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男子校、恋愛未履修、恋の先生はAIです。  作者: なぐもん
第2章 AI先生、恋を教えて下さい
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第九話 初デート! ジムリーダー・シーナに いどめ!

スマホの通知は、少し前に気づいていた。


画面の下の方に、「佐倉 湊」からのメッセージ。



こんにちは。文化祭の日、ほんとにありがとう。

あれから、なんとなくまた話せたらいいなって思ってました。

よかったら、今度どっかでちょっとだけお茶でもどうですか?



文面は、やさしくて、素直で。

でも──椎名瑠璃には、少しだけ重く感じられた。


「……どう返せばいいんだろう」


電車の中、制服のポケットにスマホをしまいかけては、また取り出して。

通知だけ見て、画面を閉じる。それをもう、何度繰り返したか分からない。


返信しなきゃいけないことは、ちゃんと分かっていた。


でも、「ありがとう」「いいよ」って打とうとするたびに、

どこかで指が止まってしまう。


──男の子と、ふたりで出かけるって、どんな気持ちで受けたらいいんだろう。


気づけば、もう丸一日が過ぎていた。


そのことを話せる人は、ただひとり。



放課後、図書室の裏手のベンチで、親友の橘あかりに相談する。


「えっ、既読スルーしてんの? やばくない?」


「やばいよね……。でも、どう返せばいいか分からなくて……」


「そっか。……まさか、ルリが“返信悩む側”になるとは思わなかったな〜」


冗談めかしたあかりの声に、思わず顔を伏せる。


「うぅ、やっぱり変だよね、わたし」


「変じゃないよ。そう思うってことは……その子のこと、ちゃんと考えてるってことじゃん」


あかりは、膝をぽんっと叩いた。


「でもな〜、深刻に考えすぎると、逆に“気まずい既読スルー”になるからさ? まずは返そ。軽くでいいから」


「軽く……」


「うん、たとえば──“お茶、いいよ。行ってみたいカフェがあるんだ”とか」


それは、不思議としっくりきた。


“断る理由を探す”んじゃなくて、“その気持ちにちょっと寄り添う”だけでいい。


「……うん、ありがと。あかり」


「よし、じゃあ次の休みに作戦決行だね! ルリのデビュー戦、応援してるからっ!」


あかりの“応援”という言葉が、ほんの少しだけ背中を押してくれた。



そして、当日。


俺は、カフェの最寄り駅に少し早めに着いていた。


「……早すぎたかな」


何度もスマホを確認しては、服を直したり、髪を整えたり。


AICOに「初デートは“爽やか”と“清潔感”のハイブリッドで攻めよ☆」って言われて選んだシャツと、薄手のジャケット。


鏡を見たときは「まあまあ……?」って感じだったけど、今はただただそわそわしてる。


手汗がじっとりにじんできて、ポケットの中でこっそり拭った。


そして──


「おまたせ」


声がして振り返った瞬間、俺の思考が止まった。


グレージュのニットに、深緑のロングスカート。

首元にはベージュのストールが巻かれていて、季節の風をふんわり受けてた。


「し、椎名さん……!」


「そんなに驚かなくても……」


「いや、なんか……すごい、雰囲気ちが……いや、似合ってます」


ぎこちなく、でもまっすぐにそう言った。

椎名さんは少しだけ目を見開いて──


「そっか。……ありがと」


胸が、どくんと跳ねた。


──これ、俺だけが舞い上がってるんじゃないよな?


