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第十話 好きって、言っちゃだめなの?

 放課後。




 下校のチャイムが鳴った直後、俺は教室を飛び出していた。


 向かう先は、昇降口じゃない。校舎の裏、人気のない中庭。


 ――碧純が、ひとり佇んでいる場所だった。




「……なあ」




 声をかけた俺に、彼女は振り返らなかった。




「さっきの……美羽とのやりとり、聞いてた」




「……盗み聞き、趣味なの?」




「たまたまだよ。たまたま角にいただけで」




「“たまたま”で、私の恥ずかしいとこ全部聞くとか最悪」




 静かな怒りがこもっていた。


 だけど、怒ってるのは俺じゃないと、ちゃんとわかっていた。




「……お前さ」




「なに」




「なんで、そんなに俺に……怒るんだよ?」




 その問いに、碧純は初めて振り返った。




「怒ってない」




「じゃあ、なんなんだよ。妹なんだろ? ただの。関係はそれだけなんだろ?」




「…………っ」




「だったら、あんなふうに言い返す必要ないじゃん。“妹ですから”なんて、まるで、それ以上は許さないみたいに」




 彼女の目が、揺れた。




「言わせないでよ」




 小さな、けど切実な声だった。




「言っちゃったら、戻れなくなるじゃん」




「……何を?」




 問い返した瞬間、碧純の肩が震えた。




「“好き”って……言っちゃったら、もう、私、お兄ちゃんの“妹”じゃいられないでしょ」




 その言葉は、まるで氷の中から絞り出したように震えていた。




「ねえ、教えて。好きになっちゃいけないの?


 同じ家に住んで、同じ時間過ごして、毎日隣で笑ってて……。


 それでも、“妹”は、お兄ちゃんのこと、好きになっちゃいけないの?」




 その一言が、俺の胸を深くえぐった。




 妹じゃなければ、たぶん、迷わなかった。


 碧純がこんなふうに俺のことを想ってくれてるなら、迷いなく手を取っていたと思う。




 でも。




「俺たちは、“兄妹”だろ……」




「うん。だから、“言わなかった”のに……」




 碧純は、笑った。


 泣きそうな顔で、でも絶対に涙は見せないように、ぎゅっと口元を噛んで。




「“好き”って、言わないつもりだったのに。


 でも、ダメだね。止められなかった。止められなかったんだよ――」




 そこで言葉が詰まり、彼女は顔を隠すようにうつむいた。




 俺は、なにも返せなかった。




 この関係を壊したくないと思う気持ちと、


 彼女の手を取りたいと思ってしまう気持ちが、ぶつかり合って、


 口が、動かなかった。




 ただ、静かに風だけが吹いていた。




 その夜。




 碧純は、自室から一度も出てこなかった。




 台所には、ふたりぶんの味噌汁が置かれていた。


 俺の分だけ温められた形跡がある。




「……やっぱり、お前は優しいな」




 俺は一人で味噌汁をすすりながら、机の下で拳を握った。




 “好き”って言ってくれたのに。


 “妹”という立場を超えてまで言ってくれたのに。


 ――俺は、なにも言えなかった。




 この気持ちは、もう“家族”のものじゃないのに。



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