第二十話 消灯後、ふたりの教室で
文化祭の後片付けで、校舎内はバタバタしていた。
俺と碧純は、クラスで使っていた道具の返却のため、理科室倉庫へと向かっていた。
すでに日は落ち、校舎の照明も一部は消え始めていた。
「えっと……このビーカー、棚の右下だったよな」
「それ、上の棚。下のは割れたやつ置く方」
「あぶね! 完全にやらかすところだった!」
「ほんと、もう少し丁寧に生きて?」
「人生に厳しいな!?」
そんな掛け合いも、普段どおりだった。
でも――事件は、静かに、起こった。
カチッ。
という音と同時に、廊下の電灯が落ちる。
「……え?」
ガシャッ。
外のドアが閉まる音。
そして、聞こえるのは自分たちの息遣いだけ。
「……え、えええ!? いまの、まさか……」
閉じ込められた。
「マジで!? ちょっと先生!? 聞こえてます!? 誰かいませんかー!!」
「無理だって。全部終わったあとだし、スマホ、圏外」
「詰んだ!!!!」
理科準備室に閉じ込められた俺と妹。
狭い部屋。明かりなし。カーテン越しの月明かりだけ。
静かに、そしてゆっくりと、意識しなくていいものが頭を支配してくる。
「なあ……これ、いつ出られるんだ?」
「朝まで?」
「笑えねえぞ……」
沈黙。
ふたりとも、椅子に座っている。
けれど、距離は――ほんの数十センチ。
「なあ、碧純」
「……なに?」
「今日、楽しかった?」
「……うん。楽しかった。
でも、すごく疲れた。……感情的に」
「……俺も」
「“ごっこ”だってわかってるのにさ。
それでも、手をつなぐとき、本気で意識してた」
「俺も。ドキドキしてた」
「……じゃあ」
碧純が、そっとこっちを向いた。
月明かりに照らされたその顔は、ほんのり赤くなっていて。
「“ごっこ”じゃなかったら、どうする?」
「……」
返事は、すぐに出せなかった。
でも、その沈黙が“答え”になってしまう前に――
手が、重なった。
彼女の手が、俺の手に重なって、そして……絡んだ。
「……しよっか。練習」
「……練習?」
「……キスの。……“ごっこ”で」
喉が、カラカラになった。
身体は、動かない。
心臓だけが、尋常じゃないほど跳ねてる。
彼女の顔が、ゆっくりと近づいてくる。
目が、合う。
距離、5センチ。
3センチ――
――カチャッ。
ドアの鍵が開く音。
「……えっ」
「こらー、誰だ!まだ中にいるのか!おーい!」
先生の声だった。
「……助かったぁぁああ!!」
「……最悪ぅぅうううう!!!」
その帰り道。
俺たちは、最後まで何も言わなかった。
ただ――手は、つないだままだった。




