第1話:わたしはモブ王女ですから
セルティア王国は平穏で安定した国家と見られている。
王家は尊敬を集めており、農業商業が発展し、その富裕さでも知られているからだ。
ただ一つ問題があるとすれば、王統の継続についての不安だった。
確率の偏りとはしようのないもので。
セルティア王国では第一王子ニコラスが誕生した後、王の子として生まれたのは七人連続で王女だった。
ニコラスが頑健とは言えぬ体質だったから、一刻も早く第二王子が望まれていたにも拘らずだ。
セルティアでは男児にしか王位継承権がない。
第三側妃から八人目の王女が誕生した際に、『また女か……』と落胆の声が漏れ、側妃が『何故王子を生まないのだ』と謂れなき批判を浴びせられたのは、これまた仕方のないことだった。
その二日後、第二側妃から待望の男児が生まれる。
第二王子の誕生に王都はお祭り騒ぎとなった。
フーリンと名付けられ、大々的に発表された。
セルティア王国に安定と繁栄をもたらす名であると、その日の内に王都市民に知れ渡った。
二日前にリマイダという名の王女が誕生したことは、ほぼ無視されていた。
父親の国王ですら、しばらくその名を知らなかったくらいだ。
全く存在感がなかった。
これはそんな第八王女、本人はモブだと思い込んでいたリマイダの物語。
◇
――――――――――第八王女リマイダ七歳時。第三側妃の離宮にて。
「ねえさま、ごほんをよんでくださいな」
「ええ、よろしいですよ」
「ありがとうございます!」
「昔々、あるところに……」
サイモンはわたしより二歳年下の弟です。
うふふ、いつもニコニコしていてとても可愛いですね。
御伽話が大好きなのですから。
わたしも姉として可愛がってあげなくてはなりません。
サイモンに本を読みながら思います。
我が国セルティアについて。
男子にしか王位継承権がない国ですからね。
元々王子と王女の重要度には、天と地ほどの差があります。
そして現在のセルティア王家に、王女は多いですけれども王子は貴重です。
正妃ステファニー様の子、第一王子ニコラス兄様。
第二側妃イザベラ様の子、第二王子フーリン。
そして第三側妃であるマリサ母様の子、わたしの同母弟である第三王子サイモンの三人だけ。
王女はモブ王女のわたしリマイダを含め、一〇人もいますのにね。
子は神様からの授かりものですから、男だから女だからと文句を言うのは間違っているのでしょう。
でもセルティア王家でその理屈は通用しないのですねえ。
男女の待遇の差は厳然として存在するのです。
また王女の中でももちろん格差はあるのですよ。
マリサ母様はペリング子爵家の出です。
母様は多産の家系ということだけを評価されて、第三側妃になりました。
身分が高いわけではないですから、わたしは王女の中でも政略的価値が低いと思われます。
というかわたしは陛下の王子王女の内、最も価値がないです。
ハッキリ言ってどうでもいい存在なんじゃないですかね?
父である陛下と話したことすら数度しかないくらいですし。
多分陛下はわたしの名前など御記憶されていらっしゃらないでしょう。
わたしの立場は推して知るべし。
マリサ母様も可哀そうです。
男児を生むことだけを期待されて側妃になったわけですから。
いえ、これは母様に限ったことではないですね。
側妃はいずれも同じ境遇だと思われます。
結局男児を生めなかった第一側妃ニーナ様など、心を病んで実家に帰ってしまわれたそうです。
母様も大変なプレッシャーに晒されていたであろうことは、想像に余りあります。
わたしは覚えていませんが、赤ちゃんの頃はほとんど母様に構ってもらえなかったと侍女に聞いています。
でもマリサ母様の心情はよくわかります。
男児を生めという有言無言の圧力に押し潰されそうだった母様が、女児の自分を大事にしてくれるはずはありません。
弟サイモンを慈しむのは至極当たり前なのです。
王位継承権を持つ大事な男児なのですから。
よってわたしは両親の愛を期待してはいけません。
しかしわたしは愛を知らないわけではないです。
弟サイモンは幼い頃から、ねえたまねえたまとニコニコしながら寄ってくるのです。
何と可愛らしいことでしょう!
陛下と母様の愛を存分に得るサイモンですが、わたしの愛もちゃんと受け取ってくれるのですよ。
サイモンといる時だけは母様もわたしを気にかけてくれました。
やはりお腹を痛めて生んだ子供二人が仲良くしているのは、見ていて微笑ましいものだからでしょう。
最近では母様がわたしに話しかけてくることもあるんですよ。
それで十分ですね。
「……となりました。めでたしめでたし」
うふふ、サイモンは寝てしまいましたね。
ゆっくりお昼寝するといいですよ。
寝る子は育つと言いますから。
あなたは王位継承権持ちの大事な王子なのですから、元気であることが重要なのです。
侍女が話しかけてきます。
「リマイダ様。サイモン様をお預かりいたしましょうか?」
「お願いね。起こさないように」
「畏まりました。可愛らしい寝顔ですねえ」
「ええ、本当に」
サイモンは本当に可愛いです。
いつも機嫌よくしていて、癇癪を起こすこともないんですよ。
侍女達の評判もすごくいいんです。
きっと一〇年も経つと、年齢の近い令嬢方にモテモテになっちゃうと思います。
姉の贔屓目ばかりではないですよね?
「リマイダ様。そろそろ教師がいらっしゃるお時間ですよ」
「そうですね。参ります」
モブ王女のわたしはどうすべきでしょうか?
幸い名も知られていないとは言っても、一般的に王女の身分は軽くはないです。
贅沢でさえなければ、大概の望みはかなえられます。
と考えると、とっても恵まれているではないですか。
わたしは期待されてはいません。
でもそれは、わたしの足枷になるものではありません。
好きなことができるということですものね。
自由度が高いとも言えます。
わたしは知ること、学ぶことが大好きなのです。
欲しいものは……いろんな分野の教育係ですか。
ある程度今の勉強が進んだら、先生に様々な分野の知り合いを紹介してもらえば良さそう。
その内サイモンも仲間に入れてあげましょう。
だってサイモンも王子として、きちんとした教育を受けることが必要ですものね。
わあ、楽しくなってきましたよ。