第十九話 恋人ごっこなんて、したくないのに
文化祭前、ホームルームの終わり際。
「というわけで、今年の『カップルスタンプラリー』には、全学年からのペア参加が可能です!」
担任のテンション高すぎる声と共に、教室がざわめいた。
「え? ガチでカップル限定なの?」
「え、リア充イベ!? そんなの聞いてねえ!」
「俺、妹と出るわww」
「それ、うらやま死刑!」
そんなバカ話が飛び交う中、俺の背中をコン、とつつく指があった。
……碧純だった。
彼女はプリントを見つめながら、小声で言った。
「……出ようよ、これ」
「……は?」
「カップルごっこ。どうせ出なきゃいけないなら、私と出ればいいじゃん」
「ちょっと待て、俺たち“兄妹”だぞ?」
「戸籍上は、従妹。誰も気にしないよ」
「気にするのは俺の心臓なんだよ!!」
「大丈夫。“ごっこ”だから」
その“ごっこ”って言葉の重みに気づいてないのか、
それとも、わざと乗せてきてるのか。
彼女の瞳は、どこまでもまっすぐだった。
文化祭当日。
俺は、カップル証明書を首から下げ、
クラスのカフェで「いらっしゃいませ~♡」という惨劇に包まれていた。
その隣に立っているのは、
私服風アレンジ制服+サイドポニー+控えめなアクセサリー姿の――
妹。
……いや、もうこれ、妹って顔してない。
「お兄ちゃん、次のスタンプ、あっちの中庭みたいだよ?」
「あっ、ああ。あの、えーと、手、つなぐの?これ?」
「“恋人ごっこ”でしょ?」
ぬるっと手を絡めてくる碧純。
指の間まで絡めてくるとか、それもうアウトだろ。
(これ、どの辺まで“ごっこ”で許されんの!?)
中庭、フォトブース。
「はい、次のカップルさーん! 撮影タイムでーす!」
「え、なになに!? 写真まで撮るの!?」
「はい、くっついて! はいポーズ♡」
「くっ……!」
俺は、腕を組まれる。
碧純の胸が、服越しに確実に触れている。
そして頬がすぐ横にある。リップの甘い香り。
そして――
「はい、撮りますよ~、ちゅーするフリも大歓迎です♡」
「……っ!?」
カメラマンの冗談に、周囲が「きゃー♡」と盛り上がる中。
碧純が、こっそり耳元で囁いた。
「……する?」
「しないわ!!!!」
「ふふ、顔真っ赤」
「当たり前だバカァ!!」
文化祭の終盤。
校舎裏の裏庭、スタンプコンプ後の“景品交換場所”。
ふたりきりの時間が訪れた。
俺は言った。
「……なあ、今日のアレ、ぜんぶ“ごっこ”だったんだよな?」
「うん。ごっこだよ」
「……全部?」
「……」
碧純は一歩、俺に近づいた。
風が吹いて、髪がふわりと揺れる。
「“ごっこ”だよ。
でも、ちょっとだけ、本当でもよかったって思ってるのは――
たぶん、私だけじゃないって、信じたい」
「……」
その一言が、
“兄妹”という仮面を、ほんの少しだけ、剥がしかけた。
 




