番外編 恋人?夫婦?の初デート
コミカライズ決定記念!!
番外編です。
皆様応援本当にありがとうございました!!!
「まっさかアニエスが聖女だったとはね〜」
ゴリゴリと薬草をすりおろしながら、先輩たちが楽しそうに笑う。
「私もびっくりですよ」
「アニエスならそう言うと思った」
「どうせ『なんで私!?』って、めっちゃテンパって全力で逃げてたんでしょ」
「えっなんで分かるんですか」
「そりゃあアニエスだもの」
流行りのゆる巻きの髪をキュッと束ねた先輩は、当たり前でしょうと笑い飛ばした。
「アニエスが上品な聖女様の暮らしを望むとは思えないし」
「弟くんを残して大聖堂とか絶対行かないだろうし」
「王子様との結婚なんて興味なさそうだし」
「……そして幼馴染の素敵な騎士様がいらっしゃるわけだし!」
「きゃぁぁぁぁ」
「鼻血、鼻血が」
「先輩落ち着いて」
久々に復帰した薬師課でのおしゃべりは、いつも最後はこの展開になってしまう。そろそろ飽きてもいいと思うんだけど。
「これが落ち着いていられますかって話よ!」
「なんせ今をときめく聖女様と騎士様の恋物語……!」
「それがこんな身近にあって放っておけという方が無理でしょう!?」
「そ、そんな大層なもんじゃないんですけど……」
苦笑いをしながら、沸騰したお湯にドボドボと乾燥した薬草の種を突っ込んだ。
ぐるぐると鍋をかき回す。精霊に拐われ、行方不明になっていた聖女。それが話題にならないなんてことは、やっぱり無かった。
精霊界から帰ってきた私に注がれるたくさんの視線。聖女様、愛し子様と多くの人が私を欲するように手を伸ばす。敬いも憧れも欲や妬みも。色んな感情がごちゃまぜになったたくさんの視線が一斉に注がれて。
覚悟はしていたものの、今まで経験したことのない視線の多さに、思わず狼狽えて。何をどう処理していいのか、笑ったらいいのか手を振ったらいいのか、分からなかった。
そうして群衆の前で青ざめる私を、がっしりと支えて護ってくれたのは、ディカルドだった。
お目見えも、贈り物や懇願の処理も、生活の保護と護衛も。あっという間に私を守る体制を整えたディカルドは、確かにオーギュスティン家の立派な当主で――私の旦那様だった。
そうして、ディカルドは聖女として知られてしまった私を陰日向にしっかりと守ってくれたのだけど。その姿は、とにかく至るところで目撃されることとなり。
一連の教会解体の騒動も合わさって、恋と噂に余念のないお嬢様方の格好の話題になっているというわけだ。
「もぉ~なんで言ってくれなかったのよ、恋人同士だったなんて」
「ただの腐れ縁です〜って言ってたのに」
「冷たい男のデレる姿……たまらん」
「ねぇ!お家だとディカルド様はどんな感じなの!??」
「あ、あははは……」
当然のように偽装結婚だったことは闇に葬って、土壇場で設定した一年前から恋人同士だった設定を継続しているのだけど。その隠れ恋人設定も先輩方のお気に召したらしい。
毎日繰り返されるこの展開に諦めて、遠い目で天井を見上げる。ぶら下がった薬草と戯れる小さな精霊たちが、楽しそうに私に手を振っていた。
「でも聖女だなんて、身動き取りづらくて大変だよね。普段夫婦でどうやって過ごしてるの?
