第二十一話 見たら殺すって、言ったよね?
「……しよっか。練習、キスの」
あの言葉が、今も耳の奥でリピートしている。
結局、間一髪で先生に助け出され(という名の邪魔をされ)、
俺たちは“なかったこと”のまま帰宅した。
だけど――そのままで済むほど、俺たちはもう“子ども”じゃなかった。
夜。22時過ぎ。
碧純が先に風呂に入り、俺はリビングでアニメの録画をぼーっと眺めていた。
でも、集中できるはずもない。
(あの時……あと3センチ、距離が縮まってたら)
(俺は――どうしてた?)
そんなことを考えていたそのとき。
バタンッ!
脱衣所のドアが乱暴に開く音がした。
続いて、廊下から駆けてくる足音。
「ちょっ、タオル落とした!着替えっ、えっと!」
そして――
碧純、バスタオル1枚で登場。
しかも――濡れ髪で、右手にはタオル、左手には…何も持ってない。
「お兄ちゃん、部屋着の……っ!? はあぁあああああああああああっ!?!?!?!?!?」
目が合う。
彼女の動きが止まる。
俺の思考も止まる。
そして、そのままバスタオルが、重力に逆らえず――
ずるっ。
「――――――――――――っっっ!!!!!」
白。ピンクのレース。少し湿った肌。
何かの神が俺に試練を与えているとしか思えなかった。
「お兄ちゃんの変態!!!!殺す!!マジで殺す!!!!目潰す!!」
「ちがっ、見てない!今のは事故!重力の陰謀!神の悪戯!」
「“見たら殺す”って、言ったよねッッ!!!!???」
5分後、俺はソファに倒れていた。
左頬には冷却ジェル。
頭にはラップ巻きの保冷剤。
「……なんで俺、毎回被害者なんだ……」
うめきながら、天井を見つめる。
でも――なぜか、心は苦しくなかった。
だってさっき、彼女がタオルを拾いながら、
小声でこう言ってたのを、俺は聞き逃していなかった。
「……ほんとは……見られても、いいって思ったのに……」
寝る前。
リビングの電気を消すとき、
碧純が廊下からひょこっと顔を出した。
「お兄ちゃん」
「ん?」
「……さっきのこと、誰にも言ったら、本気でキレるから」
「言うわけねえだろ!」
「あと、夢でキスとかしないでよ。……するなら現実でして」
「っておおおおい!?!?!?!?!?!?」
返す言葉も出ないまま、彼女はふわっと笑って、部屋へ戻っていった。
扉が閉まったあと、俺はその場で崩れ落ちた。
「……この妹、どこまで本気で、どこまで天然なんだ……俺の理性が死ぬ……」




