1-6 二人の夜
連投中!
夜も更けた頃。私はディカルドの家の、大きなベッドの上にいた。
「ですよね…………」
そう、王宮勤めの私は、もちろんちゃんと知っている。結婚した最初の夜……すなわち、夫婦仲睦まじく一緒に過ごす、最初の夜だ。
詳細なことはいまいち良く分かっていないけど、イチャイチャしろと、そういうだろう。
ひらひらの可愛い夜着。磨かれた身体から漂う柔らかないい匂い。
私は現実味のない気持ちで、ぽつんと一人大きなベッドに腰掛けた。
「まさか昨日の今日で夫婦の寝室まで準備しちゃうなんて……」
どうやらディカルドのお母様……もはや私のお義母様となったリザンデ様が、速攻で部屋を準備しつつ、商才溢れるお義父様のエトヴィン様を動かし家具も準備したようなのだけど。
さすが力のあるオーギュスティン家。完璧なまでの素敵な寝室だ。
「……これで、良かったのかな……」
偽装とはいえ、夫婦になったのだ。やっぱり、そういうことは必要なんだろう。分からないなりに想像して、ゴクリとつばを飲み込む。……私と、ディカルドが、イチャイチャする、ということだ。もしかして、抱きしめられたり……キスされたりするのかもしれない。そして、む、胸を揉んだりするのかもしれない。男の人はなぜか胸が好きらしいから。信じられない気持ちでそれを妄想して、顔が熱くなる。
でも……と、ふと冷静な気持ちになって、ぐっと手を握った。
ディカルドは、本当は、嫌かもしれない。
そんな不安が、ふつふつと湧いて出てきてしまう。
だって、今日の教会では、口にキスしなかったもの。それを思い出して、なんだか胸がチクリとして、寂しい気持ちになって。自分の腕で薄い夜着に包まれた自分の身体を、ぎゅっと抱きしめた。
ガチャリと扉が開く音に、ビクリと肩が跳ねた。恐る恐る振り返ると、夜着に身を包んだディカルドがいた。
「あ……えぇと、こんばんは……」
「………………」
ディカルドはパタンと扉を閉じると、スタスタと私のところに歩いてきた。
「あ、の……」
爽やかな石鹸の匂いがして、うまく息をが吸えない。
どさ、と隣にディカルドが座って、ベッドがぐらりと揺れた。
「寝るか」
「……………へ?」
「んだよ、疲れてんだろ?」
ふぁ〜とあくびをしたディカルドは、もぞもぞと布団に潜り込んだ。
「ほら、灯り消すぞ」
「え、うん………」
言われるがままに慌てて布団に入る。その様子を横目で確認したディカルドは、ふっと灯りを消した。
暗闇になった部屋に、静けさが満ちる。
私に背を向けて寝転がるディカルドは、身動き一つしない。
「ディカルド……?」
「……んだよ」
「…………いいの?」
「……何が」
「何も、しなくて……」
「……………………」
暫く沈黙が訪れて。少しして、はぁ、と息を吐き出す音が聞こえた。
「……一応、大切にするって言ったからな」
「え……?」
「…………無理やりするほど、落ちぶれてねぇ」
そう言うと、ディカルドはごろりと転がって顔をこちらに向けた。
「なんだよ、お前まさかビビってたのか?」
「っハァ!?」
「悪いがそんなツルペタにがっつくほど飢えてねぇから安心しろ」
「っ最低!!クソ猿!!!」
ツルペタじゃないし!一応それなりに手のひらで包み込むぐらいはあるし!!という気持ちを込めて枕を思いっきりディカルドへぶん投げる。ディカルドは笑いながら枕をキャッチすると、私の顔に投げ返した。
「ぶっ」
「ふは、ダサ」
「酷すぎる!!」
「式でキョドりまくってたお前よりマシだろ」
「ぐぅ……」
そう、キョドリまくっていた自覚はある。私は押し黙りつつ、枕を握りしめた。そんな私を見て満足そうにクックと笑ったディカルドは、はぁ、と息を吐くと、ごろりと転がって天井を見上げた。
