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リリウム  作者: 宇佐見レー
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第二話「東京へ」

 黄昏に浮かぶ黄金色に反し色濃く紺色を落とす世界に、仰げば山の陰に疲れを癒すよう隠れていく太陽を見て、今日もまた生きてしまったと後悔した。

 アクセルペダルを踏む足先に力は入っていない。愛車のシートと薄汚れたタンクトップに触れる背中は、確かにじっとりと汗が滲んでおり、暑いなとエアコンのつまみをかちり……つけたところで出てくるのは人肌のような風だ。

 訪れていた、いや画鋲で張り付けられた静寂の中で、軽くなったVP9の存在を確かめながら――心で否定しつつもアオイが人であるかどうかを考えていた。

 頭以外に生身である部分はなく、過去の記憶も綺麗すっぱりと忘れ去っている彼女を、果たして人と言っていいのか、そんな問いかけ。

 ふと思考を中断させる視界の端を揺らめく灯りが映る――――誘蛾灯すらない日本の原風景と言える人の気配が消え去った山間、向こうを照らす陽があれば見えたであろう開けた平地に、蛍のように弱く儚くなった、人の営みが見える。

 もう後少しもすれば星の輝く夜の時間。私は意図した静けさを打ち破るよう長い運転のせいで固まった体のコリを解そうとまず左肩をくるりくるり、すると関節がぼきんぼきんと歓喜の声を上げた。

「ここら辺で休むか」

 心地よさの余韻に浸るも、続く言葉は助手席に座り、うつらうつらと舩を漕ぐ相棒へ。

「ふぁ……ごめん、ねてた」

 戦闘があった日はいつもこの時間帯に睡魔に襲われるらしい彼女、ありがたいとすら思っているのだが、私の言葉になぜか申し訳なさげに笑うアオイ。

「いや、アオイのおかげで今日もまた生き残れたんだ」

「えぇ?」

 まだまだ山道ではあるが今日の宿泊場所は決まった。修繕されていないアスファルトで作られた路傍である。更に刻一刻と視界が暗闇に包まれつつあり、アオイの顔すら輪郭が見えるかどうか、そんな状況下であったが彼女の声色は表情を容易に想像させた。

「へへ、はずかしっ」

 顔をにやけさせ、頬を朱に染める――想像だが今の彼女はきっとそんな誰もを幸せにさせる顔だろう。

……想像だけでこれだけ心を温めさせるのだから、流石だ。

 人の気配の無い、あっても動植物の微かな気配を感じる程度の山の中、周囲警戒という名目でアオイに心の起伏を悟られまいとエンジンを切り、車内で素早くVP9を右手に空の弾倉を取り出しポケットへ、もちろん今のままでは撃てない。予備の弾倉が入ったショルダーホルスターとなった右脇の装着されたポーチから予備弾倉を取り、素早く銃把……グリップの底である台尻目掛けて弾倉を差し込み、遊底をしっかり後退させた。

 すると弾丸が薬室へ送り込まれる聞こえのよい音が鳴り、しかし実際に装填されたかは分からない。再度僅かに遊底を後退させ、初弾が薬室内部に入っているのを目視する。

「アオイ、上から同時に頼む」

「りょうかい!」

 私の言葉に隣の相棒がいつでも飛び出せるよう台へ上がり、そこにしゃがみ込んだのを見て、そよ風ですらかき消される声量でカウントダウンを始める。

――それはつまり、車に乗れば分かる死角へ隠れているかもしれない敵に対処する為の行為だ。

 確かに追手はいなかった。だが先回りされている可能性は否めない、ならば最初から可能性は潰すのが道理……思考が終わりカウントを終え、ドアの鍵を開錠すると同時に開け放ち、ドアが上半身を隠す遮蔽となった前方をちらと見やった。次に最も警戒すべき車両後部へ胸の前で拳銃を構えるCARシステムのハイポジションと呼ばれる形でまず先に向き合う。

 カウントの通り、車両上部からの微かなアオイの気配を感じつつ、パッとだけ見て誰もいないことをとりあえず視認する。

 すぐさま私はコンバットハイの状態へと移行し、くるりと前方へ振り向く。

 一応防弾仕様の車両ドアの陰からボディアーマーを装備していないこともあり、半身で構えるウィーバースタンス気味に照準して銃口を覗かせる。

 辺りは確かに暗かった……けれど閉ざされたほどじゃない。数メートル先ならば後部はもちろんエンジンのある車両前部のその奥まで見えている。

 そして、銃口はじっとそこを向いていた。

――どれだけ強がっても強く見せても、死への恐怖は一滴の汗に現れる。しかし頭と体の奥底は単純な寒さとは違う、沈む水底から望む、水面を揺蕩い差し込む光を掴もうと足掻く寒さに支配されていた。

 故に鋭敏になる感覚達を私は余すことなく使い、細心の注意を払う。

 手に持たれた銃は、例え撃たれたとて即座に反撃できるようハイポジションへ――

「……クリア」

 無意識ながら口元から零れ落ちた言葉を、少しして頭が理解する。

――誰もいなかった。車両前部、死角の一つとなるエンジンの排熱が暑苦しく前照灯が二つ並ぶそこ、完全に体を晒し、見て分かる通り、誰もいなかった―― 

 だがまだだ。まだ終わっていない。

 車両後部、座席とを隔てる壁がなくほぼ一体化している荷室の外部、そこを確認してない。

 一瞬の安堵を振り払い、私はその場で半回転し自分が降りてきた運転席側へ警戒するように戻った。

 当然、数秒程度で変わりはしない辺りの暗さ、静かな夜に響き続ける半ドアのアラート、開けっ放しのドアを遮蔽にウィーバースタンスから構えを戻し、ハイポジションにしつつ、そのまま車両後部へと進む。

――瞬間、影が飛び出して来る。

 あまり大きくは無い影、しかし人の形ははっきりとしていて、私が胸の前で銃を構えていたのが分かっていたのか懐へと飛び込んできた。

「っ」

 反射的に撃つことはできた、その為と言っていいCARシステム、けれどその影が敵ではないと辺りの変わらぬ静けさが教えてくれていた。

 それでも影の動きに反応する体は、軍学校時代の郷愁の赴くまま、しかし影の動きはより大胆となっている――生半可な銃弾は効かないという事実がそうさせているのだろう。私は銃を、飛び出して来た影……アオイは私の喉元へ宵闇に紛れる小型のナイフを突き付けていた。

 鉄らしくひやりとした感触は、一見ボクシングのクロスカウンターを思わせる互いの命を握り合ったかのような状況だが、実際は違う。

 私の銃口はアオイの正中線を捉えているが、致命傷になど至らない胴体だ。

 それに対しアオイの一閃は私の頸動脈を切る位置にある。

「……さすがに、だな」

 消えると分かっている殺意に、怯える必要はなかった。

 唇の端からぽろりと落ちる言葉は、山の向こうで日と共に沈んでいく。



【腰椎分離症とはこれ如何に。私の腰椎なんと十年以上も前に折れていたらしいです。腰痛と親友になれました】

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