1-4 行動開始
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ディカルドとの偽装結婚。悪くないと満面の笑みを浮かべた私に、ディカルドはうんざりした表情を向けた。そんな嫌そうな顔しなくてもいいじゃないと思いつつ、明るい希望が見えてきたからか気持ちが浮ついてきて、ご機嫌でディカルドの腕をとる。
「そんな怖い顔しないでよ!いくら偽装だとしても仲良くないとばれちゃうじゃない!嫌なのは分かるけど、多少ラブラブしないと」
「ラッ……!?」
「私達結婚するんでしょ!ホラホラ、減るもんじゃないし」
そう言いながらディカルドの腕に満面の笑みでくっついた。ディカルドは今度はチッと舌打ちすると顔を背けた。確かに付き合いでも女性をエスコートをしているディカルドなんて見たことない。多分、こういうことするの苦手なんだろうな。……私としては、長い付き合いだから今更な感じではあるのだけど。
そうやって半分子供の時の感覚でじゃれあっていると、外からザワザワと声が聞こえてきた。聖職者達が今度は屋敷の外をうろついているらしい。ディカルドと二人で息を潜め、様子を窺う。
「………今日も空振りか………」
「本当に王都にいるのかな」
「いるだろ。聖水晶にはっきり出てただろ?」
聖水晶。そういえばそういうものもあった。確か、大聖堂の中に飾られていたはず……そう記憶を辿るが、いまいち思い出せない。
そうして悩める私が聞いていることも知らず、聖職者たちは少し疲れた様子で話を続けた。
「どのみち来週には未婚の女性を集めた催しをするって言うじゃないか。そこできっと間違いなく見つかるだろ」
「だな。聖水晶に触れたら聖女様だってすぐわかるんだよな?」
「らしいぞ。かなり美しく光り輝くらしい」
「へぇ〜今の所うんともすんとも言わないのにな」
「きっとご自覚もなくて、聖女様も出てこれないのだろう」
ぞわりと鳥肌が立った。聖水晶。絶対に触っちゃだめだ。ゴクリとつばを飲み込む。
「大司教様も、首を長くしてお待ちだとか」
「大聖堂の居室も、もう完璧に整ってるんだろう?」
「あぁ、一回見たがすごいもんだぜ?さすが、ずっとそこで暮らすだけのことはあって、完璧な豪勢さだった」
「いいなぁ〜贅沢三昧」
「まぁ大聖堂から出れないしな」
「献身の聖女様、絶対かわいいよな」
「早く見つけて差し上げたい……」
「お前ら下心あり過ぎだろ」
ワイワイと盛り上がる聖職者達の声を気が遠くなる思いで聞く。やっぱり、こんなの嫌だ。聖女になんてなりたくない。自由に生きたい。王子と結婚なんて、したくない。そう決意を新たにした。
とにかく、聖水晶に触れば聖女だと分かるのなら……そんなの、絶対触ったらダメだ。絶対に絶対に触らないと心に刻み込む。そうじゃないと、一生大聖堂という檻の中だ。
弟や、亡き父と母の顔が頭をかすめた。なんとかして逃げ切らないと。
でも、ほんとうに、逃げ切れるのだろうか。
息を潜めた小屋の中で、心細くなってきて、ぐっと目を瞑った。小刻みに手が震えてるのを気付かれたくなくて、ディカルドの腕に触れた手を離し、ぎゅっと両手を握りしめ、力を込める。
だめだ、気を強く持てアニエス。私が、乗り越えないと。弱気な心に負けたらいけない。そう自分に呼びかける。
「…………アニエス」
聖職者達の声が聞こえなくなってきた頃。ディカルドの低い声が、静かな小屋に響いた。
「………ん?何?」
「結婚報告しに行くぞ」
「今!?」
「今しかない」
その硬質な声がリアルを突きつけるようで、胃袋がキュッとなった。
「っ待って、心の準備が!」
「うかうかしてると聖女まっしぐらだぞチビ」
その声にディカルドを見上げると、ディカルドは不敵な笑みでニヤリと笑っていた。
「まぁ、お前がそれでもいいならいいんだけどな?」
「〜〜っ行きます!!!」
そうだ、アニエス。腹をくくるのだ。聖女回避をしなければ!!!
