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4:責任とってよ(1)

 ライル・シルヴェスターは昔から何をやらせても卒なく熟す子どもだった。頭も良く、運動もでき、芸術的感性にも優れていた。もし彼が、王族に連なる由緒正しき公爵家の跡取りだったならば、これほど喜ばしいことはないだろう。


 けれど、彼は()だった。


 この国では長男が何よりも優先されなければならない。スペアとして生まれた弟はどれだけ優秀でも、兄の前に出ることができない。兄を超えられない。超えてはいけない。そんなクソみたいな慣習がある。

 だから、兄よりも秀でていたライルは、親戚たちから『才能をひけらかすなんて卑しい』『兄を差し置いて当主の座を狙っているのか』『立場を弁えろ』と言われ続けていた。時にはひどい嫌がらせを受けることもあった。

 両親はその度に、周りは気にせずに自分の才能を伸ばせばいいと言ってくれたが、本心ではそう思っていたのかはわからない。

 ただ確かなことは、オスカーが出来の良い弟と比べられてどんどん萎縮してしまっているということ。


 “優秀な弟の存在は家族に不幸をもたらす"


 ライルはそれを幼いうちに学んでしまった。

 そんな環境で育ったからか、ライルはある程度の年齢になると、自然と愚か者の()()をするようになった。

 頭は良くても人格に問題があるとなれば、誰もライルが当主の座を狙っているなんて思わないからだ。

 だから彼は、品行方正な兄とは真逆の、怠惰で品性のかけらもない男を演じることにした。

 


 愚か者を演じるようになってしばらくすると、ライルの日常には平穏が訪れた。

 周りからは嘲笑を向けられるようになったが、それだけだ。以前のように嫌がらせを受けることはなくなった。

 きっと皆、ライルの行動のひとつひとつに目くじらを立てる必要がなくなったからだろう。周囲は徐々に、彼に対する興味を失っていった。

 両親もオスカーも、口では『自分らしく生きていい』と言いながら、いざライルが愚か者を演じるようになるとホッとした様子だったし、何よりも素のままの自分で全力を尽くして批判されるよりも、偽りの自分で怠惰に過ごして嘲笑を向けられる方が、気持ち的にはずっと楽だった。

 だからライルは、この生き方が正解なのだと思うようになった。

 自分を殺して道化に徹するのが最善なのだと信じていた。


 そんな彼の人生が変わったのは15の時だ。

 突然、婚約の話が舞い込んだ。

 相手の名前はクロエ・ロレーヌ。ライルより二つ年下の、大変可愛らしい女の子だった。


『この子の相手は……、俺じゃない』


 まるで物語に出てくるお姫様のようなのクロエに、ライルは兄の顔を思い浮かべた。この子の隣に相応しいのは王子様のような兄であると、直感的にそう思ってしまったのだ。

 だから、ライルはオスカーにも絵姿を見せた。するとオスカーは案の定、自分が婚約したいと言い出した。

 両親は困った顔でライルの方をチラチラと見ながら『どうしましょう』と呟く。

 こういう時、ライルが言うことは決まっている。『俺は別にいい。興味ないから』だ。

 ライルの口からその言葉を聞いた両親は安堵したように微笑み、『ではクロエと婚約するのはオスカーにしよう』と言った。

 

 そして両家の顔合わせ当日。ライルは少しだけ後悔した。

 実物のクロエが絵姿よりも遥かに美しかったのだ。

 自然と視線が吸い込まれる。灰色の世界にクロエだけが光り輝いて見える、そんな感じだ。

 きっと、世間ではこれを一目惚れと言うのだろう。

 お姫様のような愛らしい容姿とは裏腹に、その佇まいは凛としていて。かと思えば、喜怒哀楽がはっきりとしていて感情が顔に出やすくて。

 ライルはそんな、天真爛漫なクロエに心を奪われた。


 もっと話したい。

 もっと笑顔が見たい。

 こっちを見てほしい。

 その丸く大きな碧い瞳に自分を写してほしい。

 その鈴のような声で名前を呼んでほしい。


 ……そう思った。


 けれど、彼の初恋は叶わない。何故なら彼が自らその機会を手放したからだ。

 初対面で挨拶をした時のクロエのあの横顔は、今もライルの脳裏に焼き付いている。

 その青く澄んだ瞳をキラキラと輝かせてオスカーを見つめる彼女は、間違いなく恋に落ちていた。

 ライルがクロエに恋をするのと同時に、彼女はオスカーに恋をした。



 オスカーとクロエは隣に並ぶととても良くお似合いだった。

 品行方正な王子様と愛らしいお姫様。まさに理想の二人だった。

 周囲もそんな彼らを褒めそやした。

 クロエは『二人は素敵な夫婦になれるだろう』と言われるたび、はにかんで俯いた。オスカーはそんな彼女を愛おしそうに見つめ、そっと肩を抱き寄せる。周囲からは可愛らしい二人だと歓声が上がり……、ライルはそんな二人を少し離れたところからジッと見つめる。

 そんな日常。彼の初恋は失恋から始まり、そこからずっと地獄だった。


 ーーーもう忘れよう。この縁談を手放したのは自分なのだから。


 二人の婚約から3か月後の夜会の日、ライルは自分の恋心にそっと蓋をすることを決めた。



 …………はずだったのに。



 

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