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リリウム  作者: 宇佐見レー
1/2

第一話「シスターズ」

見直しと書き足ししたので更新です。

明日から書いた分だけ更新する方針にします。

――――今や憲法、法律のその効力が及ぶ範囲が一部でしかなくなった元日本領の関東地方のどこか、空は青色が衝くほど静かな中で、私達はハンヴィーを走らせていた。

 周囲を見れば囲むは人気の無いかつて不夜城とすら呼ばれ、どうしようもなく喧騒に塗れては神の怒りを買って廃れた摩天楼達、その合間を抜けた突風が車体を揺らすが明らかバランスを取る為ではないハンドル捌きは、道路上に放置された廃車を辛うじて避けるギリギリのものだった。

――私は生来鋭い目つきで前を見据え、それでもアクセルペダルを強く踏み続ける。

 となれば、ただでさえ揺れていたルームミラーに引っ掛けられていた7.62ミリの弾丸ストラップが暴れ始めるのは当たり前で、エンジンも更に強く低く唸るのは分かり切ったことだ。

 そして当然速度は上がり続けるけれど【私達を追う連中】もそれについてくる。

 直線に入り、数秒経たずに速度はほぼ最高潮に達す。メーターは振り切り気味になり少しでも気を抜けば、少しでも操作を誤れば、死に直結する速度となった。

 被っている迷彩柄キャップのつばからは額の汗が滴り落ちる。シートに触れるタンクトップ越しの背中は意味を為さないくらいに汗ばみ、エアコンから噴き出てくる温い風に文句を垂れるところが、微かに心地良いと感じてしまう。

 だが体の芯は氷点下の如く、頭の中では常に追手がどう動くのか、それだけが回り続けていた。

 自分達の命の為に回避とルート取りに必死な私は、陽の高い日中ながらもこんな状況下でも、額に汗一つ掻かず、それどころか上下共に野戦服と両手をグローブに包んだ助手席の相棒へ声をかけた。

「連中、どう?」

「ん、まって」

 短めの返事と共に車内に引っついている取っ手をグローブに包まれた左手で掴み、そこを支点に体を右に捩じると後ろへ振り向く、のだが……リアガラス越しに見えた景色に好転の様子はないらしく、声色と歯切れの悪さがそれを語り過ぎていた。

「あー、これは……」

「現状の装備でどうにかなるか? いるのが硬目標なら打つ手なしではある」

 ほぼ運転に割り振られながらも、僅かに残ったリソースを割いて現状の打開策を考えるものの、今回は【指定された荷物】が荷物なだけに、武器なぞほぼ持ってきていない。このハンヴィーに積んでる火器を集めても尚、装甲車にすら勝てないのだ。

 つまり抵抗できなければそれだけで終わりということ。

 相棒の次の言葉を待っていると「いや」と右手のひらを、人差し指から順に開き「単純に2両から6両に数が増えてる」そう言った。

 歯切れの悪さから最悪の状況を見ていたが、相棒の返答はとてもよろしいものだ。

 見えた勝機に、自身の口角が上がったことに気づき、相棒が見ていないうちにそれを正す。

 彼女ならきっと言わないだろうが、荒々しい運転をしながらのその微笑みは、不気味だろうと思ったのだ。

 そんなことをしつつ頭の中に浮かんだ作戦の為に、私は更に強くアクセルを踏んだ。すると当然ギリギリを保っていたメーターは完全に振り切り、肌で感じるほどにエンジンが叫ぶ。

「おわっ」

 速度が上がり更に強まった揺れと慣性の法則に驚きの声を上げた相棒、次に私の方を向き、

「な、なんか思いついた?」

「もちろん……その前に、この先の詳細が知りたい」

――コンクリートに阻まれ放射線を浴びながらも、それでも負けずに生える雑草をタイヤで切り裂き、整備されず剥がれかけたコンクリートの欠片を跳ね飛ばして、でこぼことなった道路を真っすぐに走り抜ける。

 どれだけ走り続けたか、気付けば廃ビルが並ぶ文明の跡地が、朧気な夢や空想のように背後で聳えていた。

 そして見える景色がガラリと変わり、最終戦争によって枯れた木と半減期を過ぎ、徐々に緑が戻りつつある生と死の狭間のような森に差し掛かっていた。

……写真で見たものとはまるで違う、私達にとってどこに行こうが変わらない、ありふれてしまった原風景。

 ただ見慣れ似ている場所ばかりとは言え、私達の活動範囲に入っている以上、今走っているこの道ですら通ったことがあるはずだ。切羽詰まっていることもあり即座に思い出せはしないが、だからこそそんな私に代わって彼女がいる。

