第十六話 聖夜ノ契約─二人だけの異界舞踏(デュオ・リリカル)
《──我が君よ!》
耳元でいきなり響いた声に、湊は反射的に身をのけぞった。
「わっ、びっくりした……!」
《よいか、貴様は今より“恋愛決戦の舞踏会”へと挑む──これはすなわち、運命の《クロスロード(交差点)》であるッ!》
「だから言い方が大げさなんだよ……」
通学路での帰り、イヤホン越しに語りかけてくるのは今日も厨二病全開のAICOに、すっかり慣れてしまった自分がちょっと悔しい。
「ていうか、そろそろ落ち着いて話せない? 今日は、そういうテンションじゃないから……」
《ふ……緊張しておるな、我が主よ。だが、安心せよ! このAICOが、貴様の後方支援にまわる!》
「……だから、そういうのがテンション上がるって言ってるんだよ」
(でもまあ、ありがとう)
湊は内心でそう呟いて、深呼吸をひとつ。
今日は──クリスマス。
待ち合わせの場所は、いつもの駅前ロータリー。
待っていた椎名さんは、ふんわりとした白のニットに、ベージュのコート。
首元のマフラーが淡いラベンダー色で、冬の空気によく似合っていた。
「ごめん椎名さん!待たせちゃったね。」
「……大丈夫だよ。今日は誘ってくれてありがとう!」
思わず見惚れそうになる。
でも、それはお互い様だったようで──
「……その服、似合ってるね。なんか、すごく大人っぽい」
「あ、ありがと。……椎名さんも、すごく似合ってる」
ちょっと気まずくて、ちょっと照れくさくて。
でも、心はふわふわと浮いていた。
「今日は、よろしくね」
「うん。……行こうか」
二人は並んで歩き出す。
その背中に、AICOの声が静かに響いた。
《──我が主よ、勝利をつかめ》
◇ ◇ ◇
駅前のシネコン。
選んだ映画は、椎名が気になっていたというファンタジー系のアニメ映画だった。
大人も楽しめると評判のそれは、しっかりとした脚本に、美しい映像、胸を打つラストまであって──
「……泣くとは思わなかった……」
椎名はハンカチをそっと目元にあてながら、ほろりと微笑んでいた。
「ちょっと、反則だよね。あの展開……ずるいよ……」
「うん……わかる。あれは泣く……」
映画館を出たあと、ふたりは近くのカフェに入った。
ソファ席で向かい合い、温かい紅茶を前にして、自然と感想会が始まる。
「主人公の最後のセリフ、すごく良かったよね。“君と出会えたから、僕は僕でいられる”って……」
「うん……。ああいう言葉、素直に言えるのってすごいよな」
「でも、佐倉くんも言えそうだけどね。……ちゃんと、気持ちを伝えるタイプだと思うよ?」
「えっ、そうかな……」
照れて目を逸らすと、椎名はくすっと笑った。
店を出る頃には、日も暮れかけていた。
「えっとさ。……まだ、ちょっと寄り道してもいい?」
「うん、もちろん」
ふたりは再び並んで歩き出した。
◇ ◇ ◇
小高い丘の上にある公園──通称「高台」へ向かう坂道。
椎名は目を丸くした。
「この道って、この前一緒に行った高台だよね? 私、夜は来たことないんだ」
湊は小さく笑って、うなずく。
やがてたどり着いた展望エリア。
街を一望できるその場所は、夜の光に包まれていた。
「……すごい。こんなに綺麗なんだ、夜って」
椎名が感嘆の声を上げる。
「昼も好きだけど、今のここは……特別なんだよ」
(プレゼントを買った後に下見に来といてよかった…)
その言葉が、自然に口をついて出る。
やがて──
椎名は湊の顔を見つめて、静かに口を開いた。
「ねえ、佐倉くん」
「ん?」
「この前……あのショッピングモールで、誰かといたよね? 女の子と」
湊は一瞬息を呑み、そして静かに答えた。
「ああ……それ、見られてたんだ。実はあの日、妹と服を選びに行ってて。自分じゃまったく分からなくてさ。ちゃんとした格好で会いたいなって思ってたから」
