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1-5 偽装の夫婦

「アニエスと結婚する」


「!!!!!?????」


「認めろ」


「い、いいけど、突然どうした!?」


 大きな書斎の中。メガネをかけた優しげなディカルドのお父様、オーギュスティン卿が目を白黒させていた。


 それはそうだ、突然隣の家の子を連れてきてそんなことを言うのだもの。でも、疑われては困ると思って、ぎゅっとディカルドの手を握り、身を寄せてディカルドを見上げた。


 ディカルドはちらりと横目で私を見下ろすと、再びオーギュスティン卿に視線を戻した。


「お前らが知らなかっただけで、俺らは昔から恋人同士だ」


「は!!???」


「そうだなアニィ」


「えぇ、そうよねディル」


 ここぞとばかりに先ほど練習した愛称呼びをする。オーギュスティン卿は目をまんまるにして驚いた表情をした。ディカルドは逆に目を細めて睨むようにオーギュスティン卿に視線を向けた。


「見合い話ばっかり持ってきやがって。さっさと結婚させろ」


「えっ、え、待って!?本当なのかディカルド!?」


「本当だって言ってる」


「まさか、あの、ディカルドが………!?ここ、恋人って、お前そんな女性とお付き合いできるような息子だったっけ!?」


「クソ親父」


 呆然とするお父様。そして噛みつきそうなディカルド。えっ、これ大丈夫だろうか。どう収拾をつけたらいいのか分からなくなってきてアワアワしていると、後ろからクックックと不敵な笑い声が聞こえてきた。


「いいじゃないか、認めておやりよ。この子もやっとその気になったんだから」


「あぁ?」


「なんだよ、協力してあげてるんでしょう?バカ息子」


 金に近い小麦色の長い髪に、ニヤニヤとした赤銅色の美しい目。


 ディカルドにそっくりなこの美女は、ディカルドのお母様だ。


「良かったわ、まだまだケツの青いガキだと思ってたのに。やるときゃやるじゃない。あんた昔からアニエスちゃんがお気に入りだったものね」


「!?」


「黙れクソババァ」


 バッとディカルドの手刀が繰り出される。それを何なく躱したお母様は、実は元王宮騎士団の女騎士だ。


「はっ照れるなよヒヨコめ」


「ヒヨコじゃねぇ」


「まぁ、卵の殻ははずれたようね。で、式はいつ?」


「入籍は明日」


「明日ぁぁぁ!?」


 ディカルドのお父様が素っ頓狂な声を出した。顔が赤くなったり青くなったりしている。


「ハハッいいじゃないか、潔くて悪くない。認めよう」


「待ってリザンデ!流石に明日は急すぎるんじゃ!?」


 ご機嫌そうなお母様が認めてしまったので、お父様がまたアワアワし始めた。そこに淡々とディカルドが切り込んでいく。


「アニィは最近男に付き纏われている。心配だ。すぐに入籍して守りたい」


「……あいつか。確かに、レックスくんの爵位継承ももうすぐだしな」


 今度はお父様の顔が真面目に険しくなっていった。ガストンさんのことを知っているみたいだった。心配させてごめんなさいと心のなかで謝る。お母様の様子を見ると、鋭い視線で腕組みをしながら考え事をしているようだった。