また、静かな空気が部屋を満たす。
「ディカルド……本当に良かったの?」
「何が」
「……私なんかと結婚して」
「…………」
また無言。もしかして、ディカルドも急に実感が湧いてきて、改めて今を見直しているんじゃないだろうか。そして……後悔しているのかも。そんな不安がまた心に湧き上がってきて、暗がりの中ちらりとディカルドのほうを見る。
ディカルドは暗がりの中、じっとこちらを見ていた。
「後悔してない」
そうはっきり言ったディカルドの低く響く声に、なんだかどきりとした。
「ちゃんと、本気、だったんだ……」
「当たり前だろ。冗談で結婚なんてするかよ」
「でも……ほんとによかったの?私で……」
「お前でいいって言ってるだろクソチビ」
「なによ、本気で心配してるのに……」
ほんのり月明かりが照らす寝室に、私の声がポツリと響いた。思ったよりも心細そうに響いた自分の声にびっくりして、布団に潜り込み顔を覆う。
「…………お前こそ、良かったのかよ」
しばらくして、ディカルドの低い声が静かに響いた。不思議に思って布団から顔を出す。
「どういうこと?」
「どういうことって、お前……俺のことばっかり心配して、自分はいいのかよ」
「何が……?」
「……俺と結婚したのが」
ぼそりと響くその声が、ディカルドにしては自信が無い雰囲気で。思ってもみなかった弱弱しさを不思議に思いながら、再び口を開く。
「よかったけど?」
「……軽くねぇか」
「そう?だって、いいことづくめじゃない」
いろいろと考えたけれど。私にとってはいいことしかなかった。
「だって、弟のこともちゃんと成人するまで面倒を見られるし。薬師の仕事も続けられるし、薬草園も近い。聖女になって大聖堂に閉じ込められることもないし、私らしく生きられるなと思うけど。むしろいいことしかなくて、申し訳ないぐらい」
「……そうかよ」
今度はほっとしたような、でも気が抜けたような投げやりな声が聞こえた。
「何よ。期待してた答えと違った?」
「……いや、お前が納得してるなら、十分だ」
「変なの、ディカルド」
「うるせ」
その声と同時にデコピンが飛んできた。
「いったぁ!信じらんない!花嫁にデコピンする花婿とかいる!?」
「やかましい。俺は明日も早い。おやすみ」
「酷すぎる!」
「うるせぇ。いびきかくなよ」
「かきません!!!」
ひりひりするおでこをさすりながら、もう一度布団を引っ張り上げて柔らかい枕の中に頭を沈める。
目を瞑ると、今日あったいろんなことが次々と頭に浮かんできた。それから、笑っているお父様とお母様の顔。二人は、今の私を見て、なんていうだろうか。
そういえば、小さい頃、よくディカルドの家にお泊りしたっけ。
「こうやって一緒に寝るの、子供の時以来だねぇ」
「……そうだな」
小声で呟くと、ディカルドはまだ寝ていなかったようで、ぼそりと返事が返ってきた。そろそろ本当に寝かせてあげないとだめかもしれない。私は子供の頃を思い出しながら、幸せな気持ちで目を瞑った。
「おやすみ」
「……おやすみ」
その低い声がなんだか心地よくて。私はこの日の疲れと一緒に、気持ちよい夢の中に吸い込まれていった。
読んでいただいてありがとうございました!
ディカルド君はアニエスちゃんを大切にしてくれるみたいです。
「おい作者!イチャイチャはどこいった!?」と怒り心頭な神読者様も(すみません……)
「落ち着きなさい、じわじわいくのも良いものですよ」と高級茶葉の紅茶をお飲みになっている貴族な読者様も(ありがとうございます……)
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※多分明日の朝の投稿までにはひと盛り上がりあるはず……