ほんの小さな“答え”を確かめるみたいに、俺たちは歩き出した。



静かなカフェの、窓際の席。


木のテーブルには、注文したドリンクとスイーツが並んでいた。


「……あっ、やっぱそっち頼めばよかったかも」


椎名さんが、俺のプレートをちらりと見て笑う。


「え、なんで? そっちのほうが美味しそうに見えるけど」


「うん、美味しいよ? でもそっちは期間限定って書いてたから……ちょっと気になってて」


「えっ、じゃあ……よかったら、交換する?」


「え、いいの? ……じゃあ、半分こしよっか」


ぎこちない。でも、どこかあたたかい空気だった。


スイーツの話から自然と会話が広がって、椎名さんが「方向音痴でよく駅で迷う」って笑えば、俺も「自分もこのカフェ、地図見ても迷った」と返す。


「それで、駅前うろうろしてたの? たぶん、それ私も見てたよ」


「まじか……恥ずかしっ」


「ううん。ちょっと可愛かった」


さらっと、でも確かにそう言われた。


耳がほんのり赤くなっていくのが自分でもわかった。


……バレてないといいけど。



会話が一段落して、ふたりそろってカップを手に取った。


「……文化祭の日、ありがとう。ほんと、楽しかった」


ちょっと照れくさいけど、俺の気持ちはまっすぐだった。


椎名さんは少し驚いたように目を見開いて、そして頷いた。


「……うん。私も。来てよかったって思ってるよ」


窓の外を流れていく街の風景。

その一瞬だけ、時間が止まった気がした。



店を出たあとの空気は、少し冷たかった。

でも、日差しはやわらかくて、穏やかな午後だった。


「ねえ、佐倉くん。もし、時間まだあるなら……」


「うん?」


椎名さんが小さく笑う。


「行きたい場所があるんだけど、一緒に行かない?」



住宅街を抜けて、坂を登る道。

街の喧騒が遠くなっていくのと同時に、俺の緊張もゆっくりとほどけていった。


「……ここ、よく来るの?」


そう聞くと、椎名さんはうん、と頷いた。


「うん。昔から、迷ったときとか、考えたいことがあるとき、ここに来てた」


坂の先にあったのは、街を見渡せる高台。


見晴らしの良い景色と、どこか懐かしい風が、ふたりの間を優しく通り抜けていく。


「……いい場所だね」


「でしょ? でも、今日みたいに誰かと来たの、初めて」


椎名さんはベンチに腰を下ろして、俺を見上げた。


「なんとなく……見せたかったんだ。この景色」


俺も隣に腰かけて、小さく息を吐いた。


「……ありがとう。うれしいよ、そんなふうに言ってくれて」


目の前に広がる光の景色よりも、心に残ったのは──

ほんの少し、距離が近づいた“気持ち”だった。


──誰かと少しずつ距離が縮まっていくのって、悪くないな。



陽が傾き始めた帰り道。

金色の光が街を照らして、ふたりの影が長く伸びていく。


「……今日は、ほんとにありがとう」


信号待ちのタイミングで、俺はぽつりと口にした。


「椎名さんと、こうやってちゃんと話せて、うれしかった」


「うん。私も……すごく楽しかったよ」


隣を歩く距離が、少し縮まった気がした。


さっきまでの緊張が、少しずつ溶けていく。


「……もうすぐ、冬だね」


椎名さんが空を見上げながら、静かに言った。


「うん。寒くなる前に、またどこか行けたら──」


俺が言いかけたところで、椎名さんがそっと笑った。


「うん。……わたし、誘ってもらえて、ほんとによかったって思ってるから」


その言葉だけで、胸の中があたたかくなった。


──うまく話そうとするよりも。

──正解を選ぼうとするよりも。


“相手を知りたい”って思う気持ちが、一番大事なんだ。


AICOが言ってた“恋の基本”。

今なら、ちょっとだけ分かる気がした。



部屋に戻った瞬間、スマホから元気な声が飛び出した。


《おかえり〜っ☆ でーと、おつかれさまっ♡》


AICOだ。


起動と同時に、画面の中央にはド派手なピンクのポップアップが開いてた。


【 今日の恋愛ふりかえりシート】

【ミッション:恋の“はじめて”をクリアせよ!】


「おまえ……また変な演出つけて……」


《えへへ〜! だってだってぇ〜? はじめての“デートクリア”だもんっ! これはお祝いしなくっちゃ☆》


AICOがくるくる回りながら、紙吹雪(風のエフェクト)をばらまく。


《で、どうだった? ちゃんと“すきって思える時間”になった?》


「……ああ、うん。楽しかったし、たくさん話せた」


《よっしゃ! ポイント高いねっ☆ それがなにより大事なんだよ〜》


「ポイントとかあんのかよ……」


《あるよぉ! 恋のけいけんちっ♡ これがたまるとね、つぎの“とってもむずかしいミッション”にも挑めるのだ〜!》


苦笑しながら、俺はパソコンの前に座る。


「……今日だけは、ちょっとおまえの言うこと正しかったな」


《え!? なにそれ!? いま、ろくおんした!? このセリフ、メモリに記録しとこ!》


AICOがぴょこぴょこと跳ねながら、ハートマークをばらまいてくる。


《──じゃあ、つぎはどんな“こいのトレーニング”かな〜?☆》

《たのしみにしててねっ、おにいちゃん♡》


画面がフェードアウトして、俺は椅子にもたれかかりながら、天井を見上げた。


……“次”が楽しみになるって、悪くないな。


AICOと椎名さん。

少しずつ変わっていく時間の中で、俺の中にも確かに何かが芽生え始めていた。


──それが「恋」かどうかは、まだ分からないけど。



【次回予告】


ついに椎名さんとのデートを終えた湊。

こっそり行ったつもりだったのに──

翌朝、教室の扉を開けると……



「で、出たあああああ!!!」

「勇者様じゃ!!! 伝説の恋人デートを成し遂げし者じゃー!!」

「おんぶしろ! 肩車しろ! なんか担げぇぇ!!」


湊「え、え、えっ!?」


……誰かが漏らした!? 男子校の謎ネットワーク、恐るべし。



次回、第十話「湊、そして伝説へ。」


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