第三十一話 ずっと見てた。だから、わたしを見て
金曜日。昼休み。
俺は、教室の隅で弁当を食べていた。
碧純は生徒会の用事で不在。
明花は保健室にプリントを届けに行っていた。
ひとり。……のはずだった。
「……真壁くん」
静かな声が、俺の右後ろから届いた。
振り向くと、そこにいたのは――暁月ひより。
まるで空気のように存在感のない彼女が、
今日に限っては、異様なほど、存在が濃く見えた。
「あ、ああ。暁月さん……えっと、なにか用?」
「……あるよ。今日、屋上に来て。放課後、ひとりで」
それだけ言って、彼女はくるりと背を向けた。
(屋上……? まさか、これって……)
“告白”。
その単語が、頭に浮かんだ瞬間、心臓が跳ねた。
放課後。
屋上への階段を上る足が、やけに重い。
(何が目的だ? まさか、俺のこと好きだとか? いや、考えすぎだよな?)
ドアを開けたその先――
誰もいない。
かと思ったが、手すりのそばに彼女はいた。
風が、彼女の制服のスカートを揺らしていた。
「……来てくれたんだ」
「……ああ。呼ばれたし」
「ふふ。ちゃんと“ひとり”で来てくれて、嬉しいな」
沈黙。
風の音だけが、ふたりの間を通り過ぎていく。
そして、ひよりは言った。
「真壁くん、わたしのこと、覚えてる?」
「え? ……いや、ごめん。あんまり話したことがなくて……」
「そうだよね。だって、“話しかけたこと”は、一度もないから」
そう言って、ひよりは笑った。
でも、その笑みは――どこか、ひび割れていた。
「でも、ずっと見てたよ。
君が誰と話して、どんな声で笑って、どんな顔で黙るか。
好きな食べ物も、嫌いな授業も、寝癖の傾きも、全部――毎日、見てたの」
「……っ」
「観察、じゃないよ。……恋だよ、これは」
彼女の目は、真っすぐだった。
狂っているのに、綺麗すぎるほど真っすぐだった。
「わたしね。真壁くんの、“本当の顔”を見てるつもり」
「本当の顔……?」
「妹さんといるとき、転校生といるとき――
君は、優しくて、鈍感で、ちょっとズルくて。
でもそれって、演技じゃない? 本音、どこにあるの?」
彼女は、一歩、俺に近づいた。
「わたしには……見せて。
誰にも見せてない、“裏側の君”を。
わたしが、誰よりも長く見てきたから――わたしなら、ちゃんと受け止められるから」
手を伸ばされる。
その指先が、俺の制服の袖に触れたとき――
初めて、**彼女が“本気で迫ってきている”**と、全身が理解した。
「わたしと、もっと話して。
わたしと、ふたりきりで、いて。
わたしだけを……見て。」
その声は、かすかに震えていた。
でもそれは、不安からではなく――感情の爆発を、必死に抑えていたから。
俺は、言葉を探した。
だが、何も出てこなかった。
ただ、ひとつ確かだったのは――
暁月ひよりという少女は、すでに手遅れなくらい、俺に向かって落ちていた。
(つづく)