 私の言葉にダッシュボード内を漁っていた彼女が、一枚の薄汚れて畳まれた紙を手に取る。どうやら見つかったらしいそれは私達二人が探索して記した、この辺りの手書きの地図だ。

 開いて流れていく周囲の景色と照らし合わせ、

「――この先山道、距離はあるけど緩やかな右カーブ、周囲は基本森だね」

 開かれた地図を指でなぞる摩擦音と共に、現在地がどこかわかった相棒が頷く。

「なら道幅はそんなに広くなさそうだな……一網打尽にするなら逃げ場が少ない方がいい――――っと」

 バチッ……心臓を鷲掴みされるような、危機感を覚える嫌な音が車内に響く。

 私はすぐさま弾丸ストラップが暴れるルームミラーへ意識を向け、音の鳴った後方へと視線をやる。

 まずパッと見で確認できたのは、追手の粗削りで鉄板が継ぎ接ぎされた原型など留めていない6つの車両だ。

 私が速度を上げてもぴったりとくっついてくる奴ら、だが一つ不思議なのが奴らのテリトリーからは抜けつつあるのに諦めようとしないところだ。今まで通りであればテリトリーを抜けきる直前くらいから追うのをやめてくれていた。

 まあ慎重になって叩けば割れる脆い橋は渡りたくないので、こんな仕事を受けること自体そうそうない……不測の事態というのは無数にあるが、けれど今はそんなことを気にしている暇はあまりない。

「……拳銃じゃなさそう」

 タイミングは同じであるが、開きっぱなしの地図を片手に体を捩じり、音のしたリアガラスを目視した相棒が言葉にした通り、一つ遅れて私も視認する。

 ハチの巣状にひび割れたリアガラス、運よく弾丸がこちらに届くことはなかったが、その大きさから小銃以上の可能性があった。

 もしそうなら、私の中の焦燥が猛る。

 いくら防弾ガラスとは言え、このハンヴィー含め古い物だ。そう簡単に貫通はしないだろうと希望的観測をしても、撃たれ続けた場合にどうなるかはわからない。それが拳銃でもそうだ。

 ならば、と私は作戦の一つを相棒へ告げた。

「弾は少ないだろうけど、アオイ、拝借したアレを使わせてもらおう」

 彼女の、アオイの顔が一瞬だけきょとんとするが、次の瞬間にはクリスマスに欲しい物を与えられたかのような、無邪気で目をキラキラとさせた子供のようになり、

「いいの!?」

 と、とても嬉々とした返事をくれた。なので前方へ集中しながらになるが一つ釘を刺しておく。

「50口径の方だぞ」

「わかってるよー! 7.62mmはユーリが使うもんね!」

 地図を元あったダッシュボードへ突っ込み、私の手元が狂えば死ぬであろう車内で微塵の恐怖も無いうきうき声でシートベルトを外し、更に空いているもう片方の手で一瞥もせず、アオイ自身が座る助手席に巻かれて固定されていた工具ベルトをするりと取った。

 車内はまさに地獄絵図で、長年放置されたことによる道路状況の悪さと速度も相まった地震の如く揺れは、通常立ち上がることすらままならない。

 しかし彼女は違う。

 その揺れの中で腰に工具ベルトを巻いたと思えば、銃座へと着く為の台へ腹這いになり荷物の置かれた後部座席の足元へ、肩から上を突っ込でみせた。

 私以外が見れば制止するような行動だが、今や以前のような憂いも驚きも私にありはしない。

 数秒もせず腰へ完璧に固定されたベルト、目的の物を力む様子もなく華奢な左手一本で引き上げた彼女を、またも常人が見れば目をまん丸としただろう。

 それもその筈で、左手のみで持ち上げたそれは、この状況で人間が片手で持つには不可能であろう重さ約40kg、全長1.6mもあるM2重機関銃だ。

 彼女は小さな体を器用に動かし、そのまま前部座席と後部座席の中間に位置する腹這いになっていた台へ乗ると、天井のハッチを開く。

 そして一息入れる間もなく片手で持たれた重機関銃の銃身を突き出すように持ち上げ、ハンヴィーの屋根へと乗せた。

 ガンッ、剥がれる塗装があるかはともかく、塗装が剥がれそうな音が鳴り、もちろん重機関銃を掴む手から力が抜けるような事もなく、今のところ筋力だけで完全に固定されたそれは車両が揺れようとも風に煽られようともビクともしていない。

