第二十九話 大事なのは…
材料がずらりと並ぶ、文化祭用の特設調理ブース。
この実習で作成する共通のテーマは──
『トリュフ』
ただし、アレンジや仕上げはペアの自由。
味、見た目、演出──すべて“ふたりらしさ”が試される。
俺と椎名さんも、エプロンを着けて作業台に並んでいた。
「アールグレイはこのタイミングで入れて……うん、こんな感じかな」
「ふわっとしてて……すごく良い香りだ」
チョコが湯せんで溶けていく音。
ふわりと漂う紅茶の香り。
そのすぐ隣にいる彼女の横顔が、いつもよりやわらかく見えたのは──
香りのせいか、それとも近づいた距離のせいか。
そのときだった。
器の縁に手を添えた瞬間、彼女の指先に、俺の指がふれた。
「あ……」
ほんの一瞬のことだった。
でも、ふれた場所から、じんわりと何かが広がっていく。
静かに、確かに。鼓動の奥に届くような“熱”が、そこにあった。
「……ご、ごめん!」
思わず手を引いた俺に、椎名さんは少しだけ驚いたように目を見開いて──
次の瞬間、やさしく笑った。
「ううん。……私こそごめんね」
その声が、なんだかくすぐったくて。
二人で顔を赤く染めた。
◇ ◇ ◇
周囲のブースでは、それぞれのペアがにぎやかに作業を進めていた。
「これ、爆発しないかな?」
「チョコが爆発したら、もうそれ料理じゃないよ!」
陽翔と橘さんは、やっぱりどこか漫才じみたテンポで会話を続けている。
けど、不思議と息は合っていた。
《陽翔 × あかり──進行度:協力型フレンドシップ・安定中》
AICOの記録が、スクリーンの隅に小さく表示されていく。
一方──別のブースでは。
「これが俺の“男気トリュフ”!」
「男気の前に、分量守って?」
美優と要のブースは、開始早々ツッコミと怒号が飛び交っていた。
けど、完成品は意外にも爽やかで、ミントが効いた仕上がりだった。
《要 × 美優──ボケと鋼の連携良好・強制協調モード》
AICOが「バトル形式」と誤認しかけたのも納得だった。
そして──一番目を引いたのは。
「えっ、これ手作り!? お店で売ってそう……」
「い、いや……姉に教えてもらっただけで……」
純と桐島ひなこのチームだった。
ギャル風の見た目とは裏腹に、彼女はパティシエ志望。
純の几帳面な作業と彼女の感性が、完璧にかみ合っていた。
《純 × ひなこ──感性適合度:98.7%、進行中》
俺はその完成度に、思わず息をのんだ。
そして、自分たちのトリュフを見下ろす。
──香りは良い。でも、見た目は地味だし、どこか不格好だ。
「……地味すぎたかな、俺たちの」
つぶやいたその言葉に、椎名さんが顔を上げた。
「そうかな?」
「……いや、みんな、すごいから。なんか……比べたら、ちょっと自信なくなるっていうか……」
彼女は一瞬、俺の顔をじっと見て──それから、ふわっと微笑んだ。
「でも、私は──これが一番好き」
「え……?」
「形とか、見た目とかじゃなくて。
この香りも、味も……湊くんと一緒に作ったから。
なんていうか──ちゃんと、“ふたりの味”がするんだよ」
その言葉に、肩の力がふっと抜けた。
──そうだ。
誰かと比べるために作ったんじゃない。
この時間を、“彼女と一緒に”過ごせたことが、いちばん大事なんだ。
「……ありがとう」
俺はそっと息をついて、ココアパウダーをふりかけた。
「……できた」
「うん。きれいにできたね」
見た目は少し不格好かもしれない。
でも、ふんわりと香るアールグレイと優しい甘さは──彼女みたいだった。
◇ ◇ ◇
試食・プレゼンテーションの時間。
作品名は、『紅茶とチョコの奇跡』と名前をつけて提出した。
他のペアの作品と並べられたトリュフを前に、俺たちはそっと見つめ合う。
「……うん。ちゃんと、“わたしたちの味”になったね」
その言葉に、俺も小さくうなずいた。
椎名さんは照れたように笑って、俺はその横顔を見ていた。
──この“味”を、彼女と一緒に作れたことが、なによりうれしかった。
そして、イベント終了のアナウンスが流れる。
『如月贈菓祭・第二部、お菓子作り実習を終了します。ありがとうございました!』
会場に拍手が響き、緊張の糸がほどける。
エプロンを外そうとしたとき──
「──湊くん」
椎名さんの声。
振り返ると、彼女はほんの少しだけ、不安そうな表情を浮かべていた。
「少しだけ……話したいことがあるの。いいかな?」
その手元には、ラッピングされた小さな袋がひとつ──
彼女の指先に、そっと握られていた。
俺の心臓が、ふっと音を立てて跳ねた。
「……うん。行こう」
ふたり、静かな廊下へと歩き出す。
そこに、なにかが始まる気配があった。
次回予告《AICO Ver.4.0》
《鑑定モード、起動──これは、運命の節目である第三十話の兆候です》
《チョコの甘さ、それは恋の伏線──“告白される確率、89%”いよいよ完結ですか!?》
どーもー、陽翔です。
いやー!純とひなこペアがプロすぎてビビりましたね!?
うち? うちは大爆発しかけたけど……まぁ楽しかったからヨシ!
湊と椎名さん、指ふれて「ドキッ」て、これ、完全に青春じゃん。
作者も読者もニヤけが止まらんやつやん。
そして次回!
第三十話は、ついにアレですアレ。バレンタイン!チョコ!告白未満の告白!
爆発するのは……陽翔のテンションか、それとも恋か!?
お楽しみに!




