1-9 ついに出た新婚感
「うーん……???」
再び、朝のさわやかな夫婦の寝室。やっぱり目覚めは一人だった。
「……ディカルドって、朝早起きなんだな」
ぽつりと自分の声が寝室に響く。私も結構早起きな方なんだけどなと、ささっと身支度を始める。そういえば、先日朝の身支度のメイドをよこすつもりだったのにとお義母様に言われたのだけど。普段そんなことしてないのでと、丁重にお断りしたのだった。そういえばディカルドのことを考えていなかったなと、若干不安になる。
「私のせいで身支度できなかったりしてないといいな……」
そう思いながら服を着ていると、突然がちゃりとドアが開いた。
振り返ると、汗だくのディカルドが、目を見開いて私を見ていた。
「あれ、いたんだ。おは……」
バタンと扉が閉まる。
なにそれ、感じ悪い。私は頭にきながらグイっと扉を開いた。
「ちょっと、なんで閉じるのよ」
「……もう、起きてると思わなくて」
「朝日が昇ったら起きるわよ」
「早起き、しすぎだろ」
「ディカルドこそ」
「……朝練だ」
ディカルドは首にかけたタオルで汗を拭くように顔を覆った。
「……とにかく、それ、早く着ろ」
「え…………???」
よく見たら、着替え途中だった。前のボタンが三つ空いている。ささやかな(でもツルペタでは断じてない)胸のふくらみがかろうじて覗いていた。慌てて前のボタンを閉じる。
「失礼しました」
「……気をつけろ」
「……同室なのにどうやって?」
「「………………」」
解決策はなかった。無言で二人で部屋に入る。
なんだかちょっと恥ずかしい。
「……朝飯、これからだろ」
部屋の中に入ったディカルドが、ぼそりとつぶやいた。
「うん、そうだけど」
「ちょっと待ってろ、すぐ行くから」
そう言うと、ディカルドはタオルと着替えをもって、備え付けの浴室へと消えていった。もしかして、一緒に朝ごはんを食べてくれるんだろうか。なんだか不思議な気持ちになって、小さな二人掛けのソファーにぽすっと座る。
しばらくして浴室から出てきたディカルドは、ラフにシャツを着て腕まくりをしていた。濡れた髪が朝日になんだかまぶしい。
「……腹減った」
そして私たちは微妙な空気感の中、朝ごはんを食べに食堂へと向かった。
***
「ただいま……」
食後。何とも言えない気持ちのまま、家に帰る。
「お帰り……」
再びレックスに変な顔で見られた。
「何よ」
「いや……幸せそうな顔でよかったけど。これはこれで別に見たくなかったなって」
「は?」
「何でもない。行ってきます」
よくわからず、ぺたぺたと顔に触る。幸せそうな顔……?
『おはよう、アニエス。だいじょうぶ?もうこんな時間だけど』
「はっ!そうだ!やばい!」
リップルの声にはっとする。ぼーっとしていたら、もう出る時間だった。まずい。走らなきゃ!と思って鞄を片手に外に飛び出した。
……が。幻を見ているのだろうか。目をぱちぱちとさせて、家の門を見る。
騎士服を着たディカルドが、けだるそうに我が家の門に寄りかかっていた。
「遅ぇ。早くいくぞ」
「えっえ!?」
「阿呆が。オーギュスティン家に嫁いだ奴を徒歩で行かせるわけねぇだろ」
「え!???」
手を取られ、グイっと馬車に突っ込まれる。ふかふかの座席にお尻が吸い込まれて、呆然とする。
「え……送ってってくれるの?」
「……これから徒歩で王宮へ行くのは禁止だ」
「へ!??」
「一緒に行ける日は俺も一緒に行く。分かったな」
「は!??」
「わ か っ た な ?」
「は、はい!」
妙に圧の強いその言葉に思わず同意すると、ディカルドは安堵の溜息を吐いた。
いつもは何分もかかる道のりが、あっという間に通り過ぎていく。
毎日徒歩で通り過ぎている馬車止めに、オーギュスティン家の立派な馬車が止まった。
「ほら、降りるぞ」
「あ、うん……」
扉が開いて、よいしょっと降りようとしたら、今度は手が差し出された。
「え?」
「え?じゃねぇ。さっさと掴め」
「あ……ありがとう…………」
今度は紳士のように馬車から降ろしてくれた。一体、何がどうなっているのか。呆然としていたら、ディカルドはそのまま私の手を取って薬師課のほうへ進み始めた。
「……ディカルド、反対方向じゃない?」
「つべこべ言うな」
「は?」
よくわからず首をかしげると、ディカルドは眉をひそめてチッと舌打ちをした。
「……これなら余計な奴が寄ってこないだろ」