「よし! ひとしごとひとしごとー!」

 同時にそんなことを口ずさみ、銃弾から身を守る為の防盾すら無いハッチから上半身を乗り出させたアオイは、もう片方の手で腰に巻いた工具ベルトから必要な物を手に、屋根へ乗せた重機関銃の設置に取り掛かった。

 あと私ができることは揺らさない、たった一つだけ。

 そうして速度は緩めなくとも、左右へ急激にハンドルを切るのをやめる――途端、アオイが何をしようとしているのか気づいたか、あるいは元々そのつもりだったか、追手の一両が私達の空いた右側面へとエンジンを吹かして並んでくる。

 恐らく私達の乗る車両と同じハンヴィーだろうが、ボンネットとNUSAと書かれた旗以外が外され、乗員が剥きだしのジープのようになったそれで、少しずつ近づいてきた。

「なるほどな」

 敵の合理的な動きに合点がいく。

 つまり、速度は出せても私達側からの体当たりには耐えらないと判断し、今の今まで最高速度を出していなかったのだ。

 そして漸く訪れたチャンスを逃さまいと並んだ――――ちらと見たところ敵の乗員は運転手含め野戦服姿の男二人、先程の着弾以降当たってはいないが右助手席に座る男の手に拳銃が握られているのが私の目でもはっきりと確認できた。要するに……

(時間が、ない)

 まだ10メートル前後の猶予はあれどたかが知れてる、数秒すれば5メートル以下にまで近付かれるのは明白だ。そして近付かれれば、それだけ射撃精度が上がるのだから被弾率も格段に上がる。

――――逡巡する暇も無い。

 走る山道の状況は良好、道幅の広さは二両横並びになってもまだ一両分の余裕はある……ならば、と私は両手で操っていたハンドルを左手のみの片手運転へ、空いた右手で運転席側にある窓ガラスの固定具へと手を伸ばしそのままドア内側へと下ろす。

 途端、窓ガラスを激しく叩いていた風が、速度に比例した轟音を伴って車内へと流れ込んでくる。

 当たり前ながら直接顔に風が当たるものだから私は眉間に皺を寄せ、視界を失う訳にはいかないと眼球に当たる面積を減らそうと目を細めた。

 ただ流れ込み続ける風はすぐ逃げ場を見つけ、私の後ろ首、束ね損ない汗で濡れそぼったうなじとほつれ髪を伝い、被っていたキャップを浚うように開いているハッチへと抜けていく。

 それら全ては意識の外へと追いやられる。

 理由は簡単――私の意識が右太腿に巻かれ腰のベルトに吊るされたホルスターと、相棒の確認通り、緩やかな右カーブの山道に向いていたからだ。

 もっと細かく言えば道に沿うだけでなく無理矢理並走してきた敵車両へ近づく為に、ハンドルを更に右へ傾けたからでもあった。

――――あわや衝突――――

 軽量化した相手にとっても装甲のある私達にとってもひとたまりも無い急接近は、大の男二人を怯えさせ、意表を突くのに十分だった。

 須臾の間、銃を持てど反撃もままならない様子が見えた私は、にやりと口角を上げ右手の拳銃を左手へと持ち替えた。

「fuck you」

 そして地獄への手向けに相応しい言葉を送り、車両同士の距離で言えば一メートル前後の、運転席も丸見えのその中心点へ、構えたVP9の引き金を絞った。

 遊びの範疇を超えた引き金、発射される初弾、しかし次弾以降は狙わず発射される度に大体で撃ち続けた。

 鳴り続く銃声、薄い硝煙が窓の外へ幾つも霧散していき、排莢口から薄汚れた空薬莢が手作りケーキに散ったトッピングのように鈍く輝きながら車内へ転がった。

 17発、弾倉が空になったと遊底が後方へ固定されたのを確認し、漸く撃つのをやめた数秒後、運転手を失い制御を失ったその車両が、右道路外の森林へ離脱していき、鈍い衝突音が鳴ったと思うと続いて爆発音が死んだ山間をなぞった。

 パッ、とサイドミラーに映る赤黒い煙で、やっと追手一両を撃退できたと一先ずの安心を得て、左手の拳銃の安全、つまり開いている薬室内部を一瞥して左親指で薬室止めを操作し固定されていた遊底を前方に戻す、最後に右手に持ち替えホルスターへと戻した。