「なら先に客間を使うのも手だな。ディカルドの言うとおりさっさと籍を入れて、早くこちらに引っ越す方がいい」


「ちょっと!?君たち話が早すぎるよ!?」


「即断即決は戦場で己の命を守る」


「ここ戦場だっけ!?」


「ほら、お隣に挨拶に行こう」


「えぇー!??」


 怒涛の結婚報告だった。そして流されるままにディカルドの家族を引き連れて家に帰る。


 家では弟のレックスが私達を呆れたように見つめていた。


「なんで急に結婚になるのさ。婚約はどうしたの」


「ええと……私、そろそろ付きまとわれるの面倒になってきちゃって……もうさっさと結婚しちゃおうかなって……」


 17歳の弟は反抗期なのか最近冷たい。うんざりしたような冷めた顔で私を睨みつけている。


「……面倒って、ガストンのこと?アイツ本当に何なんだよ。まさかまだ姉さんに絡んできてるの?」


「まぁ……」


 そう言えば、弟にはガストンさんのことは伝えていなかった。心配するかと思って黙っていたんだけど。ちょっと気まずい思いで弟の様子を窺う。


 レックスは苛ついたようにディカルドに視線を向けた。


「……姉さんの恋人だってんなら、あんな小物さっさと黙らせて下さいよ」


 珍しくイラついている弟に困惑して首をかしげていると、ディカルドが淡々とした表情で口を開いた。


「だから結婚するんだろ」


「……こんなに急にする必要あります?」


「むしろこの状況で時間かける必要あるか?」


「…………」


 むっとしたような弟がディカルドを睨んだ。


「分かりました。結婚を認めます……でも、条件付きです」


 条件付き!?と驚いて再び弟をみると、弟は鋭い目つきでディカルドを見ていた。


「姉さんを泣かせたら許さない」


「……当たり前だ。そんな事しない」


「どうですかね。本当に大丈夫ですか?正直僕は焦れったくてしょうがなかったですけど。この鈍感な姉が相手ですよ?」


 そうレックスが言うと、ディカルドは一拍おいてから、低音に響く声で静かに言った。


「ちゃんと、大切にする」


「……絶対ですよ?」


「分かってる、絶対だ」


 なんだろうこの一触即発な空気は。いまいち話が読めないが、私は耐え切れず二人の間に入った。


「ちょっと!なんで二人でドンパチやってるのよ!私も混ぜて!」


 するとレックスはうんざりしたような呆れた顔で私を見下ろした。


「やめてよ姉さん……なんだよ『ドンパチ』って。いつの時代の言葉だよ。それに混ぜてって意味わからないから。気が抜ける」


「そう?とにかく!よくわからないけど二人ともケンカしないの!むしろ私が希望したことなんだからいいでしょう!?ディカルドがいいよって言ってくれたんだから!」


 そう言うと、弟は驚いたように少し目を丸くして私の顔を見つめた。


「姉さんが、希望したの」


「えっ、そうだけど?」


「……そっか」


 レックスはなんだか気が抜けたような溜息を吐いた。


「もういいや。姉さんが安全で幸せならなんだっていい」


「なげやりすぎない?」


「そんなことないよ。それに、ガストンをさっさと黙らせるには結婚してオーギュスティン家に入るのが一番手っ取り早いのは確かだし」


 物わかりのいい弟をきょとんと見上げる。そういえば、いつのまにか大きくなって、頭は私よりずっと上のほうにある。背の高いお父様に似たんだろうなとまぶしく見上げる。私は小さなお母様に似たのだけど。


「ありがとう、レックス」


「……いいよ、姉さんずっとディカルドのこと好きっぽかったもんね」


「っはぁ!??」


 思わず叫び声をあげた。えっ私がディカルドを!?なんで!?


 驚きでワナワナとレックスを見上げると、レックスはやれやれといった風に溜息を吐いた。


「なんだよ、違ったの?いつもやたらディカルドに食って掛かってくから、もしかしたら好きなのかもなって思ってたんだけど。まぁどうせ姉さんは鈍すぎだから無意識だったと思うけど」


「なっ……」


 違う!!!と言いそうになって、すんでで言葉を飲み込んだ。勘違いも甚だしいけど、よく考えたら私とディカルドは恋人同士であるという設定だった。ここで否定するのはおかしいし、むしろありがたい勘違いだから活用していかないと……!


