぁぁぁぁ!!!それ遊〇王だろ!!」
ここまでお読みいただきありがとうござます。
幼女AICOいかがだったでしょうか?成長型のAIです。成長...したよね?
でも刺さるときは刺さる物言いをするんです!多分