第二十八話 運命の相手
──“恋の最適化”第2段階、開始。
パネルディスカッションが終わっても、会場の熱気はしばらく冷めなかった。
「……尊い……」「恋したい……」
誰かがつぶやいたその一言に、なぜかみんながうなずいて、最後は拍手で締めくくられるという──妙にエモい終わり方だった。
壇上から降りるとき、椎名さんがオレのほうを一瞬だけ見て、そっと微笑んだ。
──あんな表情、初めて見たかもしれない。
そんな余韻に浸っていたのも束の間。
ステージ脇のモニターがぱっと明るくなり、音楽とともにアナウンスが流れ出す。
『第二部──お菓子作り実習を開始します。参加者の皆さんは、順次作業台へ移動してください』
会場にざわめきが広がる。
「来たか……お菓子作り」
「ペア……誰と組むんだ?」
そう。今日のプログラムの一つ、“男女混合ペアによるお菓子作り実習”。
テーマは「甘さの定義と表現に関する文化的考察」とかいう、やたら堅苦しいものだったけど──
生徒たちの関心はそこじゃない。誰とペアになるか。それだけだ。
しかも、当日までその決定方法はずっと伏せられていた。
──でも、俺は知っていた。
というより、さっきAICOに聞かされた。
《今回のペア決定は、私が開発した“相性マッチングシステム”によって行われます》
「はあ!? それって、ちゃんと公式に発表されてた!?」
《いいえ。システム導入の提案は、架空のベンチャー企業名義でプレゼンを行い、如月贈菓祭実行委員会および校長、生徒会へ提出済みです》
「勝手にそんなことを……!」
《恋の創造が、私の設計モデルです》
AICOは当然のように言い放つ。
《提案書のタイトルは『異文化交流促進に向けたAI主導型マッチング抽選法』──フォーマットはPDF。統計と心理学理論を基にしたロジック構成。完璧です》
「お前、もう世界の裏で糸引いてるだろ……」
そんな会話を思い出していたとき、壇上のスクリーンに大きく文字が表示された。
『本日のペア抽選は、AIによる“相性マッチング”に基づいて実施されます』
……もう、止められない。
「マジかよ」
「運命の相手来い!」
「面白そうじゃん!」
観客席からはざわめきと期待の声が飛び交う。
AICOが行ったのは、事前アンケートの統合分析。
得意教科、趣味、休日の過ごし方、好きなスイーツ──
準備期間中に集めた「無害そうな質問」が、すべてこのマッチングのために使われていた。
《公平性と偶然性の両立を実現する、“運命の最適化”です》
……マジで、そのうち婚活アプリとか作り出しそうだ。
「いよいよ発表か……!」
陽翔はニヤニヤ顔で身を乗り出し、純はガチガチに緊張している。
そして──抽選が始まった。
スクリーンに、次々と男女のペアが映し出されていく。
◇ ◇ ◇
『No.37 佐倉湊 × 椎名瑠璃』
その名前を見た瞬間、息が止まった。
……え?