 狭い車内での射撃はまだ多少なりとも音の逃げ場があったから良かったが、射撃時の高音が内部で反射し続けるものだから耳というよりも自身の脳に近いところで感覚として痛みでしかない耳鳴りに襲われる。

 しかも不快なのが最悪で思わず手のひらで側頭部を軽く叩く。それで良くなる訳がないとわかっているのに。

 ただ一秒、また一秒と、時間が経つにつれてその耳鳴りは軽くなっており、もちろんそれに伴って不快感も無くなってきている。

 頭を振って気を取り直し、ドア内側に下ろした防弾窓ガラスを片手で、次は開けた際の逆の手順で閉めて固定させる。とそこで背後、天井近い後頭部方向から、

「さすがユーリぃ!」

 と嬉々とした声がかけられた、つられて後部を見渡せられるルームミラーを見やれば、私よりも先にこちらを見る顔が映っていた――――言うまでもない、重機関銃の設置をしていた筈の、アオイだ。

 彼女の青天井な天真爛漫さと、誰よりも私よりも喜んでくれているその姿に、私としても役に立てて嬉しいという感情が湧く。が同時に彼女の強さと比べれば、ちっぽけであることも思い出す。

 きっと、恥じる必要は無いのかもしれないが、視線をミラー越しの彼女から弾丸ストラップへ僅かにずらし、フロントガラスの向こうに映る景色へ戻してしまう。

「……設置、終わったか?」

「? んー、いちおう」

……何があっても変わらないアオイを直視できず、感情を押し殺した私の異変に気づきはするが、それ以上は何も言わない。私の質問にただ答えてくれるだけだ。

(今――今悔いることじゃない)

 一度の瞬き、心を支配しようとするモノを取っ払い、今がどういう状況であるかを再度認識させる。

 視界に映るなだらかな山道の右カーブ、ハンドルを握る両の手に力が入り、強引に切り替えさせた頭の中を整理していく。

 まずは最優先――それは逃げ切ること。ならば準備はほぼ完了出来ている。

 再度ルームミラー越しにアオイを見れば12.7ミリの弾帯が入った弾薬箱と彼女に必要なある物を後部から取り出している最中だった。

 そんな相棒から、私は問いかけられた。

「NUSAとアメリカンレイダー、って一緒だっけ?」

 NUSA、と心の内で呟き、確かにさっき撃退した軽量化されていた車両、あれにもそんなアルファベットが書かれていたのは覚えている。

「あの辺りはレイダー連中だと思ってたが」

 ただそんな名前に聞き覚えはなく、眉をひそめる。聞いてきたアオイもやはり同じらしく首を傾げるが、

「ま、どっちでもいいや!」

 敵であることに変わりはない、と自ら納得したようで弾帯と同じく後部座席から手にとっていたある物……外見はフルフェイスのヘルメットのようであるが、前面が流線型でそこに6つのカメラがぎょろぎょろとついており、それをカポッと被り再びハッチ外へと顔を出した。

 当然弾帯も持っていたところを見るに、ほぼ射撃準備は完了と言っていいのだろう。

 私は相棒に届くよう、声を張り上げる。

「いつでもいいぞ!」

「んしょっ、りょおかいっ!」くぐもった快活な声に続き「あれっ? 一両いないや」とそんな幸運な呟きが聞こえてくるがその直後、彼女が銃座につくのを待っていたと言わんばかりに後方から銃声が鳴り響いた。

 即座に後部車体と後部ガラスに被弾、今回も貫通はせず防いでくれはしたが、そんなことよりも真っ先にアオイの安否が気になり声をかける、がタイミング悪く道路状況が一気に悪くなり、ルームミラーさえ見てる暇が無くなってしまう。

「アオイっ!!」

 確実に聞こえている筈の声量で再度呼びかけるが返事はない、もしや致命傷を……? 車両の走行音だけが聞こえる状況に、心の内で水を注がれるコップの如く不安が満ちていく。

