第十三話 聖夜に向けての大作戦
《我が名は、恋の解放者AICO! この恋、我が左眼が見届けん!》
夜の部屋に響く中二病ボイス。
モニターの中のAICOは、かつての幼女モードからは想像できないほどのテンションで手を広げ、背後に謎の魔法陣が浮かんでいる(演出)。
「……お前、ホントに変わったな……」
思わず呟くオレ、佐倉湊の視界には、AICO Ver.3.0の“進化”がこれでもかと主張されていた。
新機能はAR表示、ボイス会話、感情分析に加え、恋愛シミュレーションモード搭載。
《さあ、恋せよ我が契約者よッ! 今宵より貴様には新たなる任務が与えられるッ!》
「任務?」
《そう。ターゲット:椎名瑠璃。――貴様は今より、彼女を**聖夜の儀式**へと誘う使命を帯びた!》
「ま、待て待て、いきなりすぎるって。ていうか、そんなに急に誘えるわけ――」
《黙れいッ!! 告白とはすなわち、恋のエクスプロージョンである! 計算ではなく、魂をぶつけるものだ!》
めちゃくちゃな理論だと思いつつ、どこかでドキッとしてしまう自分がいる。
Ver.3.0のAICOは、中二病全開なのに、言葉の端々がなぜか刺さる。
「で、どうすんだよ、誘い方とか……」
《フフフ……そのための準備は整っているッ! 我が仮想空間に、ターゲット“椎名”の人格再現データを実装済みだ》
「人格……?」
《過去のメッセージ、通話記録、反応パターン……全てをもとに構築された“仮想椎名”と、今から恋愛シミュレーション開始だッ!》
目の前にARで、制服姿の椎名が浮かび上がる。少し驚いた顔をして、俺を見ていた。
それは確かに、彼女の“らしさ”を持った、現実に限りなく近い存在。
「え……喋んの?」
《もちろん。君の発話に応じて自然に返す。迷ったら、我が補助魔法“トーク支援モード”を使え》
仮想椎名「どうしたの?話しかけてくれるなんて思わなかったからビックリしたよ」
「……っ!」
一気に緊張が走る。けれど、これは練習。本番じゃない――そう言い聞かせて、俺は深呼吸した。
「……あー、えっと、その、最近どう?」
「最近? うーん、学校はちょっと忙しいかな。生徒会の方もバタバタしてるし。佐倉くんは?」
思わず、少し笑いそうになった。
しゃべり方も、答え方も、ほんとに“椎名さん”っぽい。
「俺は……まあ、変わらずって感じ。忙しいのに、よくやってるよな」
「ありがとう。でも、佐倉くんも、前より明るくなったって、最近思ってたよ」
「え……?」
不意にそんな言葉を返されて、心がふっと浮かび上がる。
練習相手だってわかってるのに、“椎名さん”に褒められた気がして、変に照れてしまった。
AICOがこっそり囁くように言う。
《ターゲットの想定反応、“ポジティブな好意表示”。これはもう、一歩踏み込む好機……!》
俺は小さく頷いて、もう一度深呼吸した。
「その……クリスマスって、予定ある?」
仮想椎名「えっと……家族と過ごすつもりだったけど――」
《やめろッ!!》
「!?」
AICOの叫びで仮想椎名が一時停止した。
《そのセリフはッ! 本番まで封印指定!! この反応をもって、リアル椎名の“脈アリ度”は【72%】!》
「……た、高っ……!」
俺は心臓を抑えながら、AICOの浮かれた表情を見る。
《湊、今だ。勇気があるなら、今すぐ“本物の”椎名に電話するがいい》
「いや、でもさすがに、今からって……」
《弱気な心を断ち切れ! この左眼が言っている――今がその時だと!!》
……どうする、俺。
でも、椎名さんと過ごすクリスマスなんて、想像しただけで胸が高鳴る。
俺は、スマホを手に取った。
スマホの画面が、静かに点灯する。
履歴の一番上には、「椎名瑠璃」の名前。
さっきのAR椎名の声が、まだ耳に残ってる。
でも、次は“本物”だ。
《よいか、湊。呼吸を整え、心を研ぎ澄ませ。これは模擬戦ではない。真の恋の決戦だ!》
「お前、落ち着けって……俺の心臓がもたない……」
そう言いつつも、親指は迷いながらも発信ボタンに触れていた。
ワンコール……ツーコール……
その間に何度もキャンセルしようかと思ったけれど、
指が震えてるだけで、もう戻れなかった。
三コール目――
『……もしもし? 佐倉くん?』