「ふ、ふつつか者ですが!宜しくお願いします!!!」
「………おう」
ディカルドはそうぼそりと呟くと、握手をするために差し出した私の手を取った。
「……いくぞ」
「えっ、あ、うん」
ディカルドは、私の手をそのまま引いて小屋を出た。
大きな手が私をグイグイと引っ張っていく。
「ディ、ディカルド……?」
「なんだよ」
「手……」
当然のように繋がれた手に落ち着かずにそう言うと、ディカルドはスタスタと歩みを止めないまま、淡々とした声で私に答えた。
「これから結婚報告するんだ。これぐらいの距離感は必要だろ」
「え……あ………」
「お前だってさっき俺の腕掴んでたろ」
「そ、うだね……」
そう言われると、その通りなのだけど。するのとされるでは、感覚が違う。なんだか急な展開に頭が追いつかなかった。くっつくのはいつも私の方だったのに。ディカルドが、あのディカルドが、私の手を引いている……
ディカルドは、そんな私を横目で一瞥すると、再び口を開いた。
「いいか、よく聞け。俺たちは実は昔から恋人同士だった」
「は!?」
「アホ、声がでかい。辻褄合わせが必要だろ」
「そ……そうね………」
スタスタと進んでいくディカルドの声は落ち着いている。表情は見えないが、これはマジなやつだとゴクリとつばを飲み込む。
「……お前は最近王宮で男にしつこく付き纏われている。心配した俺は今すぐお前と結婚することにした」
「つ、付き纏われてる!?」
「そう、実際にいるだろ、しつこくお前に付き纏っているあの親戚の男。実はあいつは、アニエスを監禁して自分のものにするつもりかもしれない……今の聖職者たちのようにな」
「こ、怖っ!!」
ディカルドの言う親戚の男、ガストンさんは、やたらと私に絡んでくる。理由は私が好きとかじゃなくて……我がウォーカー家の爵位がほしいからだ。これまで毅然とした態度で拒否してきたけれど。
監禁。否定しきれないのがむしろ恐ろしかった。
「だろ。アニエスは隠れていたときに奴がそうつぶやいているのを聞いて、俺に助けを求めた。だから、俺は今すぐ結婚して、お前を守ることにした。よって婚約期間も無しだ。いいな?」
「う、うん」
「今日のところは細かいところは適当でいい。できるだけ真実を混ぜろ。あとはうまく合わせるから」
「わ……分かった………」
思ったより凄いことになってきた。でも、よく考えたらかなりあり得る話だった。もうすぐレックスは爵位を継ぐ。最近のガストンさんの私への粘着は、少し度を過ぎていたかもしれない。説得するような長文の手紙が来ることも多くなった。気がついたら、柱の向こうからこちらを見ていたり。
これまでうまくあしらってきたけど、割と危なかったことに気がついて震えた。
前を行くディカルドの背中を見る。私とは違う、引き締まった硬そうな背中に、少しホッとした。
小さい頃から見てきた、少し目つきの悪い表情。でも、本当は知っている。ディカルドは、なんだかんだ優しいのだ。そんな私の状況もちゃんと知っていたし――身を切って、私と結婚しようとしてくれている。
……私たちは、結婚、するのか。
じわじわとその事実が胸に広がる。結婚……人生の一大事だ。聖女になりたくないとはいえ、本当にいいのだろうか。何だか怖気付いてきて震える。
「………アニエス」
「っひゃい!」
緊張の中、変な声が出てしまった。やばい、どうしよう………と混乱してアワアワと口を震わせる。ディカルドは、そんな私を心配したのか、ふと立ち止まった。
「…………ガキの頃、お前散々俺にままごと付き合わせただろうがよ」
「……ままごと?」
「俺は王子も子供も犬も夫も、全部やった。お前は大体お姫様か奥様だっただろ。お転婆が過ぎたがそれはとりあえずいい。今日もそのノリでいけ」
「えっ……えぇ!?」
「演技派女優なんだろ?」
「そ………………そうね……?」
「あんだけ人に付き合わせておいて、まさか本番の演技で怖気付いてできねぇとか言わねぇだろうな」
ニヤリと笑ったディカルドに急にムカついてきた。怖気づく?私が?そんなわけ無いと、ふん、と胸を張りだした。
「まさか!やってやるわよ!」
「は、足引っ張んなよ」
「あら、貴方のほうが心配よ……ねぇディル?」
そう、私は演技派女優。開き直ってノリノリでディカルドの愛称をネコ撫で声で呼んでみた。
ディカルドは、私を凝視して固まってしまった。
「………ディカルド?」
「……………キモ」
「ハァ!?」
そしてまたグイッと私の手を引くと足早に歩き出した。
「ちょっと、酷くない!?」
「うるせぇアニィ」
「っ!?あ、アニィ!?」
まさかの愛称呼び返しに驚愕して、わなわなと口を震わせ赤くなる。
「クソが、そういうことだろうよ!照れんな猿が!」
「猿じゃないし!!猿はディルだし!!」
「……っやめろ、やっぱ調子狂う」
「…………そうね、必要にせまられたときだけにしましょう」
慣れない事をした二人の間に、生暖かな気持ち悪い空気が満ちる。でも、結局ディカルドは私の手を離さなかった。そのまま手を繋いでディカルドの大きな屋敷の中へ入る。
小さい頃から慣れ親しんだ、ディカルドの家の大きな玄関。それから、同じように腐るほど慣れ親しんだ、ディカルドの乱暴な言葉遣い。硬そうな、光に当たると金に輝く、小麦色の髪の毛。
なんとなくそのあたたかさに頼りたくなるような、惹きつけられるような気持ちで、ディカルドの手をキュッと握った。少しして、ディカルドはそれに答えるように、私の手をきゅっと握り返す。
ディカルドとの間にあった距離が、ほんの少し縮まったような気がした。
そんな夕暮れ時の美しい空の下。
精霊たちが、嬉しそうに私達を見ていたのは、もはや私とディカルドの目には入っていなかった。
読んでいただいてありがとうございました!
やるのはいいけど、されると照れちゃうアニエスちゃんでした。
「いいぞもっとやれ」と拳を突き上げてくださった神読者様も、
「照れんなよ」とニヤついたあなたも、
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