第六話 妹と踊るか、元カノと踊るか、それが問題だ。
「なあマジで言ってんの? 体育祭のダンスペア“クラス内で自由に決めてOK”ってルール、正気か?」
昼休み。俺は教室の隅っこで、机に突っ伏していた。
つく北中等学園の体育祭では、例年「学年合同ペアダンス」がある。
男女ペアで行う、恋愛フラグが立つこと確定のリア充イベントである。
そして、ここが地雷。
俺のクラスには、**妹(しかも同居中)**と、**元カノ(しかも天然系モテ女子)**の両方が在籍しているという、地獄の三角形が完成しているのだ。
「うわ~マカベ、誰と組むんだろ~。やっぱ妹ちゃん?」
教室の向こうで、元カノ・滝本美羽が笑顔を浮かべていた。
わざとだ。ぜっっったいわざとだ。
「ねえ、マカベ。あたしと組んでみる? ほら、昔のよしみってことでさ♡」
「勘弁してくれ、俺は平穏を望んでいるんだ……!」
「えー? 平穏なんて、マカベに似合わなーい」
天使のような笑顔と、悪魔のような煽り。
それが、元カノ属性の怖さである。
と、そこに。
「……マカベくん、私と組まない?」
隣の席から、小さな声が響いた。
見れば――妹・碧純が、プリントをめくりながら、目を合わせずにぽつりと呟いた。
「え? お、おい碧純、今なんつった?」
「“妹”と組めば、外野もうるさくないでしょ?」
「えっ……それって、つまり……」
「別に……イヤじゃないってだけ。昔も踊ったし。夏祭りの盆踊りで」
「な、懐かしいなそれ……」
言いながら、心臓がバクついている。
もしかしてこれ、妹からの、ペアのお誘いでは――!?
「おーいマカベ~?」
そこに美羽が割り込んでくる。
「今さ、碧純ちゃんと踊るって話してた?」
「い、いや、ちょっと雑談というかその、なあ碧純?」
「……私はどっちでもいい」
すっと立ち上がる碧純。
「ただ、断るならちゃんと“自分の意思で”断ってね。元カノの顔色うかがってるように見えるの、ダサいから」
そのままプリントを持って、廊下へと出ていってしまった。
教室が一瞬、静かになる。
あ、やべえ。俺、なにか決定的にやらかした気がする。
その日の放課後。
俺は、階段の踊り場で、黙って妹を待っていた。
教室では話しかけられなかった。視線も合わせてくれなかった。
でも、伝えなきゃならない言葉がある。
ようやく姿を現した彼女に、俺は声をかけた。
「……碧純」
「……なに?」
「ごめん。あのとき、ちゃんと答えるべきだった。お前と踊るの、俺、全然イヤじゃないし。むしろ――その、ちょっと嬉しかった」
「……」
「だから……もしよかったら、ペア、俺と組んでくれないか?」
彼女は、じっと俺を見つめたあと、ほんの少し、笑った。
「……別に、最初からそのつもりだったし。変なこと言ってごめん。こっちこそ」
その笑顔に、なぜか胸があたたかくなった。
ただし。
その場面を、元カノに見られていたという事実は――このあと、恐るべき修羅場を呼ぶことになる。