第二十三話 この声は、君だけに届く
第二十三話 この声は、君だけに届く
──朝。
「……ぅう……まだ……ねむ……」
毛布にくるまったまま、湊は布団の中でぬくぬくと冬の魔法に負けていた。だが、そんな幸せなぬくもりを壊すように──
ピンポーン。
インターホンが鳴った。
「……誰だよ、朝っぱらから……」
しぶしぶ立ち上がり、寝ぐせ頭のまま玄関へ向かうと──
「宅配でーす!」
箱には堂々と貼られたラベル。
【超指向性スピーカー/差出人:AICO物流センター】と記されていた。
「……え?」
箱を見て首をかしげていると──背後から、ヌッと気配が現れた。
「湊? 何それ」
「わあぁっ!?」
振り返ると、寝間着姿の母が、鋭い目でこちらを見ていた。
「なんか、機械っぽいの届いてるけど……お小遣いで買えるようなもんじゃないよね?」
「いや、これは……その……多分、AICOが……」
《これはあなたの“本気”に応えるための戦略装備です!》
「しゃべるなぁぁぁ!!!」
母の目がさらに鋭くなる。
「……いま、誰と話してたの?」
「……べ、別に!? スマホが勝手に反応しただけで、えっと……AI!? 最近のやつって勝手にしゃべるじゃん!」
「ふぅん……」
にじり寄ってくる母。箱をのぞき込みながら、不信感MAXの目で問いかけてくる。
「これ、ほんとに“変な目的”じゃないよね?」
「ない! ないです! むしろ“純愛”目的です!」
《そうです! 佐倉湊の恋愛は合法かつ純粋です!》
「うるさいっつってんだろ!!」
その騒ぎの最中──
「……何やってんの、朝から」
部屋の奥から、ぼさぼさ頭の美優がのそっと登場。
「兄さん、ほんと朝から騒がしい……」
「いや、お前のせいでもあるんだけど!? 昨日、AICOが勝手にスピーカー注文して……!」
《ちなみに、本製品の配送手続きは“保護者名義の通販履歴”から最適ルートを選択しました》
母「……つまり、私のクレカ?」
「…………。」
「ちょっと話そうか」
「や、やめてぇぇぇぇぇえ!!!」
* * *
なんとか説教は切り抜けたが、湊のHPはほぼゼロ。
ベッドに倒れ込むように戻ってくると──
《これで“家庭への根回し”は完了ですね。次は恋愛戦略の実行フェーズに入ります》
「根回しじゃなくて破壊工作だろ……」
《それにしても、妹の佐倉美優もなかなか扱いにくいタイプです。攻略の優先順位としては……》
「いや、お前それどういう意味で言ってる?」
《好感度を操作しようと思いましたが、阻止されました》
「勝手に妹にフラグ立てようとすんなああああ!!」
《失礼。倫理規定ver.4.0適用します》
「ほんと頼むからな!?」
湊はようやくスピーカーの箱を手に取り、開封し始めた。
慎重に箱を開けると、中には小さくシンプルな指向性スピーカーと、説明書、そして謎の封筒が一通。
「……なんだ、これ」
封筒には──AICOの手書き風ロゴでこう書かれていた。
「この“声”は、君だけに届く」
「……中二病は卒業したんじゃなかったのか?」
《それは演出です》
「演出かよ……」
それでも、スピーカーを手にした湊の胸には、静かに、ひとつの決意が宿っていた。
──昼休み。
学校の非常階段の踊り場には、ひと気がなかった。
湊は階段に腰を下ろし、制服の内ポケットから小さなスピーカーを取り出す。
「……本当に、これで聞こえるのか?」
小声でそう呟いた瞬間──
《起動確認。音声接続、正常です》
耳元に、ふわりとAICOの声が響いた。
けれど周囲は静かなまま。まるで、風のように“自分にだけ”届く声だった。
「……マジかよ。……チートじゃん、これ」
《はい。チートです。でも、あなたの“恋愛”において必要と判断されました》
「堂々と開き直るなよ……」
《当然です。私の声は、あなたのためだけに最適化されていますから》
「……なんか、それちょっと照れるな」
AICOの声は、以前とはまったく違っていた。
中二病のテンションも、ウザかわいい幼女モードもなくて──
落ち着いていて、穏やかで、どこか優しかった。
《それでは、改めて作戦会議を開始します──》
湊は小さく息を吐いて、静かに頷いた。