 私は否定したい気持ちをぐっと飲みこみ、無理やり勝ち誇った顔を作った。


「よ、よく気づいたわねレックス、その通りよ」


「なにその顔……まぁ幸せそうだしいいんだけど」


 レックスはなんだか拗ねたように顔をそむけた。かわいい。反抗期だし、もうずいぶん大きくなってしまったけれど、やっぱり私のかわいい弟だ。


 私はにこやかにレックスの手を取った。


「そんなに寂しがらないで。大丈夫。結婚するといってもお隣だし、あなたが成人するまでは二日に一度は帰ってくるわ!」


「はぁ!??」


 今度はレックスが驚きの声を出した。


「いやなんでだよ!結婚するんだろ!?そんなに帰ってくるとか仮面夫婦かよ!」


「そんなことないわよ!普通に仲良くするつもりだけど、私はあなたの親代わりでもあるんだからね!」


「いや意味わかんねぇし!俺もう17だぞ!!」


「成人するまではちゃんとあなたに寄り添いたいの!」


「ばっかじゃねぇの!??」


 そう切り捨てられて少し寂しい気持ちになる。が、これも反抗期特有のあれだわ。そう思ってほほえましくも思った。


「まぁいいじゃない。とにかく私は二日に一度は帰るって決めたの。もう少し付き合ってね、レックス」


「……オーギュスティン家はそれでいいんですか?」


「問題ない」


「そう……じゃあ好きにすれば」


 弟は少し赤い顔でぷいっとそっぽを向いてしまった。照れているのか、かわいいなとニコニコとその横顔を見つめる。


 2日に一度だけど、こうしてまだ一緒の時を過ごせる。私は、ほっと胸をなでおろした。


 そんなこんなでまとまった私とディカルドとの結婚だけど。



 翌朝、私は鏡の前で呆然としていた。



 私は今、真っ白なドレスに身を包んでいる。



「…………なんでこうなったんだっけ」


「フフ、何言ってるんだ、アニエス」


 ディカルドのお母様がクスクスと笑いながら私の純白のドレスの再調整をしている。


「でも本当に良かった。まさかこんなにピッタリだとは。生地の状態も悪くない。――まるで若いころのカタリーナがここにいるみたいだよ」


 そう、この純白のドレスはお母様がお父様と結婚した時のウエディングドレスだ。区切りは必要だろうとのことで、急ごしらえで家族だけの結婚式をすることになり、急いでクローゼットから引き出してきたのだけれど。


 それは、びっくりするほど美しく、私の体に馴染んでいた。時を経ても美しいそのドレスは、陽の光を浴びて何だかキラキラとしている。


 ふと大きな鏡越しに、クローゼットからチョロチョロと精霊たちが出てきたのが見えた。手に持っているのは、針と糸。あれ、もしかして……とハッとした。妙に綺麗な純白のドレスは、もしかしたら精霊たちのおかげかもしれない。じっと精霊たちを見つめていると、みんなこちらを見て嬉しそうに笑っていた。


 嬉しいな。そんな気持ちになって、笑みが溢れる。


「……まったく、そんな幸せそうな顔して。急だけど良かった。こういうこぢんまりしたのも良いね」


 大貴族のオーギュスティン家としては、後日正式な式と披露宴をやる必要があるのだけれど。でも、本人たちの区切りとして、プレ結婚式をやってもいいだろう、結婚式なんて何度やってもいいんだし……というディカルドのお母様の提案でやることになった、急ごしらえの簡単な神への誓い。そんな家族だけの小さな結婚式だけど、なんだか温かさがあって、いいなぁという気持ちになった。


