第二十八話 お兄ちゃん、今日のお弁当、どっちがいい?
水曜日の朝。
リビングの食卓に座った俺は、見た。
――テーブルの上に、ふたつの弁当箱。
「え?」
「……今日のお昼用、作ってみたんだ」
そう言ったのは、碧純だった。
彼女はいつもより早起きしていたようで、エプロン姿のまま、キッチンに立っていた。
「これと、これ。どっちか選んで」
「どっちも碧純の手作り?」
「ううん。一個は私。もう一個は――」
「おはようございます、真壁くん」
明花が、タイミングよく登場した。制服にカーディガン、手には水玉の保冷バッグ。
「私も、お弁当作ってきたの。よかったら、食べてみてくれないかなって」
(えっ……えええっ!?)
視線を横にやると、碧純が笑っていた。
無表情に、笑っていた。
「じゃあ、お兄ちゃん」
彼女は弁当箱を差し出す。
「今日のお昼――どっちのお弁当、食べる?」
教室。昼休み。
俺の机には、ふたつの弁当箱が置かれていた。
片方は、碧純の。定番の卵焼き、唐揚げ、彩り豊かな副菜。
もう片方は、明花の。おにぎり数種、手作りの煮物、ちょっと高級感のある和テイスト。
(どっちも……めっちゃ美味そう……てか、どっち選んでも地雷案件じゃん!)
周囲の男子がざわつき始めている。
「え、マジであれ、妹と転校生の間で取り合いされてるの?」
「うらやま死刑」
「胃袋バトルとか正妻戦争じゃん」
そして、明花がにっこり。
「真壁くん。今日のメニューはね、秋刀魚の照り焼きと、舞茸ご飯。季節感、意識してみたんだ」
その言葉にかぶせるように、碧純が言った。
「私は、いつも通り。お兄ちゃんの“好物”ばっかり」
「……」
沈黙。
完全なる包囲網。
(いや無理!!選べねぇ!!!)
そのとき。
「……じゃあ、こうしよう」
碧純が静かに言った。
「半分ずつ、シェアしようよ。それなら、平等でしょ?」
「え? それって――」
「ほら、どっちか一方選んだら“選んだ方”に偏るってことでしょ?だったら“どっちも”にすればいい」
彼女の顔は、笑っていた。
でもその笑顔の奥に、ほんの少しだけ、張り詰めた何かがあった。
明花も、苦笑いしながら頷く。
「……ふふ、まさか“どっちも選ぶ”なんて、ずるいな」
「私は、そういう“ずるさ”も含めて、お兄ちゃんが好きなんだけど」
「私も。“ずるさ”の中に、本音が見える人って、素敵だと思う」
(やばい。俺の昼食のまわりだけ、空気が濃すぎる)
そして、昼食タイム。
ひと口ずつ、弁当を交互に食べていく俺。
その様子を、両サイドから見つめるヒロインふたり。
「……どう? 私の唐揚げ、いつもと同じ味?」
「う、うん。めっちゃ安心する味」
「私の舞茸ご飯は? おだしから取ったの」
「う、うまっ……お上品すぎて、お弁当じゃないレベル……」
(俺の胃袋が、ふたりの愛情で裂かれる!!)
昼休みの終わり。
弁当箱をしまうとき、碧純がそっと俺に囁いた。
「……勝負は、これからだよ」
その隣で、明花も静かに言った。
「“恋”って、時間の長さより、“想いの深さ”で決まるのよ?」
――ふたりの戦争は、まだ始まったばかりだった。