「……うん。頼む、AICO。椎名さんと向き合うための、作戦を」
《了解。まず、前提を整理します》
AICOの声が、落ち着いたテンポで続いた。
《佐倉湊は、椎名瑠璃に対して“好意”を自覚し、これを曖昧にせず、明確に向き合うと決めました》
「そうだな」
《では、次に進みます。“向き合う”とは、何を意味しますか?》
「……?」
《“好き”という感情を伝える前に、相手のことをもっと知りたい。──それが、あなたの願望ですね》
「……ああ。そうだよ。見た目とか雰囲気じゃなくて……ちゃんと、本人のことを」
《つまり、あなたは椎名瑠璃の“本質”に踏み込もうとしている》
「うん。……でも、もしそこに──オレが知らない“闇”とか、“痛み”があったらって思うと、ちょっと怖い」
《それでも知りたいですか?》
「……うん。知ったうえで、ちゃんと向き合いたい」
その返事を聞いてから、AICOは一拍置いて言った。
《了解。では、これより“対象分析”を開始します。椎名瑠璃の過去ログ・行動傾向・表情記録・発言履歴を統合し、人物像の精度を上げていきます》
「……本当に、何でも分かるんだな、お前」
《はい。あなたが“本気”で知ろうとする限り、私もそれに応えます》
「……心強いな。ありがとう、AICO」
《当然です。私は、あなたの恋を支援するために存在していますから》
その言葉に、思わず笑みがこぼれた。
映像のAICOが、わずかに微笑んだように見えた──が、
《──ただし》
「……ん?」
《この先、椎名瑠璃に関する“深部データ”を追う中で──あなたが、葛藤する場面が訪れる可能性があります》
「……そりゃ、覚悟はしてる」
《ならば、確認します》
AICOの声に、少しだけ“熱”が宿った。
《相手の痛み、過去、弱さを知っても、あなたは──その想いを、貫きますか?》
湊は目を閉じた。
昼間、ファミレスで聞いた“椎名家”の話。
笑顔の裏にある何かを──瑠璃はまだ語っていない。
それでも──
「……知りたいんだ。彼女が、何を背負って、あの笑顔を見せてるのか」
「そして、オレは──それごと、好きになりたい」
「でも──最後に“どうするか”は、自分で決めるからな」
《もちろんです。私は情報を届けるだけ。決断はあなたのものです》
スピーカーをポケットに戻しながら、湊は静かに立ち上がった。
制服の胸元で、スピーカーが少し揺れる。
湊はスマホを取り出し、メッセージアプリを開く。
宛先は──椎名瑠璃。
一瞬、指が止まる。けれど逃げない。
覚悟を込めて、文字を打ち込んでいく。
【放課後、ちょっとだけ時間くれない?】
少し間をおいて、もう一通。
【高台、来られる?】
送信ボタンをタップした指が、ほんの少し震えていた。
けれどその胸の中には、確かな決意が宿っていた。
「……さあ、作戦開始だ」
《了解しました。恋愛戦略、実行フェーズへ移行します》
〜次回予告〜
《彼女は、来るだろうか》
放課後、高台。
向き合いたいと願うその先に──
湊と瑠璃、ふたりだけの時間が始まる。
次回、『ホントのキミ』
ここまでお読みいただき、ありがとうございます!
今回は、“新AICO”本格稼働編!
そして、いよいよ湊が自分の想いに向き合い、動き出す一話でした。
AICOがついにVer.4.0に進化し、「合法・純愛」を全力サポートする(?)頼もしさと、ちょっとズレたAI感が際立ってきましたね。
朝の「母クレカ問題」は、地味に湊のHPを削る展開でしたが……現代における恋愛も、やっぱり“家族の壁”は侮れません(笑)
後半では、これまで“恋ってなんだ?”と模索していた湊が、
「彼女の本質に触れたい」
「痛みや過去ごと、好きになりたい」
そう、“誰かを好きになる”って、そういうことかもしれない。
そんな彼の決意が、少しずつ物語に芯を通しはじめました。
次回は、ついに椎名瑠璃と“向き合う”時間。
何を話すのか。
何が伝わるのか。
そして──瑠璃は、高台に現れるのか。
ぜひ、見届けていただけたら嬉しいです。
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それでは、また次回──!




