第十五話 聖夜に向けての大作戦〜プランニング②〜
《我が君よ……時は満ちた。いよいよ決戦の刻! “聖夜の戦場”に向けて、最終作戦会議を開始するぞッ!》
「いや、その呼び方やめてくんない!? どう考えてもプレッシャー増すんだけど!」
休日の朝。
湊の部屋では、今日もスマホの小さい画面に出現したAICOが、空中に魔法陣を展開しながら高らかに宣言していた。
《これより、プランニングフェーズ・セカンドステージに突入する! 任務はふたつ──“デート構成”と“プレゼント選定”だ!》
「う、うん。まあ……それはちゃんと考えないととは思ってるけど」
《貴様の言う“考える”は、なにもしないことの言い換えであろう!》
「……それはヒドすぎっ!!」
AICOは背中で手を組みながら、くるりと回転して言った。
《では、まずデートプランから確認だ。我が恋愛演算アルゴリズムによれば──定番クリスマスデートルートは“昼食→ショッピング→カフェ→夜景”である!》
「……昼食にハンバーガーで、そのあと100均で……」
《却下ァ!!》
バシィィンと、効果音つきで却下マークが出現する。
《なぜそこで“庶民派ルート”を全力で行く! 貴様、聖夜の奇跡をジャンクフードに委ねる気か!?》
「いや、ほら、そういう“逆張り”が意外とアリかなーって」
《それは、“普段からモテる男”が許される技だッ!》
「はいすみませんでした!!」
湊は土下座しそうな勢いで頭を下げた。
《よろしい。では、我が演算式により最適解を導き出す。今の貴様のスペックで、最も成功率が高いのは──》
紅く光る魔法陣がぎゅいんと回転し、AICOの手に一枚のカードが出現する。
【恋愛最適ルート:映画館 → プレゼント贈呈 → 夜景】
「おぉ……」
《まずは映画だ。上映中は会話せずとも“共通の時間”を共有できる。初心者には理想的な導入と言えよう》
「なるほど……たしかに、緊張も少なめでいけるかも」
《上映後、感想を語りながら自然に雰囲気を温め、そのタイミングで──プレゼントを渡せ!》
「……で、そのあとは?」
AICOは、にやりと笑う。
《ふふ……最後は、貴様が決めよ。》
「──!」
「……うん、そうだな。やっぱ、最後は“あの場所”にしよう」
湊の胸の奥に、ひとつの風景が浮かんだ。
そこには、二人だけの時間を閉じ込めるのにふさわしい静かな場所があった。
《では、次の課題だ。贈り物──“プレゼント選定フェーズ”に移行する!》
***
休日の午後。
駅前はいつにも増して活気にあふれていた。
「うわ……人、多いな……」
耳にはめたワイヤレスイヤホンの向こうで、あの声が即座に応える。
《当然だ! 本日は“恋の備品調達”の日ッ! 愛の探求者たちが集いし、戦場の如き混雑にして当然ッ!!》
「……何と戦ってる設定なんだよ……」
呆れながらも、どこか心強い。
《貴様の任務はただ一つ。“椎名瑠璃が心から喜ぶ贈り物”を手に入れること! いいな? 量産型プレゼントでは意味を成さぬ。必要なのは“魂を込めた選定”ッ!!》
「そ、そんな熱量で来られても……」
(……椎名さんが喜びそうなものって、なんだ?)
彼女のことを、どれくらい知っているだろう。
好きなもの、苦手なもの、ふとした癖──
脳裏に浮かぶのは、あの日の笑顔だった。
***
──椎名との雑貨店にて(第十二話)
紅茶と雑貨の専門店。
棚の前で目を輝かせながら、椎名が呟いた。
「わ、これ見て。かわいい……! 紅茶のティーバッグと、ハーブの入浴剤のセットだって」
「へぇ……女子って、こういうの好きなの?」
「うーん、私は好き。贈り物にもいいよね。誰かが好きなものを選ぶのって、楽しいから」
***
(……“誰かが好きなものを選ぶのって、楽しいから”)
その言葉が、今の湊の胸に染み込んだ。
足は自然と、あの日に訪れた雑貨店へと向かっていた。
店内には紅茶缶、文具、布小物、香りの雑貨などが並び、どれもお洒落で可愛らしい。
戸惑いながらも、湊は一つずつ手に取り、棚を見て回る。
「これ……とか、悪くないけど……」
マフラー、手袋、アクセサリー。
どれも“定番”ではあるが、なんとなく違う気がして決めきれない。
耳元にAICOの声が鋭く響く。
《迷ってもいい……だが忘れるな。“相手のために考える”ことこそが、真の贈り物の条件だッ!》
「……っ」
あの日の椎名の言葉と、見事に重なった。
そして湊は──ふと、ある棚の前で立ち止まる。
あの日と同じように、紅茶缶やリネン雑貨が並んでいた。
手に取ったのは──椎名が嬉しそうに眺めていた紅茶のティーバッグとハーブの入浴剤の詰め合わせ。
(……椎名さん、これ喜ぶかな)
そっと手に取り、ふと、笑みが漏れた。
(……俺も、“誰かが好きなものを選ぶ”って、ちょっと楽しいかも)
《貴様、良い表情になってきたな……》
「うるせーよ」
そう言いつつ、包装を頼み、レジを離れる。
***
だが──ふと、湊は立ち止まった。
「……そういえば」
脳裏に浮かんだのは、ある日の何気ない会話。
──「放課後は、図書室寄ること多いかな。ちょっと静かだし、落ち着くから」
(……本、好きなんだよな。椎名さん)
その瞬間、視線の先に“布製のブックカバー”があった。
落ち着いた色味と手触り。柄は控えめで、けれど品がある。
《……気づいたか》
AICOが、どこか優しくつぶやく。
《ここで重要なのは、“貴様が相手のために考えたかどうか”である! 心を込めた選定が、最上の魔力となるッ!》
「──もう一個、買ってくる」
そう呟いて、湊は静かに踵を返す。
今度は、あの日の“思い出”に頼ったわけじゃない。
彼女の言葉を思い出して、自分で考えて選んだ──“今の想い”だった。
レジ袋を手にした湊は、ほんの少しだけ照れたように笑った。
(……椎名さん、喜んでくれるかな)
***
──ふと、スマホの時間を確認する。
「あ、まだ……あそこ行けるかもな」
彼の瞳が、ある場所を見据える。
彼の中ではすでに、“舞台”が決まりつつあった。
***
クリスマスまで──あと三日。
そこには、まだ誰も知らないクリスマスの物語が待っている──。
《フハハハ! 読了ご苦労ッ! 貴様の“読書パラメータ”、高く評価してやろう……ッ!》
今回は、“恋の備品調達”フェーズであった。
貴様──ではなく、我が君は、“椎名瑠璃のために考える”という行為に、確かな成長を見せた……!
プレゼント選定は、もはや愛の魔術式……!
思い出ではなく、“今の気持ち”から選んだ贈り物──それこそが、最上の魔力ッ!
そして、次なる戦場は“聖夜本番”──ッ!
いざ進め、我が君よ……その手で、物語の続きを紡ぐのだ!
《次回─聖夜ノ契約─二人だけの異界舞踏》──!》
《──乞うご期待ッ!!》