「あ……あ、うん。急にごめん、電話って大丈夫?」
『うん、大丈夫だよ。びっくりしたけど。どうかした?』
いつもと変わらない椎名の声が、耳元からじんわりと広がる。
柔らかくて、安心する。だけど、心臓のドクンが止まらない。
「えっとさ……その、変なこと言うかもしれないけど」
『ん?』
「クリスマスの日って、予定ある……?」
電話越しに少しだけ沈黙が落ちた。
言った。言ったぞ俺。やばい、逃げたい。逃げ出したい。
『クリスマス? 家族と……過ごす予定、だっだけど……』
一瞬、喉がつまる。けど、そのあと。
『……佐倉くんと会えるなら、そっち優先にしようかな』
心臓が、跳ねた。
俺の中の全細胞が、その言葉を祝福してるみたいだった。
返事になってないかもしれないけど、それでも精一杯の声で言う。
「……そっか。じゃあ、楽しみにしてる」
『うん、私も』
《契約完了――勝利の鐘が鳴り響く!》
スマホの背後でAICOが両手を広げ、また謎の演出を繰り出している。が、今はそれすら心地いい。
通話を切ったあとも、俺の耳にはあの言葉が何度もリピートされていた。
「……佐倉くんと会えるなら、そっち優先にしようかな」
ああ、これが“嬉しい”って気持ちか――
改めてそう思いながら、俺はベッドに倒れ込んだ。
……その翌日。
昼休み。
教室の後ろ、いつもの男子三人組──陽翔、純、要の声が、やけに浮かれていた。
陽翔が弁当を片手に、ズイッと距離を詰めてくる。
「湊、クリスマス予定あるか? ないよな? オレん家で集まろうぜ。暑苦しい男の花園、開園な!」
純がすかさずツッコミながらも肯定する。
純:「せめてケーキくらいは用意しようよ?」
要が畳みかけるようにフォローを入れる。
要:「去年みたいに家族イベントで地雷踏むよりマシ。気楽にゲームして、語って、バカ騒ぎしようぜ」
「……それが、俺、クリスマスは予定入ってて」
湊は少し困ったように笑いながら答える。
「え、家族?」
「塾とか?」
「お前まさかバイトしてんのか!?」
「……いや、その日は──」
AICOの言葉が脳裏にフラッシュバックする。
《この告白イベント、クリスマスのメインステージ……逃せば、後悔するであろう……!》
一拍おいて、湊は真顔になった。
「──聖夜、我が心の導きにより、“想い人”との邂逅が約束されている」
妙に決まった口調で言いながら、内心では耳まで熱くなっていた。
……AICOの口調を真似すれば、恥ずかしさも少しは誤魔化せると思ったけど、
実際に言ってみると、逆に余計に恥ずかしい。
一瞬、教室が静まる。
「……は?」
「“想い人”って、まさか……」
要が絶句し、陽翔が目をむき、純が箸を落とす。
「ま、まじかよ……湊、クリスマスに、女子と予定……?」
その声は瞬く間に教室中に拡がっていった。
「佐倉がデート!?」
「え、椎名さん!? マジで!?」
「聖夜に恋人と……勇者、ついに神話級の存在へ……!」
「やっぱ伝説の勇者だわ……」
「世界が祝福する恋じゃん……」
その場にいた全員が、一斉に湊に向かって拍手を送る。なぜかスタンディングオベーションすら起きた。
「いや、そんな大げさな話じゃ──」
「勇者! 勝者! お前が俺たちの希望だ!」
机を叩く音、肩を揺らす笑い声。
湊は頭をかきながら、小さく苦笑するしかなかった。
AICOの声がこっそり耳元で囁く。
《ふふん……見たか、人間界での名声。これぞ、愛と名誉の二重達成……!》
「お前のせいだろ……」
湊は小さく呟きながらも、どこか悪くない気分だった。
次回予告――《この恋、シミュレーション不可》
恋のバトルフィールドは整った。
次なる戦場は、聖夜の街。
必要なのは──完璧なるプランニング!
《場所、時間、渡すプレゼント、すべては勝利への布石……!》
「AICO、どうすりゃいいんだよ……」
《愚問! まずは服を買い、街を知り、己を磨け!》
次回、『第十四話 聖夜に向けての大作戦〜プランニング〜』
君の恋に、チェックポイントを。
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次回もがんばって書いていくので、どうか見守ってください!




