第十一話 兄より優れた妹は……存在する
──午後五時、放課後の純喫茶「リベルテ」。
レトロな木製のテーブルと、店内に流れる昭和ジャズが妙に落ち着く。
それでも、テーブルの上に置かれた“チョコカレーうどん”は……落ち着きの真逆を体現していた。
「……お前、これ本気で食うの?」
湊の隣で、要が眉をひそめる。
トッピングのホイップがカレーにめり込んで、異世界の飯感がすごい。
「名物って書いてあったから……」
湊はスプーンを構えたまま、動けずにいた。
「いや、まずそこ疑えよ。名物って書いてあれば何でも信じるタイプ?」
「いらないなら俺が食ってやろうか?」
陽翔がずいと前に出てくる。なぜか嬉しそうだ。
「いや、そこは譲らない」
「戦う意味どこにあるの……」
純がぽそっと呟いた。いつもの愛嬌のある顔に困惑の色が混じっている。
湊は仕方なく箸を置いた。そして、ふいに口を開く。
「なあ……女子って、どんなのが好きなんだと思う?」
「……は?」
要が即答する。スプーンを落としかけた純も、手を止めた陽翔も、一斉に湊を見る。
「ちょ、お前、今さら何を……」
「おまえ、それ……まさか椎名さんのことか?」
陽翔が目を見開いて、ストレートに切り込んでくる。
湊は咄嗟に目を逸らすが、頬の赤みは隠せない。
「ち、ちげーよ……いや、ちょっと気になっただけで……」
「図星じゃねぇか!」
要がバンッとテーブルを叩く。ホイップが小さく跳ねた。
「べ、別に深い意味は……!」
「あわわ。がんばって!」
純が湊の肩をそっと叩いてくる。応援してくれてるらしい。
「でもさー、女子の好きな物って言っても幅広すぎじゃね?」
「ファッションとか? ネイルとか?」
「……ハーブティー、じゃないかな」
純が小声で呟く。
「てか、女子ってアニメとか見るのかな。呪術なんとかとかさ」
要が言うと、陽翔が首を横に振った。
「いや、今はもうYou○ubeだって。流行りはイン○タとTik○okのリール!」
「……ニ○ニ○動画はもう……」
湊が頭を抱える。すでに情報量で溺れそうだ。
──そんな中、テーブルに置かれた湊のスマホが突然震えた。
《おとこのこたち〜♡ ぜんいん、はずれで〜〜す☆》
画面に現れたのは──AIのアイコン。
「うわ、出た」
陽翔が後ずさる。
《AICOちゃん、ただいま じっせんちゅう☆》
「勝手に入ってくるなよ!!」
《だって〜! れんあい会議だって きいちゃったら、もう ステイできないよね〜♡》
「どこで聞いてんだよ……」
《いまの じだい、AIは 話し合いにも ふつうに はいるんだよ〜☆》
「普通じゃねぇよ!」
要がツッコむも、AICOはまるで気にしていない。
《チョコカレーうどんより あやしい れんあい会議♡ わたしも まぜて〜!》
「もうカオスすぎる……」
湊は顔を覆った。
──そして、事件はさらに起こる。
「……なにやってんの?」
低く、けれどはっきりと響く声。
入口のベルが鳴るより前に、その存在感は場を制していた。
湊が顔を上げると、そこには我が妹──佐倉美優が立っていた。
「……え、誰? 知り合い?」
要がきょろきょろと周囲を見渡し、美優に視線を向ける。
「……あ、えっと、どちら様で……?」
純は軽く立ち上がりかけたが、美優と目が合って硬直。
そのまま椅子に戻るように腰を落とす。顔は真っ赤だ。
「……妹だよ。俺の」
「へ?」
「えっっっ!?」
要と陽翔が同時に叫んだ。
「お前、こんなクールビューティーな妹いたのかよ!?」
「マジで? 血繋がってんの? どこで育った!?」
「おい、どういう意味だよ……!」
湊がつっこむも、男子たちは目を輝かせて美優に釘付けだった。
