第十四話 お兄ちゃん、目、合ったらアウトね
「目、合ったらアウト」って言葉、わかるだろうか。
これは青春ラブコメにおいて、視線の交錯=思考の暴走という禁忌の合図であり、
特に“異性と同居している兄妹関係”においては、核弾頭レベルの地雷でもある。
つまり今――俺は、そのアウトのフラグを折るかどうかの瀬戸際にいる。
夜。
風呂も入り、着替えも済ませ、あとは寝るだけという時間帯。
俺は、リビングでアニメを観ていた。静かに、健全に、理性的に。
なのに。
「……アイス食べよっと」
そう言って、碧純が部屋着姿で出てきた。
ノーブラっぽいゆるTシャツ、短パン、無防備な生脚。
しかも前髪が濡れてて、明らかに風呂上がりの火照りが残っている。
(いやいやいや……それはアカン)
俺はテレビに視線を固定しながら、できるだけ無反応を装った。
「ねえ、お兄ちゃん。これ食べる?」
それでも碧純は、わざと俺の正面に座って、パピコの片方を差し出してきた。
「……いいの?」
「余ってるし、別に。……妹だし」
“妹だし”。
その言い訳に、どれだけの本音が混じっているのかは、聞かないことにした。
冷凍みかん味のパピコを舐めながら、無言の時間が過ぎる。
でも、視線だけが交錯する。
何度も、何度も。
「……なに?」
「いや、なんでもない」
「嘘。さっきからずっと見てた」
「そっちもな」
「……バカ」
火花、散った。
パピコの棒をゴミ箱に放り、俺はそっと立ち上がる。
距離を取るため。少し、冷静になるため。
なのに、次の瞬間、足が滑った。
「うわっ!」
「きゃっ!? ちょっ、なにやって――」
俺はバランスを崩し、そのまま彼女に倒れ込んだ。
そして――
ベッドでもソファでもなく、リビングのラグの上で、妹を押し倒す形になった。
「……」
「……」
ふたりとも、言葉が出なかった。
呼吸が重なる。
彼女の肩に手が触れている。
そして――目が、合った。
目が、合ったらアウト。
そのルールが頭をよぎった瞬間。
碧純の手が、俺の額をペシッと軽く叩いた。
「……今の、ノーカウントだから」
「え、何が」
「全部。パピコも、目も、これも。
“妹”として接するって決めたんだから。……お兄ちゃんが、逃げるなら」
その言葉に、俺の心臓がぐらりと揺れた。
(そうか。俺が、“一歩踏み出してない”限り、彼女は“妹”でいるつもりなんだ)
「……ずるいよな、お前」
「どっちが」
「俺だよ。逃げてんの、わかってんのに。
でも……一歩、踏み出したら、たぶん俺、もう戻れないから」
静かに立ち上がる。
そして、明かりの消えた廊下の先へと歩きながら、小さく言った。
「目、合ったらアウトなんだよな。……じゃあ俺、次、ちゃんと見てみるよ」
碧純は、その背中を見送りながら、
そっと胸元を押さえた。
鼓動が、止まらなかった。