デートできてる?」
「え、デート、ですか……?」
先輩の問いかけにキョトンとして視線を戻すと、先輩方は唖然とした顔で私を凝視していた。
「うそでしょ?」
「えっ、デートしてないの?」
「し……してない、ですね。ここ数ヶ月は一度も……」
「はぁぁぁ〜!??」
先輩方が怖い顔でザッと一斉にこちらを見た。
「新婚なのに?」
「子供いないのに!?」
「今しかないわよ!?」
「楽しまなきゃ!!!」
「えっ、あ、あの……」
すり鉢や包丁を持った先輩方が、ざり、と私の前に詰め寄る。
私は思わず震えながら、ほんのり後退りした。
「せ、先輩……?」
「「「今すぐラブラブデートしてきなさい!!!」」」
「は、はい………」
そうして、鼻息の荒い先輩方に囲まれた私は、半ば強制的に仕事を没収され、残業もなく家に帰されたのだった。
「お前今日やたら早かったよな」
「ちょっとね……」
遅れて帰宅したディカルドがお風呂と食事を終えて夫婦の部屋に帰ってきた。ドサリとソファーに座ってタオルで髪を拭くディカルドに、カチャリとぬるめのお茶を出す。
ディカルドは美味しそうにゴクゴクとお茶を飲んだ。
のんびりとリラックスした姿。うん、今だ。今しかない。
「……ディカルド」
「何」
「ラブラブデートしよう」
ガチャンとディカルドの持つティーカップが音を立てた。お茶をたしなみ中に申し訳ないと思いつつ、話を続けるためにディカルドの様子を伺う。
「…………突然どうした」
「……今しかないってみんなが」
「今しかないってなんで」
「新婚だし……赤ちゃんできたら行けないよって」
グフッとディカルドがむせた。もしかして、めちゃくちゃのどが渇いていたのだろうか。
ディカルドは、タオルで口から溢れたお茶を拭きつつ、なんとか息を整えた。
「そ……そう、だな」
「う、うん……」
なんとなく、生ぬるい空気が部屋を満たす。
デート。なんて恥ずかしい響きなのだろうか。
「行くか、その……それに」
「う……うん……」
「…………どこ、行くか」
「「………………」」
そう言えば。どこに行くか考えてなかったなと、途方に暮れてディカルドと顔を見合わせる。
どこに行ったらいいんだろう……。きっと街中は色んな人に見られるから大変だ。そして私もディカルドも、人混みはあんまり好きじゃない。更に今は常に護衛を引き連れているから、仰々しくなってしまうだろう。
ディカルドも私も好きなところ……今まで一緒に何してたっけ?思い返しても、庭を駆け回って、池で遊んで木に登って草むしってみたいなことしか……
「――あ!分かった」
「……秘境の森とか洞窟探検とか言うなよクソチビ」
「んなわけ無いでしょう!?」
「前科があるからな」
「……昔の話でしょ、昔の話」
じとりと私を睨みつけるディカルドに、こほんと咳払いをしてから、これでどうだとドヤ顔を向けた。
「お忍びでピクニックとかどう?」
「…………悪くない」
「ほら!でしょ〜!」
「で、どこに?」
「…………ミラモ山の麓とか……」
「有名地だな。……片道三日かかるけど」
「うぅ……」
デート。なんて難しいんだ。そんな打ちのめされた私の頭を、ディカルドはしょうがねぇやつだなとポンポンと撫でた。
「別に有名な場所じゃなくていいだろ。王都郊外の湖畔なら広いしそれなりに自然多いぞ」
「!!!」
ぱぁ、と顔を輝かせた私にニヤリとディカルドは笑った。
それから、数日後。二人で一緒に取った休日は、穏やかな晴れの日だった。
カタカタと馬車が揺れる。
高いところに流れる白い雲。爽やかな風に乗って、精霊たちが気持ちよさそうに踊っている。
「気持ちいいねぇ」
郊外にさしかかり、窓の外には瑞々しい緑が増えてきた。人目も少なくなり、開放感に気持ちの良い空気を吸い込む。
「こんなにゆっくりするの久しぶりじゃない?」
「だな」
気の抜けたような答えを返すディカルドを振り返る。
そよそよと吹く風に硬そうな髪の毛を揺らし窓の外を眺めるディカルドは、いつもよりちょっと穏やかな顔をしていた。
「忙しかったよね」
「……そうだな」
「私ディカルドがあんなに書類仕事してるの始めてみたよ」
「まじで目がつかれた」
「ですよね」
目を細めるディカルドに笑いかける。騎士団の仕事を減らして、オーギュスティン家の当主の仕事を増やしたディカルドは、今までとは違う毎日に少し身体が窮屈そうだった。
そんな横顔が前よりもちょっと大人びて見えて。何だかどきりとしてしまって、思わず目をそらした。
「おいクソチビ」
「何よ」
「お前、今目そらしただろ」
「気のせいじゃない?」
しつこく続く『目をそらない』という約束……というか戦いを、ごまかすように窓の外に目を向けた。
「――あ!湖!着いた!?」
馬車が止まり、ウキウキと扉を開く。