 数秒して、あれだけ長かった右カーブがやっと終わりを迎え、道の悪さも安定して来たのを確認し漸くミラーで後部を確認する。

 そこには確かにハッチ外へ上半身を出し、しっかりと立ったアオイがいた――一体どうしたのかと考えるが、苦しげで少し呻くような声が聞こえてきた。

「だ、大丈夫……ちょっと被弾しただけ」

「はぁ!? どこをだ!!」狼狽える私と違って今までの無邪気さなど打って変わった冷静な口調で「――ふぅ、大丈夫、本当にもう、大丈夫」彼女はそう言うだけだ。

 そして更に深い、深い深呼吸の後、アオイは続けた。


「撃つよ」


 太陽の化身と言ってもよかった彼女の口から発された、凍てつく言葉……アオイが敵でなくて良かったと思えるそれに、もう一つ、安心できたことがあった。それは彼女の今の言葉に先程まであった苦しげな呼吸が無いことだ。

 撃たれ被弾したが致命傷にはならない――普通の人間であれば、どこに当たろうが命に関わる小銃弾を受けても――そう分かってはいても命中したという事実はあまりに心臓に悪く、無事が確認できた今も彼女がいなくなった時のことを想起させる、雨降りの陰鬱と焦燥をこねて織り交ぜた鼓動は、収まりそうにない。

 しかし、時間は容赦なく進んでいく。

 気付けば、アオイはベルトリンクの第1弾をカバーを開かずに給弾口へ差し込んだらしく、微かにコッキングレバーを手動で二度後退させる油塗れの鉄が擦れる音が聞こえ、足元へ給弾されたことで解除されたベルトリンクだったものが一組落ちてきた。

――からから、真鍮製の空薬莢とはまた違うそれが鉄であると分かる響きの無さ、気にするほどでもないがこれから何が起きるのか、それが一種の合図だと分かっている私は、心を落ち着かせる――――来た。

 たった1秒にも満たない、覚悟を決めた途端、強烈に激烈に空気が振動した。

 私が使っていた拳銃なぞ子供の玩具としか思えなくなる銃声、込められた火薬量、弾頭42グラムという規格外は、ハンヴィー程度の、ましてや終末世界の装甲板のはがされた軟目標に対し、あまりに有効的だった――――・・・

・・・神に見放され、ファンブルとすら言えるダイスの目は、追手一両の行く末を示していた。

 要するに飛来する弾丸は容易くエンジンを貫き内部のガソリンへ引火、大破させる。けれどそれだけでは済まない。その先にいる運転手、射手へとすらその重機関銃の弾丸は届いた。

「まだまだぁー!!」

 アオイの可愛らしい雄叫びが響くが、哀れ小さな爆発と小さな炎に包まれた一両の追手は、道を外れていき更に小さな爆発に包まれる。そんな様子を音で確認する私は、彼らにただ同情する。

 当然だ……射撃は終わらない。5発から7発という染み付いた指切りによるバースト射撃は、また別の車両へと行われ、取り外されていなかったその車両の防弾かどうかわからないフロントガラスを、豆腐を透き通る箸を思わせる様で、いとも簡単に貫いていく。

 人体に届けばどうなるかは誰もが想像できようそれ、残る追手は3両――いや、2両となっていた。

(賢い選択だ)

 言えばまだ追ってきている奴らが愚かであるとも言えるが、それももう瞬きする間で終わる。

「逃げられたから追手なし!!」

 予想、いや必然通り続いたバースト射撃はたった2回。追ってきていた車両に1度ずつの攻撃で、彼女は無力化した。

「……頭を撃たれたのかと思った」

 するりとハッチから助手席に戻るアオイ、工具ベルトも座席に括り付けられており、変わったところなど無いように見えたが、ただの見間違いだった。

 彼女の右肩辺り、この暑い中を長袖の野戦服を着ていた訳だが、大きく破れてしまっており、明らかに撃たれたのだとわかる。

 けれど、彼女にとって……ヒグルマアオイにとって、銃弾は命を脅かさない。

「えへへ、心配ありがと。でも頭でもだいじょぶ、これがあるからさっ」

 肩口までの髪を揺らし、外される、彼女専用の6目フルフェイスヘルメット。正式名称は試作型【朝雲ー二】。

「でも服がなぁ」

「……私ので代用すればいいさ」

 速度を気にしなくてよくなった今、ちらと見やる破れた野戦服の下、そこには肌と言うにはあまりに無機質な漆黒の金属があった。傷は一つもついておらず、弾丸がどこにいったのかもわからない。


――――つまり、アオイは既に人間じゃない。

 銃弾を弾く体、機械のように精確な射撃――人よりもずっと、ずっと短命であることと人生を引き換えに、絶大な力を得た試作型【朝雲】と呼ばれる『人造人間』だ――――

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