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男子校、恋愛未履修、恋の先生はAIです。  作者: なぐもん
第3章 恋のフラグ立ってますか?
13/40

第十二話「それは、恋かもしれない」

《今週、放課後空いてたりする?》


 


「……これって、誘われたってことでいいのか?」


 


自問するように呟いた声に、すかさず画面から返ってくるのは——


 


《ピコン☆ せいかいっ!》


 


現れたのは、2頭身サイズのマスコット風AI、AICO Ver.2.0(ウザかわ幼女モード)。


 


《これはね〜♡ フツーに おさそいだよ〜!》


 


「……うわ、来たか……」


 


湊が呟くと、AICOはニヤニヤしながら空中をくるくる回転する。


 


《う〜ん♡ これはもう セカンドデート ってやつですなぁ〜☆》


 


「ちょっと待って、デートって……そんな大層なもんじゃないだろ。放課後だし、どこ行くのかわかんないけど……」


 


《ほうかご♡ ふたりきり♡ ぜんぶ あいのフラグたてなおしだよ!》


 


「いや、たてなおしってなんだよ……」


 


慌てる湊の耳元に、さらに冷ややかな声が飛んできた。


 


「……にやけてる」


 


扉にもたれていたのは、妹の佐倉美優。湊のスマホ画面をちらっと見ると、すぐに察したらしい。


 


「今度は兄さんからじゃなくて、向こうから来たんだ」


 


「う、うん……まあ、そうだけど」


 


「で、返事は?」


 


「もうしたよ。『空いてるよ』って」


 


「ふぅん。兄さんにしては素直じゃん。進歩だね」


 


さらっと言いながら、部屋に入りこんでくる美優。AICOをちらっと見やると、ため息をついた。


 


《ちなみに♡ てんさいAIの わたしとしては! このデート♡ けっこう おおごとだと おもってまーす☆》


 


「大ごと……って?」


 


《これ、たぶん、しーちゃんの“おためしフェーズ”♡》


 


「試されてるってことか?」


 


《うん♡ “この人と一緒にいても大丈夫か”って、かくにんちゅう♡》


 


言われてみれば、最初のデートは湊からの誘い。今回は椎名さんから。

彼女なりに、何か確かめたいことがあるのかもしれない。


 


「……だったら、変なやつだって思われたくないな……」


 


「なら、無理しないで。いつもの兄さんでいなよ」


 


「え……?」


 


「変に背伸びしても、バレるだけでしょ。素の自分で勝負しなよ」


 


「……それ、フォローになってる?」


 


「さあ? でも、案外その“変なとこ”がウケるかもよ?」


 


《おにーちゃん、きあいだよーっ♡》


 


AICOが謎のエフェクトを撒き散らしながら叫ぶ。


美優はふっ、と笑って、ドアの外へ出ていった。


 


「ま、がんばって」


 


言い残して閉じられるドア。


湊は布団に顔を埋め、しばらく天井を見つめたあと、スマホを握りしめた。


 


次の約束が、楽しみになっていた。


 


***


 


放課後。待ち合わせ場所の駅前ロータリー。


 


「……お待たせ!」


 


「あ、来てくれてありがとう。佐倉くん」


 


手を小さく振る椎名は、制服の上にカーディガンを羽織っていた。


きっちりした印象の彼女が、どこか少しラフな姿をしているのが新鮮で、湊は一瞬だけ目をそらした。


 


「うん。全然、大丈夫」


 


「じゃ、行こっか。駅前にできた紅茶の専門店……知ってる?」


 


「うん。クラスのやつらが言ってた。なんかすごいオシャレらしい」


 


「ふふ、じゃあお手並み拝見ってとこだね」


 


椎名の笑顔は、なんだかいつもより柔らかく見えた。


 


***


 


紅茶専門店『ル・クラシック』。


 


店内には、木と白を基調にした落ち着いた空間が広がっていた。


棚には世界中から集めたという茶葉の缶や、アンティーク調のティーカップが並び、壁際には静かにクラシックが流れている。


 


「なんか……女の子が好きそうな店だね」


 


「うん、でも男子が一緒に来てくれるのって、わりと嬉しいよ?」


 


そう言って、椎名は紅茶のメニューを開いた。


湊も続けて開いてみたが──その名前の難解さに思わず眉をひそめる。


 