「転ぶなよ」
「大丈夫だよ!」
二人で降り立った湖畔はなだらかな丘のようになっていた。陽の光に輝く湖を眺めながら、さざ波のように揺れる緑の草の上を歩く。
「見て!キノコ生えてる」
「……あれキノコ?」
「コトリノコシカケって言ってね…」
街なかには無い草や虫があちこちにいる。珍しい生き物がいると精霊たちが飛んだりはねたりして楽しそうに私に知らせてくれる。
木の穴の中、葉っぱの裏、石の下にぬかるみの中。土の精霊と一緒に石をひっくり返して珍しいカタツムリを見つけたり、水辺に小魚を見つけたり……
………………今日ってラブラブデートの日じゃなかったか。
しまった。完全に当初の目的を忘れていた。まずいと思いつつ、恐る恐るディカルドを振り返る。
「っ、ふは、」
背後でずっと様子を見ていたんだろう。ディカルドはそんな私を見て吹き出した。
「いや、楽しいわラブラブデート」
「っ、き、気づいてたんなら言ってよ!」
「それも変だろ」
一通り笑ったディカルドは、水辺にしゃがみこんでいた私の頭をくしゃっと撫でた。それから、同じように隣にしゃがむと、キラキラと輝く水面の下の小魚に視線を向けた。
「俺らはいいだろこれで」
「え?」
「お前が楽しけりゃそれでいい」
その穏やかな表情は、優しげで。やっぱり妙に大人っぽく見えて、どきりと胸がはねた。
「っ、ご、ご飯にしよっか!」
「微妙に早くねぇ?」
「別にいいじゃん」
赤くなってしまった顔を隠すように立ち上がって敷物を出す。それを見てディカルドは首を傾げた。
「なにそれ」
「敷物。どこで食べる?」
「は?店じゃなくて?」
「え、お弁当作ってきたけど」
「…………作った?」
妙に驚いた声に再びディカルドに目を向ける。
ディカルドは、目を丸くして私を見ていた。
「え、なんでそんなにびっくりしてるの?」
「……アニエスが、作ったのか?」
「うん。ピクニックといえば、お弁当でしょ?何でそんなにびっくりしてるのよ」
「いや……」
不思議に思ってディカルドを見つめると、ディカルドはなぜか少し赤くなって、ふい、と視線をずらした。
「…………お前の弁当って、食べたことねぇなと思って」
「確かに?」
「……食えるんだろうな、それ」
「失礼ね!食べれるわよ!」
プリプリしながら見晴らしの良い木陰に敷物を広げた。さわさわと風が木の葉を揺らし、短い草の上の柔らかな影を揺らす。
「敷物ちっちゃかったね」
二人で座った敷物はちょうど二人で座るとぴったりのサイズだった。お弁当が入ったバスケットはディカルドの膝の上。なんか色々申し訳ないなと思いながら隣のディカルドを見上げた。
「別にこれでいいだろ。でかいと持ち運ぶの面倒だし」
「確かに。でも、食べづらくない?」
「大丈夫」
ディカルドはそう言いながらバスケットの蓋を開けた。色とりどりのサンドイッチや小ぶりのチキンが行儀よく並んでいる。
「……うまそう」
「でしょ?ハムとレタスとトマトとベーコンと……甘辛のお肉と、ミートボールと、たまごだよ」
「…………全部、俺の好きなやつ」
「ふふ、ディカルドこういうの好きだよね」
結局こういうちょっと子供っぽいものが好きなのだ。かわいいなと思いながら朝早起きして作ってきた。割と自信作なのだがどうだろうか。
「………………食べないの?」
ディカルドはじっとサンドイッチを見つめたまま動かない。なんでだろうと首を傾げてから気が付いた。ディカルドの両手はしっかりとバスケットを持っている。そうか食べれないのかと気がついて、ひょいとサンドイッチを一つ持ち上げた。
「はい、たまごサンド。これでいい?」
「っ、は?」
「手使えないでしょ?ふふ、なんか子供みたいだね」
「…………」
ディカルドは一瞬私をじとりと変な目で見てから、ぱか、と口を開けた。
「ん」
「はいはい」
サンドイッチを差し出すと、真横のディカルドの顔がぐっと近づいて。それから、大きい口で私の手からパクリとサンドイッチを食べた。
思ったよりも、大きくてびっくりする。もぐもぐとするディカルドは、そのまま近い距離で、綺麗な赤銅色の目を私の方に向けた。
「……うまい」
「そ、そうでしょう?」
「ん」
「っえ!?」
「次、こっちの食いたい」
「っ、は、はい」
ベーコンとトマトのサンドイッチを差し出すと、ディカルドはまた大きな口でパクっと食べた。
近づく横顔。指先に触れそうな唇。目の前に迫る、硬そうな小麦色の髪の毛。視線をそらせば、バスケットを抱える、男らしい腕。
目のやり場に困って、慌ててポットの紅茶を手渡すと、ディカルドは大きな手でそれを掴んで口元へ運んだ。
ゴクリと男らしい喉仏が上下に動く。
「……なんだよ」
「あ、いや」
訝しがるディカルドにあわてて答える。
