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男子校、恋愛未履修、恋の先生はAIです。  作者: なぐもん
第5章 さよなら恋の先生
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第三十七話 この想い

 夕焼けが差し込む椿ヶ丘の校門前で、俺はポケットに手を突っ込んだまま、立ち尽くしていた。


 スマホの画面には、たった今送ったメッセージが残っている。


「今、校門の前にいる」


 文字にしてみたら、思ったより軽く見えた。でも、内心では心臓がバカみたいにドクドクしている。

 寒いからじゃない。これから言うことを考えると、指先が微かに震える。


 カツ、カツ……と、靴音が聞こえた。


 顔を上げると、瑠璃さんが駆け足気味で近づいてくるのが見えた。制服の上にベージュのロングコート。揺れる黒髪に、思わず見惚れそうになる。


「……ごめん、待たせた?」


 少し息を切らした声で、椎名さんが俺の前に立った。


「ううん、俺が急に呼び出したし」


 そう答えると、周りからヒソヒソと声が聞こえてきた。制服姿の女生徒たちが、ちらちらとこっちを見ながら通り過ぎていく。


「誰あれ……?」「男子校じゃない?」「椎名さんと……?」


 無理もない。男子校の制服を着た俺が、放課後の椿ヶ丘女子学園に立ってるんだから。

 でも、そんな声はもうどうでもよかった。ただ――目の前の彼女に、ちゃんと向き合いたかった。


「……今日は、どうしたの?」


 椎名さんが首をかしげて聞いてくる。

 どこか不安そうで、でも少しだけ、期待するような目をしていた。


 俺は、ゆっくりと息を吸って。


「話したいことがあるんだ。ちゃんと……全部」


 そう言った。


 俺と瑠璃さんは、街が見渡せる二人の大事な場所、高台のベンチに並んで座った。

 日は傾きかけてて、空気はまだ冷たい。白くなる息を見ながら、どう切り出そうか考えていた。


 俺が校門で待ってるって送ったとき、椎名さんは少し慌てた様子で来た。

 けど今は落ち着いていて、手すりの向こうの夕空をぼんやり見ている。


「……椎名さん」


 そう呼ぶと、瑠璃さんは小さく首を傾けてこっちを見た。


「文化祭のときさ。道を聞かれて、びっくりしたんだ。……綺麗な人が突然話しかけてきたって」


 瑠璃さんが、少しだけ目を見開く。


「え?」


「それで思ったんだ。話してみたいなって。この人のこと知りたいなって……でも、うちは男子校で、女子と話す機会なんてほとんどなくてさ」


 言いながら、苦笑がこぼれる。


「陽翔に相談しても“ラブコメはじまった”とか言われるし、要はアホすぎてアテにならなくて……純は……まぁ、癒し担当ってことで」


 瑠璃さんがふふっと笑う。嬉しいような、恥ずかしいような、くすぐったい気持ち。


「それで……恋愛相談にのってくれるAIアプリを見つけたんだ。“AICO”っていうやつでさ」


 椎名さんの表情が、すっと引き締まる。


「……AI?」


「うん。最初は軽い気持ちだった。恋とか、どうしたらいいかわかんなくて。誰かに聞いてほしかったんだと思う。そしたら、AICOがすげー的確にアドバイスくれて……それで、だんだん頼るようになって」


 自分でも情けないなって思うけど、それが本当のことだった。


「椎名さんのこともAICOが調べてくれて、実は椿ヶ丘の文化祭に行く前から名前も知ってたんだ」


 でも――。


「でもさ。これからは、AIじゃなくて、俺の言葉で伝えたいって思った。AICOのサポートが終わるって知って……気づいたんだ。俺、自分でちゃんと向き合わなきゃって」


 瑠璃さんは何も言わず、俺の方を見ていた。

 その視線を、俺もちゃんと受け止める。


「椎名さんのこと、本気で好きだから。だから、ずっと隠してたことも、今日ちゃんと伝えたかった」


 沈黙が数秒続いて――椎名さんが、そっと笑った。


「……“私のこと”を知ってたんだね」


 少しだけ責めるようにも聞こえたけど、その声は優しかった。


「でも、それだけ悩んでくれてたんだってわかった。真剣に考えてくれてたんだね」


「……うん」


「ちょっと、AICOって子に嫉妬しちゃうかも」


「そ、それは……うん、ごめん」


「ふふ。話してくれて、ありがとう」


 そう言ってくれた椎名さんの笑顔が、どこか柔らかくて、少しだけ切なかった。


 息が白く曇る。

 夕暮れの光が、椿ヶ丘の校門をやわらかく照らしていた。

 誰もいない思い出が詰まった高台に俺と、椎名さんの二人だけ。


 彼女は少しだけ俺の方を見て、それから目を伏せた。


「……湊くんがね、AICOを使ってたって聞いたとき、ちょっと驚いたよ。ううん……驚いたっていうより、少し寂しかったのかも」


 その言葉に、心臓がギュッと締めつけられる。


「でも、ちゃんと自分の言葉で伝えてくれたの、嬉しかった。……勇気、出したんだよね?」


「……うん。めちゃくちゃ、怖かったけど」


 俺は真っ直ぐ彼女を見た。もう目を逸らさなかった。逃げたくなかった。

 椎名さんも、今度は目をそらさずにいてくれる。


 その視線の奥に――優しさがあった。


「……私も、好きだよ。湊くんのこと」


 一瞬、時間が止まった気がした。

 頭の中が真っ白になって、心臓の鼓動だけがドクンと響く。


「ほ、ほんとに……?」


 思わず聞き返してしまった俺に、椎名さんは少しだけ恥ずかしそうに笑ってうなずいた。


「ほんと。……何度も助けてもらって、何度もドキドキして、気づいたら……好きになってた」


 もう何も言えなかった。言葉が出てこなかった。

 なのに顔が熱くなって、笑いそうになって、泣きそうになって――


「……あのさ、湊くん」


「……なに?」


「名前で呼ぶ練習はちゃんとしてくれた?

呼んでくれる日をずっと待ってるんだよ?」


「っ!!……瑠璃……さん」


「“さん”は、もういらないよ。“瑠璃”でいいから。……慣れてね」


 その瞬間、俺の中で何かが弾けた。


「……っしゃああああああああああああ!!!!」


 寒空の下、俺は思いっきりガッツポーズを決めた。


 瑠璃が驚いて目を丸くしてるけど、もう止められなかった。

 嬉しすぎて、全部ぶっ飛んだ。


 この気持ちを伝えられたことも、想いが届いたことも。

 名前を呼べるようになったことだって、全部――


「よっしゃあああああ!! よしっ、よしっ、よーーーし!!」


 俺は何度も拳を握りしめた。


⸻この想いは、もう俺のものだ。

これで完結!……じゃありません(笑)


まずは、湊――よくやった!

自分の言葉で、ちゃんと伝えられた。

そして、瑠璃の優しい返事も、本当に嬉しかったですね。


ここからは、ふたりの「これから」と、

AICOとの“最後の時間”が描かれていきます。


最後まで見届けてもらえたら嬉しいです。

ではまた、次回!


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