 そっか、私、結婚するのか。しかも、あのディカルドと……。なんだか急に実感が湧いてきて、変な気持ちになる。


 本当に、いいのかな。本当に、ディカルドは嫌じゃなかったのかな。偽装結婚とはいっても、よく考えたら、結婚は結婚だった。


 ほんのり、不安が心に浮かび上がってきて、胸の中が整わない。


「ほら、姉さん行くよ!」


 レックスが迎えに来て、私の手を引く。


「何ぼんやりしてるの」


「えっと、大丈夫……」


「まったくしっかりしなよ」


 弟はやれやれと溜息を吐いた。


「大丈夫だよ」


「な、なにが?」


「……すっごい花嫁っぽい。普通に綺麗だよ」


 思いもかけない弟からの言葉にびっくりして顔を上げる。


 弟はにやりと笑っていた。


「馬子にも衣裳ってやつ?」


「失礼ね!」


「ほら、みんな待ってる。義兄さんなら、姉さんが何着てても喜ぶでしょ」


「それ面白がってるでしょ」


「はいはい、じゃあ行くよ」


 そう言うとレックスは小さな教会の扉を開けた。


 昼下がりの、暖かな日差しが降り注ぐ古びた教会。その中心に、まっすぐに伸びる、赤い絨毯。


 その先に待っていたディカルドの姿に、何だか息が止まった。


 着心地の悪い正装が大嫌いなはずのディカルドが、しっかりと正装を着こなしている。静かに佇むその姿は妙に真面目で――やっぱり、勘違いしてしまいそうになった。


 違う違う、これは偽装結婚。お互いの、利益の為。


 そう、自分に言い聞かせる。


 そうしないと、何だか冷静な気持ちでいられなかった。


「ほら、姉さん」


 レックスの声にハッとして、その腕から手を離す。それから、差し出されたディカルドの手を取った。


 一瞬、ディカルドと視線がそっと合わさった。それは、なんだか、静かに大切なものを見ているような雰囲気で。私は嘘だと自分に言い聞かせながら、なんだかフワフワとした気持ちで、牧師さんの前に立った。長ったらしい牧師さんのセリフを上の空で聞く。


「――誓います」


 その声にハッとして現実に引き戻される。ディカルドが即答で誓っている。自分の番になって、慌てながら震える声で答える。


「ち、ちかいます……!」


 牧師さんは満足そうに頷くと、声高らかに宣言した。


「では、誓いのキスを!」


 その言葉に、私はフリーズした。


 えっ、なんていった?



 ……………誓いのキス………?



 知ってた。知ってたけど。


 え、私も?ディカルドと?


 まさか、嘘でしょう?



 放心状態になった私の肩を、ディカルドがグイッとつかんだ。そして、スッと身体を回転させられて向かい合わせになる。


 ベールの向こう側。ディカルドは静かな、でも少し寂しそうな表情をしていた。


「……黙ってるだけでいい」


 そう、ほんの小さな声が聞こえて。


 そっとベールが上げられて、ディカルドの顔が近づく。



 いつも生意気な顔は、今日は何故か大人の男の人の顔に見えた。


 耐えきれず、ぎゅっと目を瞑る。



 黙って、黙ってるだけでいい……!!


 そう頭の中で唱えながら固まっていたら、柔らかい感触が頬を掠めた。



 ………あれ?口じゃない?


 想像以上の軽さに目を開くと、ディカルドはもう前に向き直っていた。



 淡々とした表情。


 そう、この結婚は、好き合ってする結婚ではない――全部、ウソなのだ。


 なにかチクリとしたものが、胸を刺した。



「新しい夫婦の誕生です!!」


 そう高らかに宣言した牧師さんの声が軽やかに響く。両家のささやかな拍手が、柔らかな陽の光が差し込む小さな教会の中に広がった。



 この日、腐れ縁の幼馴染の私達は、急ごしらえで嘘の混じった、偽装の夫婦になった。


読んでいただいてありがとうございました!


さあ!結婚しましたよ!偽装だろうとなんだろうと、もうやりたい放題です(?)!!!

「よっしゃー!やったれ!」と作者の謎のテンションに乗っかってくれた素敵なあなたも、

「あれ?アニエスちゃん、ほっぺで残念だったの?」とニヤついてくれた神読者様も、

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また遊びに来てください!

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