「ディカルド、な、なんか思ったより、大きいっていうか……大人、なんだなって」
「…………」
ディカルドは動きを止めて私をじっと見た。
「な……なに」
ディカルドは徐ろに片手を持ち上げ、風に揺れて顔にかかっていた私の髪を一房取ると、そっと私の耳にかけた。
「……もうガキじゃねぇってわかったか」
「え、」
ディカルドはほんのり笑うと、見上げる私にそっと顔を近づけた。
「言っとくけど、俺はお前のただの幼馴染じゃねぇからな?」
「わ、わかってる、よ」
「ほんとかよクソチビ。ガキ扱いしやがって」
「も、もうしてないから!ディカルドこそ、私だって立派な大人の女性なんだからね」
「……知ってる」
ディカルドはふ、とほんのり笑うと、赤い顔の私を見つめた。それから、片手で私を抱き寄せると、少し屈むように小さな私に口づけを落とした。
「っ!?こここ、ここ外だよ!」
「誰もいねぇだろ」
あわあわと真っ赤になる私を見て可笑しそうに笑うディカルドは、ぎゅっと私を抱き寄せると、もう一度バスケットに視線を落とした。
「次この肉入ってるやつ」
「っ、ず、ずっとこの食べさせるのやるの?」
「お前にとっちゃ子供に食わせんのと一緒なんだろ?」
「っ、それは……」
すでに全く子供には見えない。赤くなってぷるぷると震えながら苦し紛れに青い空を仰ぐ。
「ちょ……ちょっと、違ったかも……」
「なにが」
「お、おとな、だったわ」
「じゃあ大人として食わせろ」
「え、」
「いいだろ、夫婦なんだし」
にや、と笑ったディカルドは、嬉しそうにまた口を開けた。
「〜〜〜っ、わ、わかったわよ!は、はい」
もう一度、大きな口が、私がつくった小さなサンドイッチをがぶりとさらっていく。
「……ん、うめぇ」
「ほんと?」
「ほんとにお前が作ったの」
「作ったわよ!!」
「信じがたい」
「は!?」
「今度作ってるところ見せてもらわねぇとな」
「望むところよ!」
「言ったな。絶対見せろよ」
「あったりまえでしょ」
いつも通りのぽんぽんと弾む会話に救われて、私も一口サンドイッチを頬張る。
食べ慣れた自分のサンドイッチの味は、何だか今日は妙に甘くて、美味しかった。
「俺も今度なんか作るか」
「えっ!?作れるのディカルド!?」
「野営料理なら割と得意」
「野営料理!?」
「スパイスめっちゃ効かせるやつ」
「食べたい!!!」
明るい日差しの中、二人でケラケラと笑いながらサンドイッチを頬張る。
さわさわと吹いた風が、湖畔の緑の草を波のように揺らした。水辺で小さな子供が親と戯れてキャッキャと笑い声を上げている。
「――なぁ」
「ん?」
「……子供できたら、どっちに似るんだろうな」
輝く湖の水面を眺めながら、ディカルドがポツリと呟いた。
「…………目つきの悪いチビになるんじゃない?」
「まじかよ」
「もしくはいかつい童顔」
「振り幅がデカすぎる」
ふは、と笑うディカルドは、眩しそうに目を細めた。
「――どっちも可愛いだろうな」
日差しを浴びてほんのり笑ったその表情が、あんまりにも優しげで、愛おしくて。
私は思わず、ディカルドの頬に手を伸ばした。
ディカルドが私に視線を向ける。
「あっ、ご、ごめん」
慌てて手を引っ込める。でも、ディカルドの大きな手が逃げようとする私の手を捕まえた。
「なんで逃げんだよ」
「っ、えっと……」
「別にいいだろ」
ディカルドは、何だか嬉しそうに笑うと、徐ろに私の手に頬ずりをした。
「ちっちぇえ手」
「っ、」
「食っちまうぞ」
無邪気に笑ったディカルドは、私の手を嬉しそうに見つめてから、手のひらにちゅっとキスを落とした。
「〜〜〜〜っ」
「ふは、なんだよその顔」
「も、もうやめて!」
「なんで」
「茹で上がる!恥ずかしい!もうだめ!」
「今更だな」
ニヤリと笑ったディカルドは、真っ赤になった私の顔を覗き込んだ。
「……お前の言う通り、子供ができる前にちゃんと楽しんどかねぇとな」
「なにを?」
「恋人らしいこと」
唖然とする私を、ディカルドは意地悪そうな……でも、熱のある視線で見下ろした。
「よそ見すんなよ」
「え?」
「見させねぇけど」
そう言うとディカルドはふぃ、とそっぽを向いた。その横顔はほんのり赤くて。それから、する、と手が繋がった。
絡まる指は、大きくてあったかくて。私の胸はどうしようもなく飛んだりはねたりして、落ち着いてくれないけど。
次は、どこに行こうかな。キラキラと光る水面と青い空に戯れる小さな精霊たちを眺めながら、私はディカルドの手をきゅっと握って、幸せな未来の予定をいくつも立て始めた。
二人のその後が書けてホクホクです。
読んでいただいてありがとうございました!
*コミカライズ進行中!
詳細はもう少しお待ち下さい。
応援して下さった皆様ありがとうございました!!!