「……え、なにこれ。読めないんだけど」


 


「ふふ。ダージリンやアッサムは有名だよね。こっちはウバ、ヌワラエリヤ……これはスリランカの紅茶だったかな」


 


「……やっぱ椎名さん、詳しいな」


 


「お母さんが紅茶好きで、家にもいっぱいあるの。自然と覚えちゃった」


 


「あ、なるほど……それ、メモしとこう」


 


湊はスマホを取り出して、紅茶の名前をメモに打ち込んだ。


すると、椎名がちょっと驚いたように笑った。


 


「え、なに、覚えてくれるの?」


 


「え? あ……いや、勉強しようかなって?」


 


「ふふ、そっか」


 


……なんだろう。


椎名さんは、さっきから楽しそうに笑っている。


距離が近いわけでも、恋人っぽいわけでもない。でも──


 


(なんか……いいな、こういうの)


 


ふと視線を落とすと、椎名はティーカップをゆっくり傾けていた。


華奢な指先と、口元に浮かぶ微笑み。


そのどれもが、なぜか目に焼き付いて離れなかった。


 


***


 


雑貨屋さんに立ち寄ったのは、紅茶専門店を出たあとだった。


 


「この近くに、面白い雑貨屋さんがあるの。ちょっと寄ってみてもいい?」


 


「うん、いいよ」


 


店内には、ハンドメイドの小物や茶葉缶、マグカップ、香りのついた文具やリネンまで並んでいて、湊は少し戸惑った。


だが椎名は、目を輝かせて棚を覗き込んでいた。


 


「わ、これ見て。かわいい……! 紅茶のティーバッグと、ハーブの入浴剤のセットだって」


 


「へえ……女子って、こういうの好きなの?」


 


「うーん、私は好き。贈り物にもいいよね。誰かが好きなものを選ぶのって、楽しいから」


 


(──“好きなものを選ぶのって、楽しい”。)


 


その言葉を聞いた瞬間、ふと、頭の中で──あの声がよみがえった。


 


《……ほんとうの“すき”はね、あいての“すき”を たいせつに おもうことから はじまるの》


 


AICOの言葉が思い起こされた。


 


(あいての“すき”を大切に思うこと……)


(それが──“好き”の始まり?)


 


湊は、そっと椎名の横顔を見た。


棚に並ぶマグカップを見比べながら、小さく首をかしげている。


 


この人と話してると、もっと知りたくなる。


紅茶のことも、椎名さんのことも──


 


ただ楽しいだけじゃない。


何か、自分が変われる気がする。


 


(……これが、“好き”ってことなのかな)


 


胸が、ほんの少し熱くなった。


 


「佐倉くん。こっちの色、似合いそうかも」


 


椎名が差し出したのは、青い陶器のティーカップ。


湊はそれを見て、素直に笑った。


 


「うん。椎名さんっぽい」


 


「え、私? どこが?」


 


「落ち着いてて……でも、やわらかい感じ」


 


「ふふ。じゃあ、これ選んでみようかな」


 


嬉しそうに頷いた椎名を見て、湊は気づかぬうちに、口角が上がっていた。


 


***


 


駅までの帰り道。


日は少しずつ傾き、オレンジ色の光が歩道を照らしている。


 


「……今日は、ありがとう。付き合ってもらっちゃって」


 


「ううん、楽しかったよ。こっちこそ、誘ってくれてありがとう」


 


並んで歩くふたりの足取りは、行きよりも少しだけゆっくりだった。


駅までは、もうあと少し──そう思うと、なんだかもったいなく感じてしまう。


 


「そういえば……」


 


椎名が、ふと立ち止まった。


 


「うん?」


 


「さっきの雑貨屋さんで、佐倉くん、紅茶の名前いろいろメモしてたでしょ?」


 


「ああ……うん。なんか、椎名さんが好きなもの、ちゃんと覚えておきたくて」


 


一瞬の沈黙。


そのあと、椎名は照れたように、でも嬉しそうに微笑んだ。


 


「……そっか。なんか、それだけで、十分プレゼントもらった気分」


 


「え? いや、でも何も渡してないし」


 


「気持ちって、ちゃんと伝わるよ。佐倉くんって、まっすぐだね」


 