「妹さん……?」
「うん。椿ヶ丘の生徒会にいる、佐倉美優って……」
「──えっ!? 美優ちゃん、妹だったの!?」
椎名が思わず目を見開いた。
「名字一緒だなーとは思ってたけど……兄妹だったんだ! びっくり!」
「美優も言ってなかったのか……まあ、あいつも無駄に気を遣うからな」
ふたりの間に、思わず笑いがこぼれた。
その空気に背中を押されるように、湊はカバンから小さな包みを取り出した。
「……あのさ、椎名さん。これ、渡したくて」
「え?」
「クリスマスプレゼント……っていうか。気持ちだけど」
椎名は驚いたように包みを受け取り、ゆっくりと包装を開けた。
「──あっ。これ、この前一緒に雑貨屋さんで見たやつ……ティーバッグと、入浴剤のセット」
「覚えてた。なんか、椎名さんがすごく嬉しそうにしてたから」
「……うん。嬉しい。ありがとう。ほんとに、嬉しいよ」
そして──
湊はもう一つ、小さな箱を差し出した。
「……実は、もう一個あるんだ」
「えっ……」
箱の中には、上品な革のブックカバー。
「椎名さん、本が好きだろ? 初めて図書館で話したとき言ってた。……雑貨屋で思い出してさ」
「わぁ……。ちょうど、いま使ってるのが古くなってたんだ。……大事にするね」
そう言って、椎名はふたつのプレゼントを胸にそっと抱えるようにして、大事そうに両腕で包み込んだ。
冬の冷たい風が吹く中で、その仕草だけが、とてもあたたかかった。
湊は、言葉にならない何かが胸の奥で静かに灯るのを感じていた。
そのとき、椎名は自分のカバンに手を伸ばした。
「……私からも、あるんだ。プレゼント」
「え、マジで?」
「うん。ちょっとしたものだけど……よかったら、受け取って」
渡されたのは、小さな紙袋。
中から出てきたのは、丁寧にラミネートされた、手作りのしおりだった。
そこには、柔らかな筆記体の文字が添えられていた。
【読んだ物語の数だけ、人の心は豊かになるんだって。
だからこれからも、素敵なページをめくっていってね──椎名より】
湊は言葉を失い、しばらくそれを見つめていた。
「……これ、椎名さんが?」
「うん。ちょっと恥ずかしいけど……本、好きだって思って。ひとこと添えたくて」
「……すげぇ、ありがとう。俺、ちゃんと使う」
そう口にしたとき──
空から、白いひとひらが落ちてきた。
「あっ……雪、だ」
椎名が空を見上げる。
夜の空から、ふわりと舞い落ちる雪。
まるで、世界が静かに祝福しているようだった。
湊はその横顔を見つめながら、胸の奥で何かがせり上がるのを感じていた。
(……今、言えるかな)
けれど──
「わぁ……雪だ、雪だよ……!」
椎名ははしゃぐように、両手を広げて雪を受け止める。
その無邪気な笑顔が、すべてを包み込んでしまった。
「……ずるいな、椎名さん」
でも、きっと──
(いつか、ちゃんと、伝える)
湊はそっと息を吐いた。
静かに降る雪の中、ふたりの距離は、確かに縮まっていた。
次回、男子校ラブコメ、年明け早々に波乱の予感!?
『恋の好敵手!?波乱の初詣』
振袖姿の椎名さん、そしてその隣には……誰!?
ここまでお読みいただき、ありがとうございました!
クリスマスデート回──いかがでしたでしょうか。
今回の湊は、準備に準備を重ねて挑んだ一日。
そして、椎名もまた、ずっと伝えられなかった想いを少しずつ言葉にしてくれました。
プレゼントのやりとり、告白できそうでできないもどかしさ、そして……雪。
読んでくださった皆さんの心にも、ふわりと優しいものが降り積もっていたら嬉しいです。
さて、次回は年が明けて、お正月イベント突入!
男子校メンバーで繰り広げられる、ちょっとドタバタな初詣回。
そこで、湊の前に“とある人物”が立ちはだかります──!?
物語は次なるフェーズへ