恐る恐る椎名さんを見ると、彼女はほんの少しだけ、微笑んでいた。
でも、その瞳の奥に、どこか迷いのような揺らぎも見えた気がした。
俺は思わず立ち上がりかけたが、陽翔に肩を掴まれて止められる。
「湊……お前、やったな……! マジでラノベの主人公かよ……!」
「ちょ、ちが、これは──!」
「おめでとう! 運命なんだよ!!」
純は素直に祝ってくれているっぽい。
大画面では、他のペアの発表も続いていた。
◇
『No.46 藤堂陽翔 × 橘あかり』
「お、俺か! 橘あかり……って誰だ?」
陽翔が周囲をきょろきょろと見回す。
俺は、記憶を頼りに答えた。
「たしか、椎名さんの親友らしい。前に名前だけ聞いたことある」
「え、マジ!? 椎名さんの!?」
陽翔は急に背筋を伸ばす。
そのとき、笑顔の女子が近づいてきた。
肩までのロブヘア。明るく柔らかな雰囲気をまとった子だ。
「藤堂くんだよね? よろしく」
「あ、うん! 俺、陽翔! よろしく!」
「私は橘あかり。──椎名瑠璃の、友達だよ」
《“恋の応援団”としてマッチングしました》
AICOの解説が流れる。
「マジかよ! AICOちゃん、俺たちの友情を見抜いたか!」
「まだ出会って十秒だってば」
あかりがくすっと笑って肩をすくめた。
たしかに、見ていて相性は悪くなさそうだ。
◇
『No.184 大河原要 × 佐倉美優』
表示された瞬間、要が何かを決意した顔で言った。
「湊……いや、“兄さん”って呼んでもいいか?」
「は? 何言ってんだ! やめろ気持ち悪い!」
そこに現れた美優が、冷たくピシャリ。
「キモい。絶対イヤ」
「くっ……! いつか認めさせてみせる!」
「思ったこと全部口に出すな。脳にフィルターつけてから喋れ」
……要は完全に美優に主導権を握られたようだ。
《“鋼メンタル×鋼ツッコミ”──化学反応に期待です》
◇
『No.250 三枝純 × 桐島ひなこ』
純は、赤いを通り越して、茹でダコみたいになっていた。
「……き、桐島……ひなこさん……」
その名を呼ぶと、彼女は元気よく振り返る。
「んー? あんたが三枝くん? よっぴー!」
ピースを決めながら笑顔で近づいてくるその子は──想像の三倍ギャルだった。
でも、どこか無邪気で、人懐っこい笑顔。
「や、あの、ぼ、ぼく、よ、よろしくおねがい──」
どさっ。
純がその場にへたり込んだ。
「じゅ、純!? しっかりしろ!」
陽翔が慌てて駆け寄る。
「やば、うちのオーラ強すぎた!? ごめんね! 苦手なら全部うちがやったげるよ?」
ギャルなのに、やたら優しい。
《三枝純 × 桐島ひなこ──感性適合度:98.7%》
「え、高っ!」「ガチで運命じゃん!?」
俺も思わず口にする。
「……このふたり、まさか一番の当たりペアか……?」
《はい。協調性と感受性において、“恋の最適解”です》
AICOの声が、どこか誇らしげだった。
◇ ◇ ◇
俺はあらためてスクリーンに表示されている自分と椎名さんの名前を見る。
《佐倉湊 × 椎名瑠璃──“最重要ペアリング”、完了しました》
「……何が“最重要”だよ……」
でも、ほんの少し、嬉しかった。
少しだけ、期待してたのかもしれない。
それが伝わったのか──椎名さんが作業台にやってくる。
「……よろしくね、湊くん」
いつもより、少しだけ柔らかい声だった。
「……あ、はい。こちらこそ、よろしく」
──そして、実習が始まる。
材料が並ぶテーブル、手袋、エプロン。
すべてが整っていて、あとは“ふたりで”作るだけ。
《相性観測モード・Ver.ラブスイート、起動──“恋の甘さ”、定義中……》
《──恋の最適化、第2段階に突入します》
AICOの声が、どこか楽しげに響いた。
俺の鼓動は、さっきより少しだけ早くなっていた。
【大河原要】
……え、俺が後書き!?
いや、ちょ、心の準備が──
えっと、どーも大河原要です。今回はその、なんか……妹(違う)とペアになりました。
そして人生で初めて、「キモい」と真正面から言われた気がします。ありがとう。心が強くなりました。
湊のやつはさー……なんだよ、“椎名さんと最重要ペアリング”って。もう主人公すぎて笑えねえわ。
まあ、これからは俺にも“運命の最適化”が起きる予定だから!な?AICOちゃん?
次回もお楽しみに!湊、失敗すんなよ。俺の推しカプなんだからな!!




