第四話 図書室、会話は突然に
「前回観測地点より、椎名瑠璃さんの移動先候補──図書室が最有力です」
AICOの声がイヤホン越しに響いたのは、来場者用の休憩スペースで地図を眺めていたときだった。
「……図書室? 文化祭で?」
《彼女が“東館”というワードを言いかけて中断した点、ならびに、展示担当である文芸部・歴史研究部・書道部の位置を統合的に分析した結果です》
相変わらず理屈っぽいが──それっぽい。
「まあ、言われてみれば納得……だけどさ。普通、文化祭で図書室行くか?」
《“普通ではない行動傾向”こそが、彼女の個性です。観察結果より、方向音痴の可能性も高く──》
「おい、それ偏見だろ」
《確証はありません。ですが──検証する価値はあります》
「つまり、行ってみろってことね……了解、ナビゲーターさん」
《はい。接触確率を上げるための“最適ルート”を提示します。進行方向、東──校舎中庭を抜けて右手です》
まるでGPSみたいに案内してくるAICOに、苦笑しながら立ち上がった。
会えたら、ちゃんと話せるだろうか。
いや、会わなきゃ、話せるも何もない。
オレは覚悟を決めて、東館──図書室のある棟へと向かった。
途中で、陽翔と純の姿が見えなくなったことに気づく。
「あれ……アイツら、どこ行った?」
《陽翔さんは“メイド喫茶の真の実力を調査する”と称して戦線離脱、純さんは“動物ふれあい展示で心が洗われる”と別行動中です》
「自由か」
《恋は戦場。背後の援護は、あまり期待しないでください》
なんだそのフラグみたいなセリフ……。
と、そんなやりとりをしているうちに──図書室の扉が目前に。
静かだった。
他の展示会場に比べて、人の声が圧倒的に少ない。
図書室に入ると、香ばしい紙の匂いと落ち着いた照明が迎えてくれる。展示というより、空気感そのものが“別の時間”だった。
──そして。
「……!」
そこにいた。
本棚の前で、首をかしげながら棚を見つめている。その姿は間違いようがない。
椎名瑠璃だ。
《遭遇確認。現在の心拍数、普段比+28%。落ち着いてください》
「う、うるさい……!」
深呼吸。ひとつ、ふたつ。
行くしかない。行け、オレ。
足が自然と、彼女のほうへ向かっていた。
――が。
その瞬間、椎名がこちらに気づいた。
目が合った。
「……あ」
「……!」
一瞬、沈黙。
「――あの、陽咲高校の文化祭で案内した者です、覚えてますか?」
彼女は驚いたようにこちらを見たあと──ふっと、柔らかく微笑んだ。
「あっ……もしかして、あのときの。えっと……」
「佐倉湊です」
「佐倉くん、だね。ふふっ、やっぱりそうだった。ありがとう、あのときは」
優しい声に、緊張が少しほぐれる。
《彼女の名前は既に取得済みですが、本人確認の為に“しらじらしく”聞いてください》
(その言い方やめろ!あと、なんでそんなにドヤってんだよ……!)
「あ、あの、名前、聞いても……?」
「椎名瑠璃って言います。椎名で大丈夫ですよ」
(きた……! 正式に名乗ってくれた!)
「それにしても、こんなところで会うなんて、偶然だね」
《偶然じゃありません。狙い撃ちです》
「黙れAICO」
「え?」
「いや、こっちの話!」
あぶねえ、心の声が漏れた。
「えっと……椎名さんも、展示見に?」
「うん。でもちょっと、人混みで酔っちゃって。それで、静かなところないかなって探してたら……」
彼女は本棚に目を移す。
「ここ、居心地よくて……あっ、この本、変なタイトルだったから手に取ってみたの」
彼女が見せてきたのは──
『世界はなぜか急にトマトになる』という謎すぎる文庫本。
《ジャンル:実験的ポストユーモア文学。読者層:1万人に1人》
「センス……独特ですね」
「うん、自分でもそう思う」
《さあ、ここで笑いを取りましょう。突っ込みを発動します》
「ていうか、どういう話なんですか? 野菜革命? 全人類トマト化計画?」
「ふふっ、違う違う。最初の一章だけで5人がトマトになったの」
《ナチュラルにホラーです》
思わず笑ってしまう。
緊張していたのに、自然と話せてる。不思議な気持ちだった。
そして、AICOがこっそり囁く。
《好感度上昇中。あと一押し、趣味トークにシフトします。好みの本を確認して下さい。》
「っ!!椎名さんって、こういう変わった本、よく読むんですか?」
「うん、変なのとか、海外の児童文学とか……あと、動物が喋る系とか、かな?」
《オススメ一致データ:『タヌキが経営するパフェ屋』シリーズ。読者層:個性派中高生と一部の大学教授》
「動物が喋る系って、なんかほのぼの系? それとも、意外と哲学っぽいやつ?」
「うーん、そのときによるけど……例えば、“パフェ屋のタヌキ”シリーズとか好きかな」
「あっ、あれか! “タヌキなのに抹茶が苦手”っていう……!」
「えっ、知ってるの!? 本当!? あれ、誰に話しても知らなくて……!」
彼女の笑顔が、ぱあっと明るくなる。
《読書ジャンル一致。会話ボーナス+12%》
「……あ、でも、あの店のバイトが実はアライグマって設定、ズルいですよね」
「わかる! しかも最終巻で正体バラしてくるし!」
二人で思わず笑い合う。
──まるで、ずっと前からこうして会話してたみたいに。
「あ、ごめんなさい。もうすぐ展示見学の引率があるので、そろそろ戻らないと。……またどこかで、お会いできるといいですね」
「あ、はいっ! ぜひ、また!」
そう言って、彼女はゆっくりと図書室をあとにした。
その背中が見えなくなってから、オレは思わずその場にしゃがみこむ。
「う、うわぁぁぁ……つ、疲れた……!」
《好感度スコア、5→18に上昇》
「上がってるぅ!? 一気に13ポイント!?タヌキでぇ!?」
《次の目標は“連絡先交換”です》
「ハードル高ぇよおい!」
《では、次回“連絡先をGETせよ”》