第3話:アカデミー入学式後、第二王子フーリンと
――――――――――アカデミー入学の日。リマイダ視点。
「おい」
「はい?」
王立アカデミー入学式の後、配属されたクラスを確認して帰ろうとしたところ、異母弟フーリンに呼び止められました。
異母弟と言っても、誕生日は二日しか違わないのですけれどもね。
モブ王女のわたしに挨拶でもしておこうという気を起こしたのでしょうか?
「暖かな日差しが心地良いですね。まるで今日入学の新入生を祝福しているようです」
「それ、オレの入学式挨拶の冒頭部分じゃないか。よく覚えているな」
「堂々としていて、さすがにフーリンだなと思いました。第二王子に相応しい貫禄で、貴賓席の陛下もお喜びでしたでしょう」
「ありがとう……いや、そうではなくてだな」
「はい?」
久しぶりに顔を合わせたから挨拶ということではないのでしょうか?
まさかモブ王女のわたしに用なんかないでしょうし。
とすると……。
「同じクラスですね。わたしは決して邪魔にならぬようにいたしますので、よろしくお願いいたします」
「そうでもなくてだな」
「はい?」
王位継承権保持者様に対して下手に出ろ、ということでもないようです。
では何でしょう?
ちょっとわかりませんね。
クラスは入学前の予備試験の成績によって振り分けられました。
わたしもフーリンも最優秀クラスです。
しかし何故かフーリンの目が険しいです。
第二側妃イザベラ様似の赤毛と鋭い眼差し。
フーリンはナップイェイツ辺境伯家の形質が強く出ているのでしょうね。
まだまだ背も伸びると思われます。
一言で言うと格好いい王子様ですねえ。
フーリンが警戒を崩さぬ目付きのまま言います。
「……予備試験でオレの成績は二位だったそうだ」
「はい、そう伺いました」
「一位が誰かも聞いた。リマイダだったと」
「たまたま知っているところが試験に出たのです」
ウソじゃないです。
わたしはモブ王女ですから、いい成績を取らなきゃいけないわけじゃないですし。
わたしは学ぶことが好きですけれど、試験のために復習するとかはあまり好みでないので。
「ダントツだったんじゃないか! 何故オレに新入生総代挨拶を譲った!」
ああ、わたしが総代挨拶を辞退したことが気に入らないのでしたか。
今までフーリンとは表面上の付き合いしかありませんでしたから、性格はよく知りませんでした。
意外と真面目で筋を通す人なんですね。
真面目であることは王に向いている資質かもしれません。
身体の弱いニコラス兄様に万一のことがあっても、フーリンがいるならセルティア王国は安泰でしょう。
「二位がフーリンと聞いたから、新入生総代を譲ったのですよ」
「わからん。どういうことだ?」
「簡単に言えば損得の問題です」
「損得だと?」
「わたしには王位継承権はありません。モブ王女です」
「……王位継承権がないことだけは同意しよう」
「ならば王位継承権を持つフーリンを立てておくべきではないですか。フーリンの優秀さを見せつけておくことこそが、我がセルティア王国のためでしょう?」
「つまり王家の求心力を高めるために、君は身を引いたと」
「わたしが出しゃばったところでメリットがありませんから」
理解しやすい理屈だと思いますけどね。
少しフーリンの表情の険が取れましたか?
「堂々とした挨拶で存在感があって、とてもよかったです。さすが第二王子フーリンだと思いました」
「うむ……あの『サイモン殿下のサロン』も同じ理屈か?」
「サイモンの名前を前面に出していることが疑問ですか? 同じ理屈ですよ」
「サイモンを押し立ててオレに対抗する、という意味ではないんだな?」
「は?」
ああ、なるほど。
ニコラス兄様がもし亡くなるようなことがあれば、フーリンとサイモンは玉座を争う敵同士ということですか。
「サイモンは素直ないい子ですよ。皆に愛される素質がありますから、将来王になったとしても、うまくやっていけると思います」
「ふむ?」
「同時に争いは嫌いです。大貴族のナップイェイツ辺境伯家出身のイザベラ様の子であるフーリンを追い落とそうなんて、冗談でも考えない子ですよ。フーリンもサイモンの気質くらいは調べているのでしょうけれども」
「しかし策謀を巡らすことのできる姉がいるだろう?」
策謀って。
フーリンはわたしのことを何だと思っているのでしょう?
わたしは世の中の様々なことを知りたいだけですよ。
王位がどうこうなんてことに興味はありません。
「もしわたしがフーリン以上にサイモンの存在感を増そうと考えているなら、今日の新入生総代の挨拶をフーリンに譲るメリットはなかったですね」
だって優秀な同母姉がいると印象付けるべきですから。
その場合フーリンに手を貸す理由がないでしょう?
でも実際に総代の挨拶をしたのは誰でした?
わたしとサイモンに玉座への野心がないからですよ。
「よくわかった。で、あのサロンは何なのだ?」
「サロンは完全にわたしの趣味なのです。いろんなお話を様々な角度から聞きたくてですね。特に固定のテーマで決まったメンバーでということではなく、開催日ごとにテーマや出席者を変えているんですよ」
「聞いている。勉強家だな」
「ただの趣味ですってば」
「しかしその趣旨だと、多くの人材と交流できることになる」
あら、まだフーリンはわたしとサイモンを疑っているのかしら?
もちろん人脈は大切ですけれど、サロンで知り合える人は有力貴族じゃなくて知識人が主ですからね?
「フーリンも参加してくれればよろしいではないですか」
「いいのか?」
「もちろんですよ。王子のフーリンが顔を出してくれるとなると、出席者も増えそうでしょう? わたしも嬉しいのです」
モブ王女のお遊びでは影響力がないですからね。
「興味はあったのだ」
「では次回から開催日とテーマについて、前もって連絡しますからね。興味があったら参加してくださいな」
「わかった。今後もよろしく頼む」
握手します。
いい笑顔ができるのではないですか。
フーリンは覇気がありますねえ。
しっかりしていて格好いいですし。
サイモンと比べてどちらが王に向いてるかと言われれば、フーリンの方だと思いますよ。
いえ、ニコラス兄様が健在であるのに、こんなことを考えてはいけないのでしょうけど。
「さらばだ。明日教室で会おう」