第十三話 そこ、開けちゃダメだってば!
放課後。雨は止んでいた。
校舎の屋上を見上げると、まだ雲が重く垂れ込めている。
けど、気持ちはさっきよりずっと晴れていた――
……はずだったのに。
「マカベくん、ちょっと手伝ってもらってもいい?」
そう言って声をかけてきたのは、生活委員の**小野寺紗夜**だった。
黒髪ショート、クール系美少女、けどちょっとポンコツ。
「女子更衣室の窓が雨漏りしてたっぽくて、用具置き場から雑巾運びたいんだけど、男子の手が欲しくてさ」
「お、俺でいいの?」
「碧純ちゃん、ちょうど体育館で打ち合わせ行ってたよね? 呼ぼうかと思ったけど、なんか雰囲気アレだったから」
「え、なに? 俺ら“なんかあった感”出てる?」
「めちゃくちゃ出てる」
言うな。
俺は、校舎裏の旧棟、更衣室前に立っていた。
女子の声が、微かに聞こえる。
だが、紗夜はこう言った。
『鍵はまだ閉まってると思う。荷物だけ取りに来てくれたらOK』
俺はドアノブをそっと回す。鍵は――
(……開いてる)
そして、なぜかその瞬間だけ、中から誰の声も聞こえなかった。
つまり――
「よし、雑巾だけ取ってすぐ――」
ガラッ。
「きゃああああああああああああああああああああああ!!!!!!」
終わった。
すべてが、終わった。
一瞬のフラッシュのように、視界に飛び込んできたのは――
制服を脱ぎかけた女子生徒数名。
湿気で透けたシャツ。
並ぶ下着とブラのカラフルな景色。
そして、ロッカーの前で着替え途中だった――碧純の姿。
ピンクの下着。
脱ぎかけのスカート。
振り返った顔、真っ赤な瞳、震える唇。
「…………お兄ちゃん」
「ちがあああああああああああああああああああああああああああああう!!!!!!!」
10分後。生活指導室。
「……正直に言え、真壁。どこまで見た?」
「見てません!!いや、見たけど意図的じゃなくて不可抗力で!!しかも0.3秒くらい!!」
「誠意が足りねぇなあ」
「どうしたら誠意になるんですか!!!??」
その日の帰宅後。
家の中は、まるで死の空気だった。
碧純は一言も口を利かない。
ご飯も作らない。
顔も見ない。
だが、俺が風呂から出たとき――
テーブルの上に、ひとつのメモが置かれていた。
【明日まで口きかない。覚悟して。】
【あと私のパンツ見たら三日は殺すから】
しっかり書かれていた。
「……ああ、これはもう、死刑宣告だわ」
でも俺は知っている。
そのメモの裏に、小さく書かれていた一文を。
【……お兄ちゃんのバカ。】
それだけ。
それだけなのに、なぜか心がちょっとだけ、あったかかった。