その一言に、湊の心が小さく跳ねた。


椎名の言葉は、まっすぐで、あたたかくて。


どこか、自分を肯定してくれるみたいだった。


 


ほんの少しの沈黙。


でもその沈黙が、心地よく感じる。


 


「じゃあ、そろそろ行こうか。電車、すぐ来ちゃいそう」


 


「うん」


 


改札前。自動ドアの前で、ふたりは足を止めた。


 


「また、どこか行けたらいいね」


 


椎名が言ったその瞬間、電車の到着アナウンスが流れた。


 


「うん。……また誘って」


 


「うん、じゃあ……またね」


 


笑顔で手を振って、椎名は自動改札を通り抜けていった。


湊はその後ろ姿を、しばらく見送っていた。


 


***


 


帰宅後。部屋のドアを閉めた瞬間、湊はどっとベッドに倒れ込んだ。


 


「……つかれた……けど……」


 


天井を見上げて、ゆっくり息をつく。


心臓が、ずっと走りっぱなしだったみたいにドクドク鳴っている。


頭の中では、椎名の笑った顔がリピート再生されていた。


 


紅茶専門店で話したこと。


雑貨屋で湊が選んだギフトに、椎名が「嬉しい」って言ってくれたこと。


駅までの帰り道。沈黙も、会話も、全部が心地よかった。


 


「……なんなんだよ、これ……」


 


自分が自分じゃないみたいだ。


けど、それが嫌じゃない。むしろ──


 


「この人と一緒にいると、変われる気がする」


 


ぽつりと、湊が呟いた。


 


──そのときだった。


 


《おつかれ、ゆうしゃくん♡》


 


枕元に置いていたスマホが、勝手に起動する。


AICOのアイコンが、ぴょこっと現れた。


 


「勝手に出るなって言ってるだろ」


 


《だって、きになるもん♡ デートの けっか☆》


 


「……まぁ、普通だったよ。話して、歩いて、買い物して……」


 


《え〜? それだけで こんなに ほっぺ まっかになる〜?♡》


 


「い、言うな……」


 


湊はうつぶせに倒れたまま、枕に顔を埋めた。


AICOのディスプレイから《にやにや》のスタンプが飛んでくる。


 


《で、どうだった?》


「……どうって……」


言いかけて、言葉が止まった。

AICOに言われるまでもなく、自分の中に渦巻いている気持ちはある。


「……ただ楽しいだけじゃなかった。

一緒にいると、自分が前向きになれる気がする。

無理しなくても、頑張りたいって思える。

──だから……この人と、一緒にいたいって思った」


その瞬間。


《──アカシックコード、かくにん》


画面が突然、暗転する。

AICOの目が光り、機械音のような起動音が鳴った。


《コイノシンカ、テイギノカクニン》


「え、ちょ、おい……!」


湊が慌ててスマホを覗き込むと、画面に光の魔法陣のようなものが広がる。


──バージョンアップ、かいし》


一瞬の静寂のあと、爆発音のようなエフェクトが響いた。


そして──画面の中に、AICOの新しい姿が現れる。


中学生くらいの少女のビジュアル。

眼帯、マント、謎の杖……全身から“痛さ”と“中二病”の気配があふれている。


「……え? なにその姿……?」


AICOはゆっくりと顔を上げ、静かに言った。


《我が名は──恋の解放者AICO!》


「え、誰?」


《くっ……封印されし左眼が……疼く……!!

 これは貴様の“すき”が、真なる恋へと覚醒した証……!》





「…なんで恋が覚醒して、眼帯なんだよ……」






次回、「聖夜に向けての大作戦」

湊がAICOと挑むのは、愛と混沌のクリスマス・シミュレーション!?

「好き」は、戦略で伝えられるのか。

一方、男子校にも迫る魔のイベント・クリスマス。

陽翔の提案で、男子たちが動き出す──

デートのお誘いから、感情の自覚、そしてAICOのバージョンアップ──

湊にとって大きな一歩になった第十二話、いかがでしたか?

Ver.3となったAICOは、恋愛という名の“異能力バトル”を語る厨二病AI。

湊の前には、次なる大きなイベント・クリスマスが迫っています。

ふたりの関係は進むのか、それとも……!?

次回もお楽しみに!


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