第七話 妹、嫉妬を覚える。
次の日の朝。
俺は、朝食の目玉焼きを前に、悩んでいた。
「……これ、どうやって食べるのが“正解”なんだ?」
「塩でしょ、当然」
「いや、昨日はソースって言ってなかった?」
「その日の気分で変わるの。文句ある?」
「いえ、ありがたく塩でいただきます」
妹・碧純。
風呂上がり事件もなんとか乗り越え、体育祭のペアダンス問題も解決(仮)し、平穏な日常が戻ってきた――
と思った、その矢先だった。
「マカベぇ~。今日、ダンスの練習、放課後一緒にやらない?」
そう言って、教室に笑顔で入ってきたのは、元カノ・滝本美羽。
周囲の男子が一瞬ざわつく。
当然だ。学年屈指の美少女が俺にだけ距離近くて、しかも“元カノ”という噂が飛び交っているのだから。
「あのさ~、どうせなら合同クラスのメンバーとも練習したほうがいいと思わない?」
「……まぁ、それはそうだけど……」
「じゃあ、一緒にやろ? 碧純ちゃんも連れて、さ」
悪意がない“ように見える”その提案。
でも、俺には見えた。その笑顔の奥にある、試すような光が。
そして案の定、碧純は教科書を閉じ、静かに立ち上がった。
「別にいいけど。私は、お兄ちゃんと組むって決めたから」
「うんうん、知ってる。だから三人で練習するの。ね、マカベ?」
「お、おう……」
(やばい、なんか火種が投げ込まれた気がする)
放課後。体育館。
「マカベ、ちょっと手貸して」
「手を取る」シーンはダンス練習の定番。
でも今、それが地雷原の中心。
右手に美羽、左手に碧純。
ダンスのステップを踏むたび、俺の胃がキリキリする。
「リズム、合ってないよ。マカベ、もうちょっとちゃんとリードして」
「えっ、俺!? いや初めてなんだけど!?」
「じゃあ私がリードしてあげよっか♡」
ぐいっと腕を引く美羽。距離が一気に縮まる。
「ちょっ……近い近いっ!」
「なに赤くなってんの~? 昔は手ぇ繋ぐくらい普通だったのにね?」
「美羽……それはマジで誤解招くからやめてくれ……」
ちらりと、碧純を見る。
その目が、冷たい。
……あ、これ、完全に怒ってるやつだ。
練習が終わり、帰り道。
アパートまでの道で、俺と碧純は無言だった。
でも、言葉にしなくても伝わる空気って、ある。
いつものように隣を歩いてるのに、距離が遠い。
「なあ、碧純……さっきの、悪かった」
「別に」
「いや、ちゃんと謝らせてくれ。あれは、なんか巻き込まれててさ……」
「別にって言ってんでしょ。気にしてない」
「……でも、目がめっちゃ怒ってた」
「……怒ってない」
それは、明らかに嘘だった。
その夜。
リビングで並んでTVを見ていたはずなのに、彼女は突然立ち上がった。
「もう寝る。おやすみ」
「あ、ああ……おやすみ」
部屋のドアが閉まった音が、やけに重たく響いた。
俺は一人、残されたソファで小さくため息をついた。
「……やっぱり、怒ってるよな」
何に怒ってるのか。何が許せなかったのか。
そして――どうして、そんなふうに思うのか。
答えは、もう分かってる気がした。