第三十話 あぁ青春よ!
──屋上へ向かう廊下。
椎名さんが「少し話したい」と言った瞬間、AICOの音声が静かに響いた。
《鑑定を使用します──対象:椎名瑠璃》
《分析結果:第三十話でついに!?
チョコを渡される可能性……89%!》
《これは、いよいよ……この作品も完結の可能性が!?読者の皆様、今まで本当に……》
……うるさい。
心拍がバレるからやめてほしい。
俺は椎名さんの背中を見ながら、ただ黙ってついていった。
向かった先は、陽咲男子高等学校──誰もいない、屋上。
まだほんのり暖かい夕日が、彼女の横顔をオレンジ色に染めていた。
「……わぁ!すごい」
椎名さんがぽつりとつぶやく。
「風が気持ちよくて。空も、広くて。……それに──」
ふと、言葉を止めたあと、彼女はポケットから手に持っていた小さな包みを差し出した。
──リボンのついた、手作りのチョコ。
「湊くんに……渡したいものがあって」
「……えっ」
手が伸びかけたその瞬間。
椎名さんの動きが、ぴたりと止まった。
その瞳が、少しだけ、揺れていた。
──そして、彼女は口を開いた。
「中一の冬。……バレンタインの日」
その声は静かで、でもどこか震えていた。
「母が亡くなって……それから、家の空気が変わって必死だったって話をしたよね」
「でも……そんなとき、クラスの男の子が声をかけてくれたの。“大丈夫?”って」
「たったそれだけだったけど、それで救われた気がした。……それで、チョコ、作ったんだ。その人に、ありがとうって伝えたくて」
「でも──」
彼女は、苦笑するように視線を落とした。
「次の日、聞こえちゃったんだ。後ろの席で、男の子たちが話してるの」
『ちょろかったな〜、ちょっと優しくしただけでホイホイと』
「……恥ずかしかった。情けなかった。自分が勝手に期待して、勝手に傷ついたことも」
「それから男の子なんて、遠ざけるようになって……女子校も選んで」
「でもね、湊くんと出会って、少しずつ変わったの」
「カフェでお茶したり、映画を観たり、クリスマス、あの高台……」
「全部、全部、わたしにとって、大切な時間だった」
「この人といると、わたし、ちゃんと笑える。……泣かなくても、頑張りすぎなくても、いいんだって思える」
ふっと息をついて、彼女はチョコを差し出した。
「──これ、湊くんに受け取ってほしい」
俺は、そっとチョコを受け取る。
(……うれしい。なのに──声が出ない。)
「……湊くん?」
固まっていた俺に、AICOの声が低く響いた。
《……現在、喜びの感情により思考が停止しています》
《状態名:かたまっちゅう。喜びLv:MAX、脳内処理:凍結中》
《アドバンス予測を強制実行します──》
《『ありがとう。ほんとに、うれしい』と伝えてください》
俺は、かろうじて口を開く。
「……ありがとう。ほんとに、うれしいよ」
椎名さんは、少し照れたように笑った。
「ふふっ、やっと言ってくれた」
俺は真っ赤になって、チョコを見つめる。
「……初めてなんだ、家族以外の女の子から……もらうの」
「そ、そっか……そしたら、すごく光栄だな……なんて」
「めちゃくちゃ嬉しい!だ、大事にするね!」
「ちゃんと、食べてね?」
「も、もちろん!」
椎名さんは、ほっとしたように微笑んだ。
◇ ◇ ◇
陽が、少しずつ傾いていく。
「うわああああああん!!」
ふたりで並んで校庭を見下ろすと、下のほうが……なにやら騒がしかった。
「ありがとう……公式配布チョコでも……青春をくれて……ありがとう……ッ!!」
「えっ……あれ、要くんと陽翔くんじゃ……?」
「あいつら、何やってんの……」
涙を流して崩れ落ちているふたりの手には、【椿ヶ丘生徒会公式配布チョコ】の袋。
どうやら『義理でもいいからチョコください作戦(GGC)』は……
公式配布チョコにより、形式的には成功。
精神的には、完全燃焼。
「よかったじゃん。……青春、してるよ」
「うん。……あはは、あんなに喜んでくれるんだ。なんだか泣けてきたかも」
AICOの声が締めくくる。
《GGC作戦──結果:公式に救われた男たち》
《評価:戦場に散った青春の勇者》
《そして──第三十話、終了》
《“恋”と“友情”、どちらも、ちょっとだけ前に進みました》
《──恋する心に、ほんの少しの勇気を添えて》
《これにて、如月贈菓祭・第二部、終了です》
俺は、さっきもらったチョコをそっと見下ろす。
手の中に残る、ぬくもり。
そして、胸の中に残る──この、うれしいって気持ち。
「……これが、青春だな」
こんにちは、三枝純です。
えっと……第三十話、読んでくださってありがとうございました……!
実習のあと、
僕、ちょっとだけ、帰るのが遅れてしまってて。
……GGCのとき僕がいなかったのは、
べつに置いていかれたわけじゃないんです。たぶん。
……実は──
ひなこさんと、連絡先を交換してました。
び、びっくりしました。
だって……なんで、僕なんかと……って思って。
でも、ひなこさん、すごく明るくて優しくて、
お話してる時間、すごく楽しかったんです。
あの……僕なんか、まだまだだけど。
でも、ほんの少しだけ……“こういうのも青春”って、思えた気がします。
それと──次回は、どうやらAICOちゃんの様子がちょっと変になるらしくて……!
えっ、AIが変になるって、どうなるんだろう。
Ver.何かになるのかな……?それとも、バグとか……??
僕も出番あるかな……ちょっとドキドキしてます。
また読んでもらえたら、うれしいです!
それでは、また──。




