1-7 新婚らしさ?
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「うーん」
寝返りを打ったのに、ベッドの端っこがない。不思議に思って目を開けたら、見知らぬ部屋だった。
「……そっか」
結婚したんだった。ここは、ディカルドの家の夫婦の寝室だ。朝の陽射しの中、むくりと起き上がる。
ディカルドはもうベッドにいなかった。
身支度をして部屋の外に出ると、ちょうどお義母様が部屋の前を通りかかっていた。
「早いねアニエス。おはよう。ディカルドは今日は朝番だったみたいで、さっき出て行ったよ。悪いね、新婚の朝なのに……あの男は……」
目を鋭くしたお義母様はなんだか怒っているようだった。これはまずいとニコニコと笑みを浮かべてお義母様を見上げる。
「いいえ、私からもお願いしたんです。急な結婚でしたし、お仕事に穴はあけないでねって」
「いい嫁だね。ありがとう、アニエス」
そしてさわやかに笑ったお義母様と、お義父様と一緒に朝食をいただく。オーギュスティン家の朝食は、上品な味がしてとてもおいしかった。
「ただいまー!」
「お帰り……」
家に戻るとレックスが変な顔をして私を凝視した。
「何よ」
「何って……新婚最初の朝イチに平然と帰ってくる奴なんている?」
「あら、普通に美味しく向こうで朝ごはん食べたし、この後家の薬草園手入れして出勤だけど」
「いやだから……身体とかきつくないの?義兄さんはどうしたんだよ」
訝し気にそう言う弟に、若干焦る。なるほど、一般的にはそういうものらしい。少し悩んで……ここは毅然とした態度で挑むことにした。しれっとした顔を作って口を開く。
「別に普通よ?元気に朝番で出勤してったけど」
「はぁ?」
ヤバい、何か間違ったようだ。弟がキレだした。若干焦りながら、再び先ほどの言い訳を持ち出す。
「ほら、急な結婚だったでしょ?だから私からお願いしたの。仕事に穴あけないでねって」
「それ受け入れる男なんている?」
「……なんで?」
「…………姉さんはわかんなくていいよ」
弟はなんだか重い溜息を吐き出して、私を疑うような目でじろりと見た。
「別に、姉さんが幸せならそれでいいんだけどさ。ちゃんと愛されてるんだよね?」
「バッ、バカなこと言わないでよ!当たり前じゃない!」
「別にバカなことなんかじゃないでしょ。大事なことだと思うけど」
そういうとレックスは私をじっと見ながら腕を組んだ。
「なーんか、浮かれてる感じがしないっていうか。新婚のイチャイチャ感を感じないんだよね。大丈夫?ほんとに新婚なの?」
「あっ当たり前でしょう!!」
鋭い。さすが我が弟。こっそり冷や汗をかきながら続きの言葉を考える。
「私たちはもう長い付き合いだからね。今更そんな空気が出ないのかもよ?」
「ふーん、そう。まぁいいけど」
弟は興味をなくしたのか、学園の指定バッグを持ち上げた。
「じゃあ僕は行ってくるけど。くれぐれも王宮では気を付けてね」
「何を?」
「……ガストンとか、あと、義兄さんのファンとか」
「ファン?そんな人いる?」
きょとんとしてそう返すと、レックスはあきれたような顔でまた溜息をついた。
「姉さんってそういうの、ほんと疎いよね。まぁその辺のうるさい女に姉さんが負けることなんてないと思うけど。一応気を付けて。じゃあ行ってきます」
なんなんだ。私は釈然としない気持ちで庭の薬草園を手入れし、王宮へ向かった。
ちなみに家に馬車は無い。我が家には炊事洗濯掃除をしてくれる数人の通いのメイドさんがいるぐらいなのだ。だから、王宮へは徒歩で向かう。
さわやかな朝の陽射しの中、風の精霊たちが気持ちよさそうに空を飛んでいる。人に見つからないように手を振ると、嬉しそうに小さな手を振り返してくれた。愛し子だなんて言うけど、私の日常なんてこんなもんだ。別に特別なことなんて何もできないし、したこともない。
