第十五話 熱があるときは、嘘がつけない
その日、碧純は朝から、様子がおかしかった。
「……うーん、ちょっと、頭痛いかも」
食欲はなく、顔もほんのり赤い。
熱を測ると、37.9℃。アウト判定。
「お前、絶対無理してたろ」
「平気だし……学校行くし」
「はあ!? この体温で!? お前はブラック企業社員か!」
「うるさい……お兄ちゃんに言われたくない……」
ふらふらしながら制服に着替えようとする彼女を、強制ベッド送りにした。
昼休み。
俺は学校を早退し、薬局とスーパーをハシゴして帰ってきた。
「ポカリ、冷えピタ、ゼリー、あとおかゆの素……完璧だな。俺、看病系男子いけるわ」
静かな部屋の中、碧純は布団にくるまっていた。
寝汗で前髪がぺたりと額に貼りつき、頬はいつもより赤い。
「……おかゆ、作ったけど、食えるか?」
「ん……あとで。……ありがとう」
ぼそりと呟く彼女の声に、妙にドキッとしてしまう。
風邪で弱ってるせいか、語尾が柔らかい。
そしてなぜか、ちょっと甘えているように聞こえる。
(やめろやめろやめろ。今のは“妹”としてだ。風邪で気が緩んでるだけ)
しばらくして、ゼリーだけ少し食べさせると、彼女はすぐに眠ってしまった。
ベッドの横、俺は椅子に腰かけたまま、静かにスマホを見ていた。
そのとき――
「……ん……お兄ちゃん……」
寝言、だった。
けれど、俺の名前を呼ぶその声は、どこか切なくて、あたたかくて。
「……昔みたいに……手、握ってて……」
目を閉じたまま、碧純の手が、探すように空を彷徨う。
俺は、そっとその手を取った。
細くて、やわらかくて、熱がこもっている。
「……お兄ちゃん、いっつも逃げるから……ずるい……」
「……」
「私が“妹”って言わなかったら……抱きしめてくれたのかな……」
その言葉に、俺の心臓は、一瞬止まりかけた。
(それ……マジで言ってるのか……?)
彼女は寝たままだ。目は開かない。
だけどその唇は、確かに本音を紡いでいた。
「……もう、やだよ……お兄ちゃんに、他の子見てほしくないのに……」
(本音が……出てる)
熱に浮かされて、無意識で喋ってる。
普段なら絶対言わないような、あまりにもまっすぐな言葉。
俺は、彼女の手を握ったまま、そっと答えた。
「……ごめん。ほんとに……ごめん」
「……うん……許す……ちょっとだけ……」
そのまま、碧純は再び眠りについた。
しばらくのあいだ、俺は手を離せなかった。
この手を放したら――
“妹”と“女の子”の狭間にいる彼女を、二度と取り戻せない気がしたから。




