第6話:優秀でポンコツなモブ王女
――――――――――リマイダ及びフーリンがアカデミーに入学して四ヶ月後、前期終業の日。フーリン視点。
アカデミーで一年次半期が終わってわかったことがある。
無論リマイダについてだ。
あのオレより二日だけ姉である女は相当おかしい。
王女という身分、金髪の輝くような美貌、座学でトップを誇る成績、にも拘らず誰とでも交友しようという積極的な姿勢。
入学時に知名度が低い、本人が言う『モブ王女』であったことは確かだと思う。
が、淑女でありながら気さくなリマイダは、アカデミー入学後瞬く間に人気者になった。
特にネオリス・ミルズホープ侯爵令息やキャロライン・エルシャイロス侯爵令嬢はリマイダに入れ込んでいるようだ。
ネオリスは婚約者にしたいと考えているようだしな。
わかる。
正直姉でさえなかったら、オレだって惚れているだろう。
しかしあれほど社交的なリマイダが、どうしてアカデミー入学前にはほぼ存在感がなかったんだろうな?
オレもサロン以外の印象がない。
不思議ではある。
思えばオレの同母姉達もまた、社交には積極的ではなかったな。
王子が重視されるセルティア王国で、王女に共通する心理なのかもしれない。
もっとも入学後は好奇心の方が勝って、リマイダは誰とでも話すということなのではないか。
本当のところはわからんが。
一学年前期の成績表が返ってきた。
リマイダは座学で並ぶ者なきスコアであるのに、総合ではオレがトップなのだ。
どうしてか?
リマイダは単位をもらえさえすれば、スコアが良かろうが悪かろうが全く頓着しないらしい。
特にダンスと芸術体育選択科目が壊滅的なのだ。
オレもダンスで何度足を踏まれたかわからん。
いや、王子であるオレのパートナーになりたい女子生徒は多いから、対象外である姉リマイダとばかり組まされることは理解している。
が、本当に勘弁して欲しい。
リマイダは体力はあっても、どうやら運動神経がないようだ。
またリマイダは芸術科目で絵画を選択した。
理由を聞いたら、とにかく描いて提出すれば単位をくれるから、だった。
『明るい未来』という課題のテーマで描かれたリマイダの絵はオレも見た。
というか全生徒の間で評判になったのだ。
悪い意味で鳥肌の立つ代物だったから。
絵画教師が『根源的恐怖』と改題し、王都の絵画コンクールに出品したところ、見事金賞を勝ち取った。
しかしリマイダの絵画科目としてのスコアは最低点だった。
課題に即した絵とは到底認められなかったから。
優秀で気の使える美人で、しかもポンコツ。
こんなのモテないわけがない。
どうしてリマイダほど目立つ王女が、アカデミー入学までほとんど注目されていなかったかというのは、王国の七不思議に数えてもいいくらいだと思う。
幼少期のリマイダはどうだったのかと、オレが聞かれることも最近しばしばあるのだ。
しかしオレだって離宮に閉じこもっていたリマイダの動向なんて知るわけがない。
サロンを開く前は気に留めてさえいなかったんだから。
「あら、フーリン。今お帰りですの?」
リマイダだ。
淑女の仮面に隠れているが、喜んでいることはわかる。
理由として考えられるのは……。
「ダンスと絵画の単位を取れたことがそんなに嬉しいか?」
「わかります? さすがフーリンですね。気が変わったとかで、絵画の単位をくれなかったらどうしようかと思っていたのです」
やはり座学トップだからじゃなくてそっちか。
ちょっとこの謎の生き物の性格を理解してきたような気がする。
「……後期も芸術科目は絵画を取るのか?」
「絵画か彫塑、陶芸のいずれかですね。作品を提出しさえすれば単位はもらえるという話ですから」
「音楽系でもいいではないか。出席すれば提出の必要すらないだろう?」
「楽器の心得はありませんし、声楽は皆に迷惑がかかってしまいますから」
声楽は皆に迷惑って。
想像でき過ぎて怖い。
歩く音響兵器。
「刺繍は? 女子では一番人気だろう?」
「血だらけになってしまうのですよ。わたしには向いていなくて」
「怖い」
絵面がスプラッタだ。
聞かなきゃよかった。
まったくつくづくおかしい女だ。
「フーリンの剣術は美しいですよね」
意外なことを言われたような気がした。
剣術が美しい、か。
ああ、でも近衛兵にも似たようなことを言われた気がする。
「む? 強いでなくてか?」
「強いのは明らかではないですか」
控えめな笑顔を見せるリマイダ。
ふうむ、その顔は美しいな。
「女子が剣術を選択してもいいのだぞ?」
「わたしは運動音痴ですからムリです」
「相手の足を踏みまくってバランスを崩せばいいではないか」
「まあ! 後期のダンスを楽しみにしてらっしゃい。休業期間中に特訓して、わたしの進歩を見せてあげますからね」
ステップが鋭くなって、踏まれた時余計に足が痛い未来しか見えない。
◇
――――――――――第二側妃の離宮にて。
「母上、ただ今戻りました」
「ああ、フーリンね。いらっしゃい」
よかった。
今日はお加減が良さそうだ。
第二側妃である母イザベラは、精神を病んでいる。
王女を三人生んだ挙句発狂したと伝えられる第一側妃ニーナ様ほどではないものの。
今のオレが知ることではないが、当時の男児を生めという周囲からの圧力は凄まじかったらしい。
本来母上は快活な人だったと聞くが。
母上はオレの二人の同母姉のことをほとんど気にかけない。
オレに対する偏愛が甚だしい。
男子にしか王位継承権がないセルティア王国の闇がここにある。
おそらく第三側妃様の離宮でも似たような状況なのだろうな。
リマイダが自分のことをモブ王女と断じるのもムリからぬことだと思う。
もっともモブ王女というのは、オレの二人の同母姉にこそ当てはまる気がする。
「アカデミーでの前期の成績が出ました。総合ではオレがトップです」
「そう、フーリンは優秀ね。さすがあの人の子」
感情を把握できない、上っ面を滑るような言葉だ。
心がここにあらずといった感じ。
いや、よいのだ。
母上はオレを生み、立派に役目は果したではないか。
後はオレが第二王子として役割を全うすればいい。
「フーリン、こちらへ」
「はい」
母上の両腕に包み込まれる。
こんなことで満足できるならいくらでも。
せめて平穏を楽しんで欲しい。




