第四十八話 夜這い未遂と、隠された本音(修学旅行・二日目・夜)
午後九時。旅館の廊下はすっかり静まり返っていた。
男子部屋の布団の中で、俺はまったく眠れずにいた。
明花の笑顔、ひよりの言葉、ルナの腕の感触。
そして――碧純の“あの夜”のこと。
(この旅行、心臓に悪すぎる……)
そんなことを考えていた時だった。
障子の向こうから、わずかな気配。
"す……っ"という畳の上の足音。
そして――
「契約者、目覚めているか?」
囁くような声。
障子がすっと開き、黒い影が忍び込んできた。
「ルナ! お前、また来たのかよ!?」
「“また”ではない。“今度こそ”だ」
そう言って、ルナはすっと俺の隣の布団に滑り込んだ。
「おい!? ちょ、これはマジでアウトだって……!」
「心配無用。精神交信による契約更新だから、肉体的接触は“最小限”に抑えられる」
「“最小限”って、お前それ――!?」
マントの裾が俺の顔にかかり、ルナの香りがぶわっと鼻をつく。
香水とスパイス、そして風呂上がりの肌の温もりにほんのり混じった体臭。
あまりにも女の子で、混乱した。
「……私ね、ほんとはこういうキャラ、やめたいときもあるんだ」
「え?」
唐突に、ルナの声が素に戻る。
「全部キャラで押してるけど、明花さんやひよりさんみたいに知的でもないし、碧純ちゃんみたいに幼なじみポジでもない。
だから、変なキャラに逃げてるだけなのかも、って……最近、怖くなる」
それは――初めて聞く、霧咲ルナの“本音”だった。
「でもね、真壁くん」
彼女は俺の布団に顔をうずめながら、小さく言った。
「それでも、君に一番近づけるのが“霧咲ルナ”だって信じてるの。
だから……お願い。今日だけは、このまま一緒にいさせて」
俺はしばらく何も言えなかった。
けれど、そっと毛布をもう一枚引き寄せて、ルナの肩にかけた。
「……わかった。ちゃんと“霧咲ルナ”として、俺も見てるから」
ルナの背中が、ふるっと震えた。
「……ありがと。契約者」
翌朝。男子部屋。
「おーい、起きろー! 朝風呂の時間だぞー!」
先生の声と同時に、布団の隣のルナがビクッと跳ね起きる。
「くっ……我が肉体が現実世界に晒される時……!」
「いいからマントを取れ」
こうして二日目の夜は、夜這い未遂と本音告白で終わった。
だが――俺はまだ知らなかった。
この日、“誰か”が、ルナと俺の密室を“見ていた”ということを。
(つづく)