まだ聖女探しは続いている。でも、私は既婚者となり対象からは外れた。このまま穏やかに過ごせたらいいな。目下の課題は……新婚の夫婦らしさだろうか。レックスの言葉を思い返して苦い気持ちになる。なんだよ新婚のイチャイチャ感って。
うんざりしていると、パタパタとリップルが飛んできて、私の肩に止まった。
『おはよう!なんでそんなに絶妙な顔してるの、アニエス』
「レックスに新婚のイチャイチャ感が足りないって疑われたの」
『えっイチャイチャしなかったの?』
「しないわよ!!」
ぎょっとしてそう返す。
『え~そりゃ~疑われるわよ~』
肩の上のリップルはなんだかにやにやと楽しそうな顔をしていた。
「ちょっと、からかわないでよリップル」
『からかってるわけじゃないわよ!大事でしょ、新婚のイチャイチャ感』
「なんでリップルまでそんなこと言うのよ!」
『あら、花は夫婦や恋人たちの贈り物の代表格よ?イチャイチャなんてあなたたち人間より花の精霊のほうがずっと熟知してるんだから』
「えぇ……」
ゲッソリとしてリップルを見返すと、リップルは少し真面目な顔をして私のことを覗き込んだ。
『でもほんとに、そういう雰囲気を出しておかないと危ないと思うよ?多分余計な弱みを握られて、面倒なことになるかも』
「なにそれ」
『そりゃ初日から徒歩で元気に登城だもの……とにかく行けばわかるわよ』
よくわからず、なんだかリップルにまで負けたような気持になってむくれる。
でも、それは的確なアドバイスだった。王宮につくと、妙な視線が注がれているのに気づく。
「リップル……」
そっと肩の上のリップルに話しかける。リップルはほらね、という顔で笑っていた。
『ね、言ったでしょう?それに、昨日の王宮はあなたたちの結婚で大盛り上がりだったから、元々の注目度が高いのよ』
「え、なんで」
『有名な第三騎士団の狂犬が薬師課のちっちゃい子と急に結婚したから』
「……だから?」
『だから、って……分かってる?狂犬っていうのも、目つきや口の悪さだけじゃなくて、その強さが評判になってるからだからね?しかもオーギュスティン家の長男で割と整った顔してるんだから、固定ファンはいるし注目度は高いのよ?』
「へぇ〜」
『……ちょっとは知ってたよね?』
「そんな噂、知るわけないでしょ」
『ほんと、アニエスは興味の振れ幅が極端だよね……』
リップルはあきれたように溜息をつくと、パタパタと飛んで私の頭の上に留まり、足を組んだ。
『とにかく、ディカルドは有力貴族のオーギュスティン家の長男で、第三騎士団の団長で狂犬と呼ばれるほどの強さ。そして、黙ってれば母親譲りの顔は綺麗めだって評判よ。だから、この国のお嬢様方にとって、ディカルドの妻の座は魅力的だったのよ。あなたの旦那様の評判ぐらい頭に入れておきなさいよね?』
「……リップルって、人間の貴族の私より人間に詳しいね』
『むしろアニエスが興味なさすぎるのよ……』
リップルはしょうがないなぁという風にまた溜息を吐いた。
『とにかく。一部の女性たちで、その狂犬に甘い表情をさせたいっていうファンは多いのよ。しかもオーギュスティン家の次期当主だもの。狙われないわけないわ』
「そういうもんなのね」
『そうよ……そこで湧いて出た目の上のたんこぶ、薬師課のチビ、アニエスってわけ』
「えっ私悪者!?」
びっくりして大きな声を出してしまった。ちらっと変な目で見られたのをコホンと咳をしてごまかす。
「なんで私が悪者にならなきゃいけないのよ!」
『そりゃその女どもにとっては悪者でしょうよ。みんなディカルドを狙ってたわけだし』
「……それは申し訳ないけど」