純はすでに俯いて、震える手で水を飲もうとしていた。手元が滑って氷だけをカランと落とす。
「……なにしてんの、ホントに」
美優が呆れ顔で尋ねる。
「いや、それがさ……」
陽翔が椎名さんの話を嬉々として語ろうとするが──
「会長の好きなもの、でしょ?」
「えっ、なんで知って──」
「湊の顔、わかりやすいから。あと、あんたたちの会話、外から丸聞こえだったし」
「うっ……」
《みゆたん さいきょう説☆》
AICOが煽るように画面でピースしていた。
「うちのAICOがすみませんでした……」
湊がそっとスマホを伏せる。
「で、好きなもの……会長なら、甘いのけっこういけるよ。あと、紅茶系は好きだったと思う。会議の合間に飲んでたし」
「まじか……情報がありがてぇ……」
「でもさ。結局本人に聞くのが一番早くない?」
美優のド直球が、全員の心臓に刺さる。
「……ぐぅの音も出ねえ……」
要が崩れ落ちる。
「さすが湊の妹……」
「まぁ、がんばんなさいよ」
「会長が兄さんのどこを好きになるのかは……うん、謎だけど」
「でも、ゼロではないかもね」
「いや、姉では?」
陽翔がぽつりと呟き、皆が首を縦に振った。
「姉御感すごい……」
「は……はわわ……」
純はすでに限界らしく、ふらっと立ち上がったあと、静かに座席に倒れた。
「し、純っ!?」
「お、お姉さんがこわい……」
そして──
「「「「姉御ーーーー!!!」」」」
美優が「あんたら全員アホでしょ」と呆れて手を振る中、
リベルテの天井に、バカたちの絶叫が響き渡った。
***
──その夜。
湊は、自室のベッドに寝転びながらスマホを眺めていた。
AICOは寝落ち(自動電源オフ)したらしく、画面は静かだ。
美優の言葉を思い返しながら、紅茶の名前を検索していると──
画面に、1件の通知が届く。
《椎名瑠璃:今週、放課後空いてたりする?》
心臓が、跳ねた。
何度も読み返して、意味が合ってるか確かめて──
震える指で、返信を打ち込む。
《うん。空いてるよ。》
送信ボタンを押すまでに、30秒かかった。
たった6文字の返事なのに、息が上がるほど緊張した。
だけど──
その夜、湊はなかなか眠れなかった。
理由は、聞かなくてもわかる。
【次回予告】
第十二話:それは、恋かもしれない
デート第2ラウンド、開幕!
舞台は紅茶と雑貨のちょっとおしゃれな放課後タイム
だけど、ただのデートじゃ終わらない──
湊の中で、確かに何かが変わっていく。
「この人といると、自分が変われる気がする」
それって、もしかして……?
そして、反省会(という名の進化イベント)にて、
あのAIが── ついに覚醒!!!
次回、Ver.3.0降臨ッ!
名乗りは中二、セリフはポエム、
「我が左眼が疼く……恋の気配だと?」
恋愛サポートAI・AICO、第三形態に進化します。
──次回、『それは、恋かもしれない』
その恋、厨二病レベルにて解析開始!
ここまでお読みいただきありがとうございます!
第十一話は、妹・佐倉美優の本格参戦回でした。
クールで的確なツッコミ、そして男子たちを一蹴する姉御感──
兄の恋を見守る妹として、ちょっと背伸びしてるようで、
でもどこか本質を見抜いているような、そんなキャラを目指しました。
そして今回の舞台は喫茶店「リベルテ」。
ふざけた“名物”に、恋バナ、AIの乱入……からの妹降臨。
男子校ラブコメらしいドタバタ感を楽しんでもらえていたら嬉しいです。
次回はいよいよ、椎名との“二度目”のデート。
湊にとって、それはただのお出かけじゃなくて、
“自分の中の気持ち”と向き合う、大きな一歩になります。
さらに、AICOにもある変化が──?
次回もぜひお楽しみに!