その言葉にはっとする。
「まさか……私が、お嬢様たちに攻撃されないように?」
「……そうだよ」
ぶっきらぼうに答えるその低い声に、息が止まる。まさか、そんな優しさを見せてくれるなんて。一体、何が起こっているんだろう。
私はドキドキと混乱しながら、表情の見えないディカルドの背中に、恐る恐る声をかけた。
「……ディカルド、そんな、優しいなんて……どうしちゃったの?頭打った?」
「ぶっとばされてぇのかクソチビ」
「せっかく褒めたのに!!」
むくれる私をなんだか変な顔で一瞥したディカルドは、薬師課の前につくと、じゃあなと言って、騎士団のほうへ帰って行ってしまった。
今日は一体何だったんだろう。混乱しながらも薬師課のほうへ向き直ると……みんなが一斉にこっちを見ていた。
「おはよう……ございます?」
そういうと、みんなははっとしたように、おはよう~と言って、慌てて仕事へ戻っていった。
「なんだったのかな……」
午後の陽射しが差し込む誰もいない調薬室。私は取り終えた薬草を干しながら、乾燥した実をすりつぶすという地味な作業をしていた。リップルがおかしそうに笑いながら、天井にぶら下がっている薬草をブランコにしてゆらゆらと揺れている。
『そりゃ、あそこまでばっちり新婚感が出てたらね』
「えっ出てた!?新婚感」
そうか、ついに!達成できていたのか!!新婚感!!!
うれしくてリップルを見上げると、リップルはきょとんとした顔をした後、またおかしそうに笑った。
『どっちかっていうと、付き合いたての恋人感かもしれないけど。でもまぁ、ちょっと直視できない感じはあるわよ?』
「直視できない感じ……?」
『数分ディカルドのこと思い出したあと、鏡見てみなよ』
にやにやしているリップルを不思議に思いつつ、とりあえず、言われたとおりにしてみる。
ディカルドのことを思い出す……?なんだろうなと思考をめぐらす。
今日は馬車で送ってくれて、しかも薬師課の前まで来てくれたよね。思ったよりも紳士だったなぁと、振り返る。紳士といえば、朝私がボタンを閉めてなかっただけで、あんなに慌てて。ちょっと可笑しかったな。案外ウブだったりして……と思ったところで、思い出した。
ランプの明かりにゆらゆらと照らされた、赤銅色の瞳。硬くて、あったかい腕の中。それから、綺麗な顔が近づいて、思ったより優しくて柔らかい――
「ひぃっ」
『はい鏡』
「え」
タイミングを見計らったようにリップルに見せられた鏡の中。そこには、頬を赤くして目を潤ませた、絶妙なのぼせぐあいの自分の顔があった。
「うわっ!?」
『ね?今日ずっとこんな顔だよ』
「う、うそでしょう!?」
最悪だ。恥ずかしすぎる。震えながら顔を覆う。
「ど、どうしよう……とんだお目汚しを」
『それはないけど。うん、でも……ディカルドは大変かもね』
「そうよね、こんなキモい顔の妻と2日にいっぺんは夫婦の営みのイチャイチャをしないといけないんだもんね」
『ちょっとどこから突っ込んだらいいか分からないんだけど……まぁいいや』
リップルは可笑しそうに笑うと、少し真面目な顔をした。
『あのね、アニエス……』
「なに?」
そのいつもと違う雰囲気に思わず手を止めてリップルを見上げる。リップルは、少し言い淀んでから、また口を開いた。
『私昨日、大聖堂に行ってみたの』
「えっ!?」
大聖堂――聖女の監禁場所。今の私の、もっとも行きたくない場所だった。恐る恐る、リップルの話の続きを促す。
リップルは、難しい表情をしながら再び口を開いた。
『やっぱり、私達精霊はその中に入れなかったよ。唯一は入れたのは、聖女が祈りを捧げる大聖堂の塔のてっぺんだけ』
聖女が祈りを捧げる塔の上。そこは、一般の人は入れない、高い塔の上だった。
『ねぇ、アニエス』
リップルは、言葉を選びながら再び口を開いた。
『あの大聖堂の中で、聖女になった精霊の愛し子は……一体何をしているの?』
その問いかけは、何故か私の背中に、ぞわりとした寒気を感じさせた。
読んでいただいてありがとうございました!
何か雲行きが怪しい……?
「えっ、何?怖い大聖堂」とドキドキしてくれたピュアな読者様も、
「そういや聖女の役目から逃げてたんだったわ」とすっかり当初の課題を忘れてたイチャイチャ重視のあなたも、
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