ディカルドにあこがれていたお嬢様方の夢を奪ってしまったのかもしれない。でも、申し訳ないが私も譲れなかったというところはある。仕方がないなぁと思いながら、時々浴びせられる痛い視線を受けて溜息をつく。
「でもそこまで恨まれる筋合いもないんだけどなぁ」
『まぁ、ディカルドも逆に恨まれてたりするし、お互い様でしょ』
「え、ディカルドが恨まれるの?」
『そうよ、あなた騎士団の若手には結構人気あるでしょう?』
「それも初耳だけど」
『アニエスが興味なかっただけよ……』
またうんざりした声が頭の上から聞こえてきた。
『いい?薬師の仕事が大好きなアニエスは畑の手入れもすれば調薬も往診もしっかりするわ。王宮の薬師の綺麗な診療室は婚活中の薬師のお嬢様方に譲って、アニエスは野営地にも出向けば血みどろの戦地の診療所にも出向くでしょう?ちっちゃいのに骨のある女だって、一部の血気盛んな騎士たちには人気なのよ』
「そうなの?ただそういう仕事はお給金がいいだけなんだけど」
『アニエス……もしかして、なんでそんな風に人気なのに、若い騎士たちが寄ってこないのかも気づいてないの?』
「何の話?」
『もういいわよ……』
リップルはまたあきれたように笑うと、パタパタと飛んで私の手に止まった。
『この花の精リップルちゃんがいつも間近にいるんだから、王宮の恋の話なんて知りたい放題なのに。アニエス、これをうまく使おうなんて考えたこともないんでしょ』
「えっどういうこと?」
『もう。わかんなくていいよ……アニエスはそのまんまの、鈍くて人間のドロドロに染まってないところがいいんだから』
「何!?馬鹿にした!?」
『うふふ、ほら……そんなこと言ってたら来たよ、アニエスの弱みを握ったつもりの、ディカルドのファンの子たち』
そういわれて前方を見ると、確かにかわいらしいワンピースを着たお嬢様方がこちらへやってくる。三人とも、なんだか険しい表情をしている。
「おはようございます、アニエスさん」
「おはようございます……」
名を呼び返そうと思ったけれど、名前がわからない。とりあえず挨拶を返す。
「あなた……ディカルド様とご結婚されたというのは本当なの?」
「本当です」
表情を変えずに間髪入れずにそう返すと、お嬢様方は眉をピクリと動かして怖い顔をして微笑んだ。
「まぁ。そうなのですね。まさかディカルド様がこんな没落寸前の方をお選びになるなんて。あなた、まさか貧乏な窮状に情けをかけてもらって結婚したのではなくて?」
「あまり仲睦まじい様子もないですし」
「初日から徒歩ですし、ねぇ?」
「冷遇されてご愁傷さまですわ」
「えぇ、お可哀想ですわ、ディカルド様にばかりご負担をおかけした結婚で」
「違いますけど?」
再び間髪入れずにそう返すと、先頭に立つ金髪に巻き毛のお嬢様が険しい顔をした。
「じゃあなんで貴女なんかがディカルド様と!?」
うっかり利害の一致です、と答えそうになって言葉を飲み込む。違った、一年前から恋人同士という設定だから……
「一年前から恋人同士だったからです」
そのままストレートに答えた。
「んなっ……!?」
「まさか!」
「そんな話少しも……!」
思いのほかこの設定の破壊力はすごかったらしい。若干後ろめたい気持ちになりつつも、はっとして時計を見る。
「ごめんなさい、もう薬師の勤務時間になります。何かあったら調薬室までお越しください。では」
なんかめんどくさいな。
そう思いながら、ワナワナとするお嬢様を残し、その場を後にした。
読んでいただいてありがとうございました!
お嬢様方の攻撃がさっぱり効かないアニエスちゃんでした。
「我が道を行くアニエスちゃん素敵!」とサムズアップして下さった神読者様も、
「ほらな!新婚らしさ!出してかないと!!」と前のめりにオススメして下さった素敵なあなたも、
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